( 231496 ) 2024/11/08 16:40:36 0 00 Photo by Gilbert Carrasquillo/GC Images
「ディズニーリゾートが完全に富裕層にターゲットを絞った」――こんな噂が囁かれています。実際に、アメリカ・フロリダ州のディズニーワールドで最大449ドル(約6万9000円)の入場パスが発売されました。この戦略は正しいのでしょうか?ディズニーは庶民にとって手が届かないエンタメに変貌してしまうのでしょうか?(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)
【画像】東京ディズニーリゾートのパスポート価格「驚きの推移」
>>後編『ディズニーが「パークチケット」を値上げしても「ディズニー+」は値上げしない深いワケ』を読む
● 「いくらなんでも高すぎる…」 ディズニーの富裕層シフトは正しい戦略なのか?
アメリカ、フロリダ州のディズニーワールドで、プレミアム顧客向けに449ドル(約6万9000円)の入場パスが発売されました。このパスを持っていると待ち時間なく専用レーンからアトラクションに乗れるということです。
実はこの「ライトニングレーン・プレミアムパス」は449ドルだけでは買えません。
購入するためにはディズニーが経営する特定のホテルにも宿泊しなければならないのです。ディズニーに対して1日で10万円以上の出費が賄える富裕層だけが選ぶことができる本当にプレミアムなオプションだと言えそうです。
日本でも、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドの決算では今年4~9月期の入園者数は2%減少した一方で、売上高は5%増加しています。昨年の値上げで客足が減ったにもかかわらず客単価が順調に増えているのです。
エコノミストの間では、最近のディズニーリゾートはグローバルで完全に富裕層にターゲットを絞ったようだと噂されます。その戦略は長期的に見て正しいのでしょうか?
そして、庶民にとってディズニーは手が届かないエンタテインメントに変貌してしまうのでしょうか?経済学と社会学、ふたつの視点から分析してみたいと思います。
● 需給の考え方では これまでの値上げは「正しい戦略」だった
最初に、経済学の視点から検証してみます。
エコノミストがそう考えているように、仮にディズニーが世界各地のディズニーリゾートの価格戦略を富裕層にフォーカスして設定しているとしたら、その戦略は経済学的に正しいのでしょうか?
この問題を考察するために使える経済学のツールは、需要供給曲線の考え方です。
需要供給曲線の考え方では、価格を上げれば需要が減っていきます。逆に価格を下げれば供給が減ります。その均衡点で経済的に最適な価格が神の手で決まります。
ディズニーリゾートで言えば、値上げをしても来園客が減らないうちはまだ価格は最適ではありません。同時に値上げをすることで供給を増やせる、つまり新しいエリアやアトラクションを建設できるようになります。
これまでコロナ禍の影響を除いて考えれば、ディズニーリゾートは値上げをしても入園者が増えてきたので、需給の考え方としては値上げは経済的に正しかったといえます。
● 2024年4~9月期の入園数ダウンは マイナスとは限らない
一方で、今年の4~9月期に入園者数が減少したことはどう考えるべきでしょうか?
ここは実は微妙な問題が3つあります。
まずそもそも今年の夏は酷暑だったので、その要因を減少要因として考慮する必要があります。
ひとことで言えば、パークの入園者が安定的に見込める下期の入園者が減るのか減らないのかを見ないと本当のことはわからない。これがひとつめの問題です。
ふたつめにインバウンドの要因があります。今年はインバウンドの外国人観光客がコロナ禍前を超えて最大になりました。円安の影響で彼らの購買力は旺盛です。そして彼らにとって日本旅行の人気の目的地が東京ディズニーリゾートです。このインバウンド需要は長期的に増加する一途だと予測されています。
これを難しく言えば「インバウンドの需要曲線が毎年上にシフトする」と言います。わかりやすく言えば、来年は仮に価格が今年よりも高くなって、日本人の入園者が減ったとしても、外国人観光客が増えてその減少を補ってくれる可能性があるということです。
ですから、今年減ったことが長期的に悪いかどうかはまだわからないのです。
● 「行列が減るほどパークは儲かる…」 アメリカのディズニー幹部が語ったワケ
そして3番目に、ディズニー自身が入園者数をもう少し減らしたほうがいいいと考えているフシがあります。
私は8年ほど前にアメリカのディズニーで戦略を立案していた人物にインタビューをしたことがあります。彼が言うには、当時のディズニーの発見として、「アトラクションの行列を減らせば減らすほど、パークは儲かる」というのです。
これは当時、ファストパスが年々便利になっていったことに関係しています。
顧客の視点で見ればせっかくディズニーリゾートに出かけたのに、アトラクションに乗るために長い列に並ばなければいけないのはうんざりです。かなり以前のディズニーはその負を解消するために、行列の途中でもちょっとした楽しみが得られるように列の間に見せ場を設置したり、キャストがちょっとしたダンスを見せたりといった工夫をしていました。
ところがファストパスを導入する頃から、経営の視点が変わります。
列がなくなれば顧客が喜ぶだけでなく、パークの売り上げも増えるのです。理由は単純で、列に並ぶ必要がなければその時間、顧客はショッピングをしたり、カフェでスイーツを食べたりできるのです。
そこで2010年代後半のディズニーは、パークの最適なキャパシティを再検討するようになりました。2時間待ちの行列が園内のいたるところにあった頃の最適な入園者数と、その行列がなくなったときの最適な入園者数は違うというわけです。
これは経済学的にはオーバーツーリズムの問題と同じです。観光地に観光客がたくさん集まりすぎると、どこに行っても満員で観光客も疲れてしまい、お金を落とさずにとっとと帰ってしまうようになります。
入場税などをとって観光客を意図的に減らすことで、観光地のキャパシティに最適な人数がそこに居て、楽しくお金を使ってくれるのが経済学的には一番いいのです。
● ディズニー、MLB、サッカー… エンタメの「富裕層シフト」はどんどん続くだろう
これら3つの微妙な要因を考慮した場合、需要と供給で考えれば経済学的にはディズニーが世界のパークの価格をさらに値上げすることはまだ正しい戦略だという結論になります。
実はこの現象、広くスポーツやエンタメの世界でも当てはまる経済現象でもあります。先日、MLBで大谷翔平選手が所属するドジャースがワールドシリーズを制覇しました。そしてドジャースの試合のチケットはシーズンを通じて高騰していきました。
リアルなスタジアムでの観戦の価格は、需要が増えれば価格はどんどん上がります。なぜならスタジアムのキャパシティという供給数に上限があるので、普通のモノの価格よりも上がり方は早いのです。グローバル市場で見ればMLBよりもさらに経済価値が高いのがサッカーです。
この経済学の方程式に基づけば、いずれディズニーのパークも、MLBの人気チームの入場券も、サッカー日本代表の試合も、すべてが富裕層にフォーカスした高価格へとシフトして、庶民の手には入らないものになってしまいそうです。
一方で、社会学的な考察から見ればこの富裕層を頼りにした値上げ現象は社会の在り方として正しいのでしょうか?
実は、ディズニーが庶民の顧客を見捨てることは絶対にありません。後編『ディズニーが「パークチケット」を値上げしても「ディズニー+」は値上げしない深いワケ』ではディズニーの賢すぎる「企業戦略」について深掘りしていきます。
鈴木貴博
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