( 227013 ) 2024/10/27 17:04:06 2 00 「4浪建築学科合格」でも、彼が語る“努力の虚しさ”。学校でのいじめや親との関係に悩んだ日々。東洋経済オンライン 10/27(日) 5:11 配信 https://news.yahoo.co.jp/articles/53089b4f038d419eb669aa34fc886a9a02c01905 |
( 227016 ) 2024/10/27 17:04:06 0 00 ※写真はイメージです(写真:polkadot / PIXTA)
浪人という選択を取る人が20年前と比べて1/2になっている現在。「浪人してでもこういう大学に行きたい」という人が減っている中で、浪人はどう人を変えるのでしょうか? また、浪人したことによってどんなことが起こるのでしょうか? 自身も9年の浪人生活を経て早稲田大学に合格した経験のある濱井正吾氏が、いろんな浪人経験者にインタビューをし、その道を選んでよかったことや頑張れた理由などを追求していきます。 今回は4浪で中堅私立大学の建築学科に合格し、現在は建築士として活躍している安藤さん(仮名)にお話を伺いました。
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■馬鹿にした人を見返したかった日々
今回お話を聞いた安藤さん(仮名)は、4浪で中堅私立大学の建築学科に進学し、現在は建築士として働いている方です。
今でこそホワイト企業で働いているものの、高校時代までは理不尽ないじめやパワハラに遭い続けていました。
安藤さんは、大学受験で自分を馬鹿にした人たちを見返すために、自宅で猛烈に勉強を重ねます。しかし、1日15時間にも及ぶ受験勉強を3年続けた安藤さんは、精神状態も限界に陥りました。その状態を救ったのは、4浪目で初めて予備校に通ったことでした。
なぜ、4浪目で初めて予備校に行く決断をしたのか。予備校に行って、何が変わったのか。浪人の日々を経て「努力はもういい」と悟った彼に、目標であった建築士になるまでの道のりを聞きました。
安藤さんは1970年代後半生まれ、関東のとある県に生まれ育ちました。大手企業の建築士の父親と、母親、弟、妹の5人家族です。
小さいころの安藤さんは、大人しい雰囲気の一方で、嫌なことには嫌だ! と明確に示す一面もあったため、よくいじめられたと当時を振り返ります。
「小学校のときはよくいじめを受けていました。進学した公立の中学校でも1年生、2年生のときはいじめられていたので、中学校までは、いじめられていなかった時期のほうが少ないです」
■将来の夢は医者か建築士に絞られる
つらい幼少期~思春期を送った安藤さん。そうした生活から脱したいと思っていたこともあり、小学校から必死に勉強を頑張っていましたが、本人の頑張りに反して、中学までの成績は、ずっと「中~中の上」から上がることはありませんでした。
「中学の同級生が390人くらいいた中で、150~200番くらいだったと思います。国語や理科は得意だったのですが、中学に入ってから始めた英語はできるようになりませんでした」
このときすでに、親の意向もあり、将来の目標は医者・建築士のいずれかに絞られていたそうです。
「父親からは当時、『どんな仕事に就いてもいいが、手に職が前提だ。医者、建築士、ほか国家資格系の安定している、身分の高い仕事に必要な大学であれば費用を出す』と言われていました」
そう言われて育った記憶もあり、中学生のときには建築士になろうと思っていた安藤さんは、学校が終わってから、毎日睡眠時間を削って5~6時間の勉強を続けました。
しかし、中学2年生から高校受験の勉強を始めても一向に伸びず、中学3年生の中ごろには、模試の偏差値が50から45まで落ちて焦ったそうです。
幸い、通っていた個人塾の先生にお願いして、家でつきっきりで勉強を見てもらったこともあって、なんとか偏差値49程度の高校に合格できました。
高校に入ってからの安藤さんの生活は「中学までよりはマシだった」と語る一方で、またしても理不尽な目に遭う日々を送ります。
「高校1年生の最初に研修旅行と称して宿泊施設に行くのですが、そこで軍隊の真似事をさせられました。行進の練習や山登りをさせられたり、意味もなく腕立て伏せをやらされたりしました。敬語がない、姿勢が悪い、睨んだなどの理由で蹴り飛ばされたり怒鳴られたりしました。
入った剣道部でも、シャワーを浴びている私に氷水を浴びせたり、説教後『目をそらした』と防具なしで顔面に竹刀を打ち込まれたり、失神させる『気絶ごっこ』をさせられ、気絶した後に運動着を脱がされて下半身の写真を撮られたりすることもありました」
そうした経緯で部活を辞めますが、それからも、剣道部の上級生に見つかったら集団暴行に遭うために命の危険を感じ、3年進級時まで上級生から隠れ続ける生活を送りました。
■大学受験で挽回したいと強く想う
そうしたなかでも、安藤さんは450人ほどいる同級生の中で、100番前後の成績を維持していました。安藤さんは高校の環境が嫌だったので、絶対にいい大学に行きたいと思っていたそうです。
「1年生のときは、ただ机に向かってノートを広げて字を書いているだけで、『勉強なんかしてんじゃねぇ』と同級生から足が飛んできました。同級生はこんな高校に入ってまで大学を目指す自分を笑い、諦めろと言っていたのですが、2年生以降は私が理系コースに進級してコースが別れたため、そうした人たちと距離が取れたので勉強を邪魔されなくなりました。
今思えば、中学時代にずっといじめられていたので、高校2年生になってから同級生と旅行で一緒にスキーに行ったり、ゲーセンに行ったりできたのはよかったです。中には、親身になって勉強を指導してくれた先生もいたので、中学よりはいい環境だったと思います。でも、最終学歴がこの学校になるのは嫌だったので、大学受験で挽回したいと思っていました」
高校1年生のときには父親がMARCH(明治大、青山学院大、立教大、中央大、法政大)出身だったこともあり、自身もそれ以上に行きたいと考えていた安藤さん。
3年生になってからは、『ブラック・ジャック』に憧れたことで、誰にも縛られない、尊厳を保った人生を歩むために医者になろうと考え、国公立の医学部を志望します。
しかし、塾に通って毎日授業外で最低3時間は勉強していたものの、河合塾の全統模試など、当時受けた模試の偏差値は軒並み45程度で成果が出ませんでした。
「私の高校は進学校ではなく、生徒を卒業させることが第一だったので、大学受験はまったく考えてない感じでしたね。私は自分の力でやると決めて、黙々と机に向かってましたが、3年生の中ごろにはもう浪人するだろうなとは思っていました」
この年、初めてセンター試験を受けたものの「半分も取れていないのは覚えている」と語るように、チャンスのある大学がほぼない状態で、実家から通える国立の医大をかたっぱしから受験して、全滅してしまいました。
■現役偏差値45→2浪で偏差値29に
浪人を決めた理由を安藤さんに聞くと、「大学に行かないと生きていけないと本気で思い込んでいた」と当時を振り返って答えてくれました。
「『大学に行かなかったら、(いつも)誰かから見下されるんだ』と親から言われていました。そういう家庭に育ったから、大学に行かないという選択肢はなかったんです。とはいえ、家にお金がないとも言われていたので、宅浪を決断しました」
1浪目の安藤さんは、1日17時間勉強を目指し、ひたすら勉強を続けました。高校3年生のときに周囲からいいと言われていた参考書を5科目やり込んだものの、成績は上がりませんでした。
「1浪目は週1でまったく勉強しない休みの日を作りましたが、それ以外の日は毎日4時間睡眠で、1時間×3回の食事の時間以外はすべて勉強しようと努力しました。15時間前後は机に向かっていたと思います。最初の2~3カ月は少し成績が上がったのは覚えているのですが、それからだんだん下がっていきました」
勉強時間を割いているのに成績が伸びない謎に悩んだ安藤さんは、この年も国立の医大を受験して全落ち。大学に行かないという手段がない以上、「後がないのは一緒だ」と考えて2浪を決断し、1浪目と同じ生活を続けたものの、さらに成績は下降しました。2浪が終わるころには河合塾の全統模試の偏差値は29まで落ちてしまったのです。
そして、この年も現役・1浪のときのように国立の医大を受けましたが、不合格に終わりました。
「常に(精神的に)きついと思って勉強していました。成績は伸びませんでしたが、受験を辞めるという選択肢はなく、大学に受からなければ先はないと思っていたんです」
そう考えて3年目の宅浪に突入したものの、この年は前年度より勉強時間がガタッと落ちて10時間程度の勉強になり、気力が出なくなった1月以降は5時間程度まで下がってしまいました。
この年は全体的に記憶がおぼろげで、防衛医科大学校と群馬大学医学部を受験したのは覚えているそうですが、それ以外については思い出せないそうです。
「精神状態が限界で、心療内科・カウンセリングを継続して受けました。もう座っているのがきつくて、まともに頭が動かず、指も動かない状態が続きました。勉強はそれまでと同じようにしていたはずですし、医大も受けたはずですが、この年のことはほとんど覚えていません」
模試の成績が去年と変わらなかったことくらいしか覚えていない安藤さんは、結局この年の受験も振るわず、ついに父親に相談をします。
それは「いくら勉強しても成績が上がらないから、切り捨てたかったら切り捨てろ」という衝撃的な内容でした。
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( 227017 ) 2024/10/27 17:04:06 0 00 =+=+=+=+= 過酷な学校生活の中でもキチンと卒業した事、何度も挫折を経験しても折れる事なく、最後には腹をくくれた事、それがこの人が最終的に自分の進路に辿り着けた理由なんだろうな 勉強には全く向いてなかったのかもしれないけど、今のタイパコスパ至上主義とは違う人生の学び方ができたのかも この父親に関してはうーーんではあるけど、触れられてないけど母がしっかり支えてあげたんだろうなと想像
=+=+=+=+= めちゃくちゃ努力家…。 勉強向いてないのも伝わったし、自覚してるよね。
中学、高校、大学と学校の偏差値が上がるにつれ、環境が良くなっていくのも感じたようで。 偏差値の高いところに行くメリットって、就職とか見栄だけでなく快適な環境に身を置けることかな、と思う。
=+=+=+=+= 見返したいという思いがあるのに結果が付いてこない。非常に歯痒い思いをしてきたわけだ。偏差値が29まで下がってしまったのはそういう思いがありながらもかなり効率の悪い勉強に終始していた可能性がある。早めに予備校に行っていた方が良かったパターンだな。予備校でルーティンが作れる人はその方が早く結果が出ると思う。
=+=+=+=+= 1980年頃の昔だけど工業高校の建築科出で建築関係の仕事していた一級建築士の資格持っていた人がいたけど、やっぱり仕事もずば抜けて出来ていたから先輩も一目二目も置いていた その人は話によると母子家庭で進学校行けたのにあえて早く働く為に工業高校へ 出来る人はどんな環境でも出来るんだなと感じたね
=+=+=+=+= 努力家というより、この人、集中力にやや欠ける面があったと思う。 深夜のラジオ放送を聴きながら受験勉強なんて遊んでいるのと同じなんだよな。 丸暗記がダメなんじゃなくて、その丸暗記すらできない人だったんだと思うよ。 昔と今の受験勉強なんて、本質的にそう変わるものじゃないんだよ。
=+=+=+=+= 自分はこの人より5つほど上だが、この頃はこういうスパルタ式の低偏差値高校って結構あったな。
中学校でイジメを受け、勉強が出来ないとか、不登校で内申点が取れないとかだと、進学校には受からないんだよね。 で、このタイプの高校なら生徒指導が厳しいから過ごしやすいだろうと親も考えちゃうんだけど、実際は逆で、厳しく抑圧しているが故に陰湿なイジメが横行している。「生徒同士が互いに注意し合う」ってのも、ターゲットの生徒だけ些細な違反を袋叩きすることで合法的なイジメができちゃうんだよな。
今は通信制高校という選択肢が広がって、こういうタイプの生徒には生きやすくなったと思う。
=+=+=+=+= ここまでして子供に大学に行けと言う親がよくない。子供がかわいそう。そりゃあ親としては行けば安心というのはあるかもしれない。それとも親のプライドなのか。 でもある意味虐待。 親は子供にもっと広い世界がある事を教えなければ。 勉強は苦手でも大学に行かなくても立派に仕事している人はいっぱいいる。私は全ての世の中の働いてる人達を私は常に尊敬している。
=+=+=+=+= 能力には遺伝や向き不向きがある
1日10時間以上勉強してそれなら、もう自分にな医師とか弁護士とかは無理なんだなと判断することも大切 頑張ればとか努力すればと日本やたらと自分を追い込むが、現実も見せることも今後の教育には必要だと思う 自分で気づける人はいいけど、気づかない人 努力を過信してる人多いからね
=+=+=+=+= すごく頑張って来られたと思いました。浪人はメンタル的にさらにキツかったと思う。相当な不安もあっただろうし。でもよく頑張った。 人生は短いなんていう人もいるけど、 案外長いもの。楽しんで欲しい。
=+=+=+=+= 建築の世界って優秀な設計が出来る人なら後から逆転とかもあると思うので学校名にこだわらなくてもよかったんじゃないのか?現役で受かるとこに入って早く建築の勉強したほうがいいと思う。 4年もあればその間に建築士の資格取れるくらいの勉強もできたんじゃないのか?本当に建築やりたいって思ってたんだろうか?
=+=+=+=+= 「チャンスのある大学がほぼない状態で、実家から通える国立の医大をかたっぱしから受験して、全滅してしまいました」
国立大学医学部は片っ端から受験なんて出来ませんけどね。どんなに頑張っても前期、後期の2回だけです。中期に医学部なんて無いし。フィクションなら、もう少し忠実に話を作りましょうよ。この記事書いた人が国立大を受験したこともないということだけはよく分かりました。
=+=+=+=+= 冷静な分析ができてるので、今なら希望のところに受かるかもしれない。 ただ、「成績が悪かろうが、良かろうが、等しく人間なのです。」という発言から、過去はそう考えていなかったということで、ストレートで受かってたらものすごく傲慢な学歴至上主義になり、就職後に人間関係で失敗していた可能性は高そう。
=+=+=+=+= 人とは環境に影響され意識を作られる
つまり、学校という枠の中には 餓鬼という環境によって子供が作られるわけだ
若者を成長させるためには、早い段階で大人の中で生活することも必要
人を思いやるとか、人を支える そういうことは大人との生活の中で備わっていく
学校という枠では、そういうことを見ることはない
現代社会に欠けているもの 大人と子供の共同生活の時間の無さだよ
=+=+=+=+= 勉強が苦手なのに浪人して努力重ねて目的の職に繋がる大学に入るって素晴らしい事だよ。
浪人は贅沢に思われるけど実際は凄く忍耐が必要
現役生含め頑張ってる受験生を応援!
=+=+=+=+= タイトルが不適切。 記者は分かってないのでは?
重要なのは「努力の方向性を間違ったから」の方であって、『努力はもういいや』ではない。 方向性ややり方の間違った努力では結果は出ない、と言うのは極めて重要。 努力をしてそれでも結果が出ないのであれば、方向性や方法を疑ってみるべき。
=+=+=+=+= 創作だとは思いますが、この方に向いているのは現役で建築士の資格が取れる専門学校or高卒で地方公務員でしょうね 手に職をつけるための学費を出すというのなら、私立医学部に行かせてもらえばよかったのでは? あとは公務員ならまあ普通は文句言われないと思いますが
=+=+=+=+= 向いていない医学部の先入観が誤りの結果で、最初から中堅の建築を志向してたら、浪人にはならなかっただろう。ただ、この回り道が、結果的に建築の意思を強めたんだろうな。自分もやりたいことがないまま、中途半端に有名大学に進学、そのまま就職、40代になり、やりたいことが見えてきて、苦労して方向転換を図った。なので、この方の苦しみは少しは理解します。
=+=+=+=+= なんか読んでて融通が効かない人なんだなぁ〜って印象。 今、建築士みたいだけど、それだけやり方が下手なら新しいアイデアは出せない建築士でずば抜けてはないなと推察できる。 建築士で10年もすれば自分で会社持ってやる人が多いけどね!
勉強に関して大変だったことがないから努力するとこ間違えてるよなぁ〜ってなってしまった!
=+=+=+=+= この方は先天性のもので、勉強が苦手で苦労された事が言いたいのか? 努力だけでは解決できない事がある。そういう境遇の方がいる。自分の息子を重ねてしまった‥‥‥
=+=+=+=+= 大学受験に限っては、これだけ頑張って偏差値29とかはホントに根本から向いていないんだと思う。今は建築士で働けていて良かった。
=+=+=+=+= そんなに勉強して4浪までしたのにMARCHさえ届かないって異常。結果の出ない勉強法にこだわる意固地さとか、透けて見える他責思考もいじめられた原因にありそう。
=+=+=+=+= (1級)建築士になっておられるの? 建物規模によるが、設計補助の業務はともかく、 資格取得していないのに「建築士」の仕事はできません。懲役を含む罰則規定がありますけど、、
=+=+=+=+= 今はワーキングプアの建築士もいっぱいいるからね、 建築士一級をもってるのなんていくらでもいるから、 あとは自分次第、受かってからのほうが難しいのでは
=+=+=+=+= ふと思ったけど、早稲田やMARCHって医学部無いよね。それは大学としては致命的で、海外基準だとuniversityではなくcolleage扱いのはず。
=+=+=+=+= 確かに、片っ端から国公立は受験できないよな。創作だね(笑)。あと、偏差値は受ける模試によってばらつきがあるよね。どこの偏差値か書かないと…
=+=+=+=+= 医者と建築士じゃ雲泥の差。でももし地頭悪いんなら建築士は自分の到達できるところを完璧にマネージメントした
=+=+=+=+= いわゆる毒親に育てられた人だと思います、今は自立されてるし家庭持ったら良き父親になれるのと違うかな。
=+=+=+=+= 十数個の資格を取る前に、二級とか一級とかの建築士試験を目指した方がいいと思うのだけど。
=+=+=+=+= 防衛医科大学は、確か受験資格はニ浪まで、三浪以上は年齢制限で、受けられなかったはずです。
何かの間違いじゃ、無いですかね。
=+=+=+=+= 本人よりも親がエライ。 自分が親ならこんな息子に四浪もさせないで家から出してとっくに自立させてる。
=+=+=+=+= この経験が施工管理で活かされたんですね、普通は現場監督やるのが大変だぞ。
=+=+=+=+= >チャンスのある大学がほぼない状態で、実家から通える国立の医大をかたっぱしから受験して、全滅してしまいました。
国公立は前期・後期の一校ずつだろ。なんだよ、片っ端からって。創作するにしてももうちょいまともな創作せーよ。
=+=+=+=+= >家にとって損だと思う人間なら切り捨ててほしいという内容を伝えたんです
どんな思いでこれを親御さんに伝えたのだろうと、涙が出ました
=+=+=+=+= 恵まれた環境だから何の苦労もなく4浪できたんでしょうね
=+=+=+=+= なんだこの記事、、、 参考にも教訓にも反面教師にもならないだろ
=+=+=+=+= 睡眠は大事という結論でいいでしょうか。
=+=+=+=+= 普通4浪もしないでしょ。 よく親も認めたな。
=+=+=+=+= また記者お得意の「創作物語」だと思いますが、、、
=+=+=+=+= 私大で建築なら早慶〜日大まで 女子大なら日本女子〜昭和女子共立女子までだな
=+=+=+=+= 社会に出たら更なる 現実と戦うことになります。
=+=+=+=+= 自分の能力に疑問を持たないのが不思議だよ。
=+=+=+=+= 最後の一節は、大変面白い文だ!
=+=+=+=+= 面白くもおかしくもないハナシだなぁー
=+=+=+=+= そうなんや
=+=+=+=+= これだけ勉強し、資格を取ったなら、まさか現在二級建築士ではないだろう。しかし現在、実はさらに一級を落ち続けている真っ最中なら、もう勉強は辞めた方が良い。あなたには勉強という能力も資質も備わっていない。何もかも捨てて諦めて人生を見直す事も大事だ。
=+=+=+=+= 努力をすれば夢はかなうみたいにいう安直な学校教育には辟易します
・努力ができる環境であること ・努力のベクトルが正しいこと ・本人がその努力に耐えうること
これだけ揃ってようやくスタートに立てそう。親が強要したり切り捨てにかかるのはゴミだけど、資格という親の方向性は今の時代には合っていたのはまだわずがな幸いただね。
建築士なら姉歯にならん限りは勝ち組だよ。おめでとう。そんな頭は悪くなさそうだし
=+=+=+=+= 高受で個人教授がつきっきりで面倒みて偏差値50。 それで医学部志望って…
4浪とはいえ建築士になれたのだから、頭がす悪いというわけではないのだろう。 本人は長時間勉強していたつもりかもしれないけど、全く身が入っていなかったんだろうね。 そりゃ 親にしてみたら言いたくなるわ。
高受で個人教授つけて 4浪して、私大理系。 3人兄弟妹で ここまで教育費かけるの大変だったと思うよ。 要領悪そうだから 専門技術なしのサラリーマンにならなくてよかったじゃん。 毒親っぽい感じなので親に感謝しろとまでは言わないけど、もういい年なんだから 恨みがましいことは言わない方がいいよ。
=+=+=+=+= 読み物としては、「あっそう」なんだよ。! でも、何か違和感がある。。! 作りものみたい、、! もし、本当のことなら、貴方は勉強に向かないので他人に話す内容ではない!?
=+=+=+=+= 2浪して偏差値29。どうしたらそんな生産性の低いことができるのか。戦略も何もない、ただのサンドバッグだったのか?
=+=+=+=+= こんなんばっかだな。親がMARCH出身ってなんだよ。具体的どこなんだよ? こんな頭の悪い学生が万が一医者になってたら、患者にとって悲劇。
=+=+=+=+= ある意味集中して勉強できていなかったんでしょうね 思う人生に回帰できて良かった
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