( 230371 ) 2024/11/05 16:23:22 0 00 与党過半数割れを踏まえ石破茂首相(右)は、玉木雄一郎代表(左)が率いる国民民主党に、政策面での歩み寄りが必要になっている(写真:共同通信社)
衆議院選挙で自民・公明両党は過半数の議席を獲得できず、躍進した国民民主党の協力を得て政権維持を図ろうとしている。これに対し、国民民主の玉木雄一郎代表は同党が衆院選で掲げた看板政策「年収103万円の壁」引き上げの実現が協力の条件だとしている。SNSでも議論が沸騰する「年収103万円の壁」とはどういうもので、引き上げが実現したら誰に、どんな影響があるのか?
【図】ひと目で理解できる「年収103万円の壁」とは?
(森田 聡子:フリーライター・編集者)
■ 国民民主党は「ゾンビ税制」と強く非難
「年収103万円の壁」と聞くと、会社員や自営業者の人は「自分には関係ない」と考えてしまうかもしれない。しかし、この政策、実は大半の納税者に実質的な「減税」をもたらす公算が大きい。
「年収103万円の壁」の引き上げがどうして「減税」につながるのか。まずは、「年収103万円の壁」の背景から説明していこう。
日本の税制には「基礎控除」という制度があり、収入のある人はそこから一律48万円が控除される。ただし、一部の高額所得者は基礎控除の対象とならない。合計所得金額が2400万円超2450万円以下は控除額が32万円、2450万円超2500万円以下は同16万円と段階的に縮小され、2500万円を超えるとゼロになる。
一方、パートやアルバイト先から受け取る給料は「給与所得」に分類される。自営業者は必要経費を申告するが、給与所得を得ている人にはその代わりに収入額に応じた“みなし経費”を控除する制度がある。これが「給与所得控除」だ。給与収入が年162万5000円以下の人の給与所得控除は55万円と定められている。
先の基礎控除48万円にこの55万円を加えると103万円になる。パート収入が年103万円であれば、そこから基礎控除と給与所得控除を引いた課税所得がゼロとなり、所得税を払う必要がない。
これが「年収103万円の壁」だ。
年収103万円という控除額は1995年から変わっていない。国民民主党はこれが「ゾンビ税制」だと強く非難し、1995年以降の最低賃金の上昇分に合わせて178万円まで引き上げることを主張している。
しかし、パート収入を年103万円以下に抑えるメリットは「所得税がかからない」ことだけではない。
■ ほかにも複数の「壁」が
現在の税制では、配偶者のパート収入が年150万円以下であれば、配偶者を扶養する夫または妻(給与収入1095万円以下)は自身の収入から38万円の「配偶者控除」または「配偶者特別控除」を差し引ける。この制度により、「年収103万円の壁」の内側にとどまっていれば、配偶者は38万円の控除が受けられる。
また、パートで働く配偶者は、以下の条件を満たさなければ、自分で健康保険料や年金制度に加入して保険料を負担しなくて済む。(1)週の所定労働時間が20時間以上、(2)所定の月額賃金が8万8000円以上、2カ月を超える雇用の見込みがある、(3)学生ではない――ことだ(従業員51人以上の事業所に勤務している場合)。
月8万8000円は年換算すると105万6000円≒106万円となる。ゆえに、この社会保険料負担のボーダーラインは「年収106万円の壁」と呼ばれている。
このほかに、企業の「扶養手当」の支給基準も、対象となる配偶者の年収を「103万円以下」としているところが多い。
つまり、「年収103万円の壁」を超えずに働くメリットは所得税が非課税になるだけではない。「夫または妻が配偶者控除を受けられる」「夫または妻の扶養家族となり保険料を負担せずに配偶者の勤務先の健康保険の制度が使える」「年金保険料を負担せずに会社員や公務員の夫または妻との婚姻期間(第3号被保険者期間)に応じた老齢基礎年金が将来受け取れる」「夫または妻の給料に扶養手当が上乗せされる」といった数々の“特権”をセットで手にしているからこそ、年収を抑えて働いているわけだ。
とすれば、国民民主党が主張する「年収103万円の壁」の178万円への引き上げが実現したとしても、配偶者控除や社会保険、それに、勤務先の扶養手当の基準が変わらなければ、壁を超えず「現状維持」を選択する人が相当数いるのではないだろうか。
以前の記事(「どうせ時限措置、バカを見るだけ」、信用されない岸田政権「年収の壁」対策)で、岸田文雄前政権による年収の壁対策が実施された際、「どうせ時限措置。そんなのにつられて労働時間を増やしたら、最後にバカを見るのは自分」と話した筆者の知人の50代パート女性は、「年収103万円の壁」の178万円への引き上げを「一見、時代に合っているようで、実はずれている」と評した。
■ “年金逃げ切り世代”は反応するか?
この女性の勤務先でパートとして働いているのは、同世代の女性たちが多い。“年金逃げ切り世代”でもあり、賃上げで時給がアップした分、労働時間を減らして壁を超えないよう調整している人がほとんどだという。女性もその一人だ。仮に年収の壁が178万円に引き上げられたとしても、ほかに持っている数々の特権を手放してまで壁を超えて働こうとはつゆほども考えていないと話す。
一方で、女性の場合、若い世代ほど正社員比率が高まり、2023年時点で子育て世代の25~34歳で68.6%、35~44歳でも52.5%が正規雇用となっている(「雇用形態、年齢階級別役員を除く雇用者の推移(割合)」、総務省統計局「労働力調査」より)。いずれも10年前から1割近く増えた。
見方を変えれば、25~44歳の女性の半数以上は既に「年収103万円の壁」を超えて働いているわけだ。さらに、パートのボリュームゾーンである50代に「現状維持」派が多いとなれば、「壁の前に労働時間を抑制してしまう人が減って人手不足が解消される」効果は限定されてしまうのではないだろうか。
国民民主党による「年収103万円の壁」引き上げの具体的なやり方は明らかになっていないが、これを受けて政府は基礎控除を75万円引き上げ、同党の主張する178万円とした場合、国と地方を合わせて合計7兆6000億円の税収減となる見通しとの試算を示した。
基礎控除を引き上げれば「年収103万円の壁」の対象者に限らず、会社員や自営業者などほとんどの納税者が“恩恵”を享受することになる。課税所得が圧縮され、その分、税負担が減るからだ。ならばストレートに「減税」にしてしまった方が国民にも分かりやすいと思うのだが……。
■ 社会保険料負担も含めた包括的な見直しが不可欠
基礎控除を75万円引き上げたことによる減税効果は、年収210万円の人が約9万円、同500万円の人が約13万円、基礎控除が満額受けられる上限に近い同2300万円の人だと約38万円となる。こうした数字を見ると「高額所得者優遇」との指摘を受けかねない(実際、そういう指摘も出ている)。
好調な企業業績を背景に法人税の申告所得金額は2023年度まで3年連続して過去最高を更新しているが、基礎控除引き上げによる7兆6000億円の税収減は財務省からの抵抗も強そうだ。
加えて、健康保険や年金の財政危機から国は社会保険の適用拡大を目指しており、「年収103万円の壁」突破には社会保険料の負担も含め包括的な見直しが求められるようにも思う。
とはいえ、「年収103万円の壁」引き上げに向けた協議はまだテーブルにも着いていない。どんな“落としどころ”を見つけるのか。議論の行方を見守りたい。
森田 聡子
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