( 229381 ) 2024/11/02 17:01:20 0 00 衆議院選挙が終了。少数与党体制となって、実は日本はよい方向に向かいつつある。石破政権が今やるべきこととは何か(写真:ブルームバーグ)
衆議院選挙が終わり、私の予言が実現しつつある。
世間では連立の枠組みをめぐる政局の話題で大盛り上がりしているが、本質は逆だ。日本政治の正常化が進み、政局が政策で動くという「正常な」政治が始まりつつあるのである(詳細については「石破政権の誕生は『日本経済正常化』の第一段階だ」【10月5日配信】をご覧いただきたい)。
石破政権は、もう政策しかない。もともと苦手な政局で、うまく立ち回ることに失敗し、今後もうまくできそうにない。もう、開き直って、政策勝負するしかない。そして、味方になりうるのは、政策でしか動かない、と言っている少数政党だけだ。だから、これからは政局ではなく、政策だけが重要になっていくのだ。
なので、今回は、心置きなく100%政策の話をしよう。
■なぜ国を豊かにするのに「経済政策は不要」なのか
さて、しかし、国を豊かにするには、経済政策はいらない。なぜなら、現在、日本で行われている経済政策は、経済に逆効果のものばかりだからだ。
まず「短期の経済政策」は需要サイドの景気対策になるが、景気対策が必要なのは、失業を最小限にするためだ。失業は有効な労働力を遊休させることになり、時間とともに取り戻せなくなるから、取り返しのつかない損失であり、そして何より、失業者は社会からもドロップする確率が高いからだ。
これは特に若年層、新卒で大きい。平成バブル崩壊後の「氷河期世代」が今も残るように、社会の基盤のためにも若年失業者を出してはいけない。そのためだけに景気対策は必要だ。
それ以外は、景気循環を除去することは、非効率である。またヨーゼフ・シュンペーターによれば、不況を経てこそ、経済は次の段階に発展する。淘汰もイノベーションも不況が必要だ、ということだ。したがって、社会基盤を守るための若年失業対策、社会的な生活支援のための不況対策は必要だが、それらは景気対策よりも社会政策で実現するべきだし、そのほうが、より直接的で効率的である。
一方、「中期の経済政策」は、いわゆる供給サイドの成長戦略だが、政治的に語られる成長戦略の多くは需要喚起で、実際には景気対策であるから、前述のように非効率性から経済にマイナスである。
■成長戦略は景気対策よりさらに経済にマイナスなワケ
その次に、政治が好きな成長戦略は、産業政策で、次の日本のリーディング産業を支援する、作る、という観点、あるいはすでに最重要になっている産業に資金を突っ込む、ということが行われる。
これは、景気対策よりもさらに経済にマイナスだ。なぜなら、今や政府は民間セクターに比べて情報優位であるどころか、むしろ劣位である。したがって、民間企業に見抜けない次の産業を見つけられるはずがない。
点数を稼ぎたい政治家がやりたがることだが、すでに誰もが今もっとも重要になっていると知っている産業に、遅れて補助金を突っ込む。もうすでに出遅れているから、補助金は負け組に突っ込むだけであり、無駄になるどころか、すでに取られた産業を諦めて次に移るのが遅れ、次の産業にも企業は移れず、補助金は無駄になり、企業も政府とともに共倒れになる。
何とか追いついたとしても、いわゆるレッドオーシャンでいちばん儲からない産業になっているから、資本効率は最低で、日本企業の利益率が低いことを助長する結果に終わる。
本来重要なのは、人的資本の蓄積を支援することによる労働生産性の向上、働き手の長期的な価値の上昇のための政策だが、これは、掛け声だけで、無駄なことあるいは効率の悪いことをやっている。
例えば、今はリスキリングという言葉が躍っているが、これはほとんど無駄である。理由は3つある。
■リスキリングが失敗する「3つの理由」
第1に、スキルは必要に応じて身に付けるものであり、オンザジョブトレーニングが効率的、最先端であり、学校や職場外で受ける研修では、フレッシュな価値はないものであり、スキルはフレッシュである必要がある。もし、プログラミングや単にエクセルなどのソフトの使いこなしであれば、そんなものはリスキリングなどというほどのものではなく、これまでもやる気のある人であれば、個人で勝手にやっている。
第2に、今述べたように、リスキリングは、自発的にやるものであり、それは自分で何が必要か見つけてやるものであり、やる気があれば、自然と自分でわかるし、やっている。つまり、リスキリングに必要なのは、政府の支援でも雇用主の支援でもなく、本人のやる気であり、それがすべてなのである。
第3に、汎用性の高い「学び」のための支援は、企業で働きながら外部の研修を受けたり、学校に通ったりすることを企業の負担(支援)でやる枠組みで、そのコストを政策的に負担するというというパターンであるが、これは駄目である。
小泉進次郎氏が自民党総裁選挙で解雇規制について提唱していたが、解雇する被雇用者に対して、企業がリスキリングを支援するようにさせる、というのは、これこそ最悪の枠組みである。
どうしてこれからクビにする従業員に、素晴らしい人的資本を蓄積するような支援を、雇い主がするであろうか。それなら、クビにする前にしているし、そもそもクビにしない。政府の金(カネ)でテキトーなアリバイ作りのリスキリングをするだけである。役に立つリスキリング支援は現状の日本の政策の考え方では、ほぼ現実的には存在しえない。
最後に、長期的な経済成長戦略として、多くの人が想定しているのは労働力の増加である。これを政治家に聞けば「少子化対策」「移民政策」だと言うだろう。しかし、これでは最悪であり、むしろ害悪である。なぜなら、少子化問題、移民問題は、経済のための手段として捉えては絶対ダメだからだ。
経済の問題ではなく、社会の問題だからである。どのような社会を作るか、その理念のもとに行うべきことであり、社会の基盤をどうするか、経済に関して関係するとすれば、経済を支える基盤としてどのような社会にするか、という問題なのである。社会というインフラ、その社会のインフラをどうするか、それが少子化問題、移民問題なのである。
このように見てくれば、失われた30年と言われる1995年から現在まで、政府の経済政策が効果を上げなかったのは当然だったのである。やり方が間違っている、あるいは、やっていることを単にアピールだけするために、短期の経済政策規模を何十兆円と膨らませたり、現金をバラまいたりと、経済発展をそもそも目的としてない政策ばかりを行ってきただけなのである。
では、どうしたらいいのか。短期の需要サイドも中期の供給サイドも政府の出番ではもはやなくなっている。民間セクターに任せるのがベストなのだ。
■政府がすべきなのは「質の高い義務教育インフラ整備」
では、政府は何をするべきか? もちろん、社会資本の蓄積である。政府が誕生し、最初に行うべきことは、社会基盤を作ることである。政府が生まれたときから社会資本の蓄積は重要で、21世紀になってさらにその重要性が高まったのである。
つまり、民間セクターが発達し、経済政策に関しては、足りないものがなくなった。しかし、一方、社会資本の蓄積が、経済規模に比して相対的に不足するようになり、21世紀には、それが国家間の違い、差をつける決め手になってきたのである。
上述の、現在行われているだめな経済政策と本当は必要な政策に関する一連の議論を見ても、短期、中期、長期のいずれにおいても、必要なことは社会資本の蓄積に集約される。
短期で行うべき経済政策とは若年層の失業対策に尽きる。つまり、若年層、学卒者に対して、社会的基盤を提供することが最重要なのである。中期の供給力も、労働者の人的資本の蓄積がすべてであるが、その支援の枠組みは、企業を通じるものではなく、個々人に直接働きかける仕組みが必要である。
そして、リスキリングの議論で見たように、現代の目まぐるしい変化、多様性に応じて、個々人が本人の判断とやる気で行うものである。政府が行うべきは、学び直しの機会ではなく、学び直しが必要なときに自分でできる、判断力、気力、好奇心、働く意欲を幼児教育、小学校、中学校のときに身に着けさせることである。
つまり、本人の心の中に基盤を作ることを助けるのである。このような基礎力を身に付ける質の高い義務教育のインフラを整備することである。これぞ、国家最大の社会インフラ、社会資本である。このような国民で構成される社会、国家は、素晴らしい社会であり、国家となるだろう。
これで、21世紀の今、行うべき経済政策は明確になった。いい社会を作るための基盤、社会資本を蓄積することである。それにより、いい社会が実現すれば、自然に経済発展はついてくるのであり、いい社会に基づかない経済膨張は持続可能でないのである。
景気対策は要らない。必要なのは、若年層、新卒者に必要な仕事、それも勉強になり、人的資本の蓄積を、仕事をしながら促すような仕事である。 産業政策も要らない。リスキリングも要らない。必要なのは、質の高い幼児教育、義務教育である。
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