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国民民主党が今回の総選挙で躍進し、"手取りを増やす"というキーワードが大きかった。

自民党はデフレ脱却を訴えたが、立憲民主党と国民民主党はインフレの問題を訴えた。

経済に関する認識が与野党の選挙結果に影響した可能性がある。

投票情報や消費者物価指数の変化から、今回の選挙結果についての分析を行っている(要約)。

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今回の総選挙で躍進した国民民主党。「手取りを増やす」というキーワードは大きかった(写真:共同通信社) 

 

 衆院総選挙で大敗した自民党はデフレ脱却という言葉を叫び、躍進した立憲民主党と国民民主党はインフレの弊害を唱えた。国民の関心事が物価高にシフトしている今、経済に対する現状認識が与野党の明暗を分けたのではないか。(唐鎌 大輔:みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト) 

 

【著者作成グラフ】消費者物価指数のチャートがすべてを示唆していた。前回、自民党が下野した2009年の総選挙と今回の自民党大敗に共通する驚きのパターン。 

 

■ 与党大敗後の株高をどう解釈すべきか?  

 

 既報の通り、10月27日の衆院総選挙は与党(自民・公明)大敗で幕を閉じた。その投開票について、筆者はテレビ東京の選挙特番に出演しつつ、その趨勢や要人発言を注視した。 

 

 印象的だったのが、石破首相はもちろん、躍進を遂げた野田代表や玉木代表といった野党党首たちの表情もさほど楽観的なものではなかったということだ。 

 

 玉木代表は選挙後に、「まだ何もやっていないので野党は浮かれている場合ではない」といった趣旨の発言をしているが、「裏金問題が争点化する中、敵失で野党が浮上しただけ」という実情を野党党首たちも理解しているのであろう。 

 

 事実、野党単独で比較第一党になれたわけではなく、後述するように、連立政権入りも容易ではないため、今後待ち受ける政局不安定を思えば、明るい表情にはなれないという胸中は理解できる。 

 

 同番組中でいくつかのコメントをさせていただいたが、「金融市場でリスクシナリオに分類されていた『自公過半数割れ』が現実化した以上、まずは日本丸ごと売り、トリプル安というファーストリアクションもある」といった見解を紹介した。 

 

 周知の通り、現実はそうなっておらず、選挙後の10月28日および29日の金融市場では円安・株高・債券安(金利上昇)の様相で、トリプル安ではない。市場では「既に過去1週間で自公過半数割れは織り込まれていたから」、もしくは「単純に円安を反映しただけ」といった解釈が多いようだ。 

 

 実際、前者の説は説得力がある。自公過半数割れが報じられ始めてから日経平均株価は下げ足を早め、1週間で1000円近くも値を落としていた。株だけは「噂で売って、事実で買戻し」だったのかもしれない。 

 

 ちなみに、一部では「高市トレードの復活」と次の政局を見据えた動きとして解釈する向きもあるようだ。 

 

■ 円安、株高、債券安が示唆していること 

 

 金融市場はいつでも後講釈が跋扈する世界であり、「皆がそう思っていることはそうならない」ことが多い。短期的には意外な動きでも、長期的には結局、理屈通りに収斂することも多い。 

 

 直感的に言えば、与党大敗により今後の政局不安定がこの上なく可視化されている中で、株高の持続性に賭けるのは難しい。 

 

 筆者は株式の専門家ではないので詳述を避けるが、巷説で言われているように、今の円安や金利上昇がある程度、日本政治の左傾化を懸念した動きなのだとしたら、それでも株高が進んでいることの整合性をあえて見出すとすれば、「日本は制御不能なインフレになる」ということだろうか。 

 

 よく知られているようにアルゼンチンやトルコの株価指数は(自国通貨建てでは)非常に高い上昇率を記録している。日本がそうなると予想するつもりはないが、円安・債券安と株高が併存するならば、そのような説明も可能なことは知っておいてもいい。 

 

 

■ 与党の敗北に響いた物価高 

 

 今回の与党惨敗を受けて、2009年9月の自民党下野が引き合いに出されることは多い。 

 

 当時はリーマンショックを受けた超円高と、これに伴う国内景気の冷え込みが手伝って、時の政府・与党に厳しい審判が下ったと言われていた。しかし、実は前年には1バレル140ドル以上の原油価格急騰があり、数々の値上げが実施され、消費者物価指数(CPI)の上昇率でも+2%をにわかに超えるという事態に直面していた。それを踏まえての総選挙だったのである(図表(1))。 

 

 【図表(1)】 

 

 今回の総選挙も過去2年間にわたるCPI急騰を経て、物価高が争点化する中で行われている。国民が物価高に窮する状況で行われる総選挙は時の与党に厳しい審判がくだりやすい。これは洋の東西を問わない話だ。 

 

■ 国民民主党は閣外から美味しいところを狙う?  

 

 基本的に国民民主党などの野党が連立政権入りする展開はなさそうであり、本稿執筆時点で具体的な政権枠組みは判然としていない。しかし、勝敗ラインと宣言されていた「自公過半数確保」が達成できなかった以上、本来的には石破首相を含めた執行部の責任問題は免れない。 

 

 この点、石破首相からは続投の意思が表明されているものの、同時に野党の一部と連携する意思も示唆されている。 

 

 ただ、この構図において野党は美味しいところだけを得ようとするだろう。例えば国民民主党は拡張的な財政・金融政策を謳っている。真っ当に考えれば、円安は進むだろう。引き続きインフレを輸入する状況が続き、名目賃金は押し上げられるだろうが、実質賃金は恐らく低迷するに違いない。 

 

 国民民主党からすれば名目賃金の上昇を喧伝した上で、「インフレを放置して実質賃金を抑制した」として自公政権を批判するのではないか。なんと言っても国民民主党は「手取りを増やす」というキラーフレーズがある。「名目賃金上昇に尽くしたが、自公政権の失政で力及ばず」という姿勢は世論の支持を得そうだ。 

 

 どこの国でも同じだが、与党を追い詰めた野党が与党にパーシャル連合という形で手を貸すことで政権運営に関与することは確かに可能であるものの、結果として野党としての存在意義を喪失するというケースは多い。 

 

 大連立に手を貸したことでドイツの社会民主党(SPD)は長年、メルケル前首相擁するキリスト教民主同盟(CDU)の日陰に置かれ、存在意義が問われる状況に追い込まれていた。与党への安易な協力は野党の騰勢失速に直結しかねず、簡単には飲めない。閣外から美味しいところだけを狙うのが賢明な戦略になりやすい。 

 

 

■ 国民も理解しつつある緩和的金融政策と円安の弊害 

 

 金融市場では金融政策運営への示唆も注目される。 

 

 例えば、事前に金融市場で議論を呼んだ「日銀の物価安定目標を2%から0%超へと変更する」という立憲民主党の公約をどう考えるべきだろうか。 

 

 今回、自民党惨敗の主因は裏金問題であったとしても、上述するように物価高に喘ぐ国民生活も確実に支持率を蝕んだと言える(厳密には「国民は物価高で困っているのに裏金は良い思いをしている」といった混合的な心情もあるだろう)。 

 

 そして、物価高の背景に円安があったことは国民も理解している。 

 

 ここからは推測の域を出ないが、恐らく、その円安の遠因に緩和的な金融政策があったという事実にまで理解が及んでいる国民も少しずつ増えていると思われる。 

 

 今回、公約の中で自民党がはっきりと金融政策運営についてメッセージを発したわけではないが、就任直後、石破首相が緩和継続の要望を口にしたことは大きく報じられた。 

 

 背景として裏金問題という敵失があったのは間違いないとしても、財政・金融政策運営についてタカ派的なイメージの強い立憲民主党が躍進した以上、政治は金融市場のご機嫌取りで弛緩した金融政策運営を促すのではなく、漸次的に円金利を上げることの意義と向き合う時期に来ているという考え方もあり得る(とはいえ、断っておくが筆者は「0%超」という表現は極端すぎるため、支持はできない)。 

 

 ちなみに、米国でもユーロ圏でも利上げする時に世論の反対がないわけではない。独立した中央銀行がその必要性に鑑みて決断しているだけであり、日本にもそれが望まれるというだけの話だ。 

 

■ 「手取りを増やす」という言葉が示す奥行き 

 

 もちろん、タカ派的な金融政策の必要性を説くのは政治的にも勇気を要する。この点、確かに国民民主党が「手取りを増やす」とのメッセージで若年層の支持を取り込んだのは巧妙だった。「手取りを増やす」というフレーズは一度にいろいろな政策課題にアプローチできるからだ。 

 

 改革の本丸であるべき社会保障費問題はもちろん、円安を助長している実質賃金を押し下げる金融緩和へのけん制にもなる上に、原発再稼働を睨んだエネルギー政策にも絡んでくる(同党は原発活用に前向きである)。今後も「手取りを増やす」は使い回されていく可能性が高いし、それは悪いことではないように思える。 

 

 結局、「実質賃金の低迷」の遠因となっている円安や、これとセットと考えられている円金利の低位安定に終止符を打つことが、実体経済が復調するための迂遠な道に見えて実は王道なのだろう。 

 

 今回、「3年でデフレ脱却」を強調した自民党が大敗を喫し、金融緩和修正の必要性を説いた立憲民主党や手取り(≒実質賃金)の重要性を訴えた国民民主党が躍進した事実を踏まえれば、「もうデフレ脱却という手垢の付いたフレーズはほとんどの国民に刺さらない」と考えるべきではないか。 

 

 争点はデフレではなく、もはやインフレなのである。正しく患部を診断しなければ、正しい処方箋は与えられない。なんだか「経済が冴えない状態にある」という状態をとりあえず雰囲気で「デフレ」と呼ぶことから止めていく所作が求められているように思える。 

 

 ※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、2024年10月29日時点の分析です 

 

 唐鎌大輔(からかま・だいすけ) 

みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト 

2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(2022年、日経BP 日本経済新聞出版)。 

 

唐鎌 大輔 

 

 

 
 

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