( 227004 ) 2024/10/27 16:52:29 1 00 中学受験をめぐる家族を描いたマンガが話題になっており、ノンフィクション作家の石井光太氏の著書を原作とする同名マンガには、塾説明会を受けた親からのコメントも寄せられている。
また、受験ビジネスが親の不安を取り込んで利益を得る仕組みになっているとして、親たちが何が大事で、どのために受験をするのかを見失わないように警鐘を鳴らしている。 |
( 227006 ) 2024/10/27 16:52:29 0 00 (写真:石井氏提供)
中学受験をする家族を描いたあるマンガが話題を呼んでいる。これはリアルなのか、それともフィクションなのか……。虐待について多く取材執筆してきたノンフィクション作家・石井光太氏の『教育虐待:子供を壊す「教育熱心」な親たち』(ハヤカワ新書)を原作とする同名マンガについて、ウェブ上のレビュー欄には塾の説明会を受けた親などのコメントも並ぶ。将来の受験を見越して低学年から塾に通うことが当たり前のように加熱し続けるこの風潮を石井氏はどう見ているのか。教育虐待の実態に迫った前編に続き、語ってもらった。
【マンガを読む】『教育虐待』第4話(石井光太/原作 、鈴木マサカズ/構成 、ワダユウキ/作画)
■犠牲になるのは洗脳された親ではなく、その子ども
――マンガの中には、中学受験をきっかけに、事件を起こしてしまった母親の話がありました。母親はある種、洗脳されたような状態になっていました。
塾はビジネスですから、あの手この手で売り上げを上げる必要があります。たとえば「このコースを受けなければ合格は保証できない」「講習をどれだけ取るかで決定的な差がつく」「この夏が人生を決める」といった文句もそうですよね。
ただ、営業における洗脳的な手法は、どんなビジネスでもあると思うんです。例えば、これを買わなきゃダメだとか、これが最高なんだというような営業トークだってある種の洗脳で、そういう思い込みをさせることによって商品を買わせている。塾ビジネスにおいて似たようなことが行われるのは、商売のうえでは自然なのかもしれません。
ただ、中学受験の場合は、その犠牲になるのは洗脳された親じゃなくて、その子どもというところに問題があります。親が洗脳された結果、一番苦しむのは子どもというのがよくない。
東京には中学受験をする子が学年の6割、7割いるという地域もありますが、そういう地域でない限り、子どもが自分から「中学受験がしたい」と手を挙げるのは稀じゃないですか? 全体の1割か2割のたまたま頭のいい子たちが「僕、頭がいいからやってみたい」となるケースはあるでしょうが、その場合は本人がやりたくて行くのでいいのです。けど、そのほかの子は親がある種やらせているとしか考えられない部分がありますよね。
【マンガを読む】『教育虐待』第4話
宗教2世にも似たような部分があって、宗教にハマるのは親の勝手ですが、本人の意思によらず、子どもたちが巻き込まれてしまう。それと同じような構造が受験の中でも起きてしまっている。
宗教2世の問題と全然違うのが、受験ビジネスの場合、初めから子どもをターゲットに親を洗脳しているところです。洗脳という言い方が正しいのかはわかりませんけれども、親をビジネスの世界に巻き込んで、走るのは子どもというのが受験の世界です。子どもの自主性を育てることが何より必要だとこれだけ言われている時代に、子どもを早くから塾に入れて受験競争の中にはめ込んでいく手法が現代の中で通用してもいいのかは、考え直さなくてはいけないと思います。
■生きるうえで必要な力は、スポーツや遊びでも育まれる
――子どもが身につけるべき力は、中学受験の勉強では養われないということでしょうか?
大前提として、僕自身は受験や勤勉さがいけないなんて思っていません。それはそれで重要なことです。しかし、そこから得られる能力というのは、生きていくうえで必要な全体的な能力のごく一部にすぎないということです。
例えば、今の時代に必要な力はコミュニケーション能力だったり、多様性に適応できる柔軟性だったり、深い共感性だったりと言われていますよね。中学受験の勉強は果たしてそれらの力をつけるために有効ですか? っていったら、必ずしもそうじゃないですよね。スポーツや自由な遊びや文化活動のほうがよっぽど効果があるでしょう。
僕が危惧しているのは、今の受験勉強がかなり低年齢化していることです。勉強が好きな子が小学校6年の1年間だけ遊ぶのを自粛して、受験勉強に打ち込むならいいと思います。しかし、今はそれが小学校2年生や3年生からやりましょうとなっている。家庭によっては保育園・幼稚園時代から知育、英会話、公文をやらせて、そのうえで小学校に入ってすぐに塾に行かせることもあるでしょう。つまり、小学生時代のほとんどの時間を中学受験のための勉強に使うことになる。これでは、生きるうえで必要な全人的な力を育んでいるとは言いがたいですよね。
また、親に「どのような子になってほしいですか?」と聞いたら、ほとんどの人が「優しい子」とか「思いやりの持てる子」などと答えますよね。「自分なりの幸せを見つけられる子」という答えもあるかもしれません。それ、小学時代の大半を受験勉強に費やして育つんでしょうか。なかなか難しいですよね。つまり、親だとか社会だとかがこういうふうに育ってほしい、こういう能力が必要なんだということと、中学受験のために今やらせていることが必ずしも一致していないということが起きているのです。
くり返しますが、中学受験をすることが悪いと否定しているわけではなく、もしも受験をやるのであれば、それ以外の能力も含めてきちんと伸ばしていく環境も作ってあげたほうがいいということです。
少年野球でもいいし、家族旅行でもいいし、趣味を伸ばすことでもいい。いろいろなことをやることで総合的に能力というのを高めるような方向ならいいと思うんです。教育虐待ということにおいては、それが全部なくなって、受験勉強だけっていうふうになってしまい、しかも身体的、精神的に子どもをギリギリまで追い込んで苦しめている。そうなると、本末転倒になるんじゃないでしょうか。
■「親の不安」が受験ビジネス商法に取り込まれてしまう
――受験競争に突入するときには親がそこをわきまえる必要があるということですね?
親がなぜそういった受験ビジネスにどんどん組み込まれてしまうかといえば、親自身がおそらく自信がないからだと思います。昔と比べると学歴なんて全然通用しない時代になっています。それにもかかわらず、受験となると親はその価値感にはまり込んでしまう。点数だとか、進学する学校など、目に見えるもののほうがわかりやすいので、そういったものにすがってしまう。
しかもそれを自分が子どもにやらせてうまくいけば、家族も万々歳、みんなうまくいくというような幻想の中でしがみつかざるをえなくなる。受験ビジネス商法に親の不安みたいなものがうまく取り込まれてしまっているのかなと思います。
受験が悪いわけではなくて、何が大事かを親が見失うのがよくないということです。なんのための受験なのかという軸が間違った方向になると教育虐待に繋がりやすくなります。小学生くらいのときの勉強って、鞭を打ってやらせれば伸びるというものでもないですからね。運動能力だって、その子によって伸びる時期も違えば、方法も違うでしょう。子どもそれぞれに違いがあるということを見失って、とにかく今この瞬間にテストの点数を伸ばそうとなってしまうのはそもそも無理があるんです。
受験勉強は行きすぎてしまうと単純に一律にやらせるもの、ただ点数を上げるものになってしまう。それだけになると、今いったような別の道のアイデアや、人がやっていないことを発想する力はなくなってしまいます。
■子ども同士もプレッシャーとなる言動を与え合っている
――親だけでなく、子ども同士もプレッシャーを掛け合う関係になることもあるようです。
東京の受験する子が多い地域の学校では、学校に来ている子のほとんどが受験をするということもあります。そうなると、4年生、5年生あたりからは休み時間のたびに「あいつは〇〇塾の〇〇クラスだ」とか、「あいつは〇〇中学を受験する」というような話題になっていく。
子どもたちは塾で、「この夏で人生が決まる!」みたいなことを聞かされてきます。もしも小6の夏で人生が決まるのならば、夏休みの間一日たりとも勉強をしたことがなかった僕が、教科書や入試問題に作品が掲載されるような作家になって、こうやってインタビューを受けているわけないですよね。
けれども、それを洗脳のようにずっと言われ続ける。親や塾からだけでなく、受験する子ども同士が日々の生活の中でプレッシャーとなる言動を与え合っている。もっというと、そういう中で受験をしないという選択をした子たちも、プレッシャーはむちゃくちゃあると思います。すごく不健全なことですが、それに対して学校の先生は「やめろ」とは言えないわけです。
情報の分断もあると思います。もともと都会では近隣とのつながりが薄いですが、コロナ禍もあって、近所の家族同士で食事をするとか、地域の行事やコミュニケーションの機会はさらに減っています。ある塾の社員は「ターゲットは地方から来てタワマンに住んでいる親」と断言していました。
東京で育って、公立中学から公立高校に行きましたという親の場合は、自分の経験があるので中学から私立に行って何がそんなに違うのかと冷静に考えることができます。しかし、地方で生まれ育って東京にやってきた親の場合は、塾の先生から「私立の教育を受ければAIに負けないグローバル人材になれる」と言われたり、ネットで「東京の公立中学はヤバいらしい」「公立高校は怖いところだ」という噂を聞いたりしたときに鵜呑みにしやすいんだそうです。それである程度お金があれば受験させようと思う。
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