( 232176 ) 2024/11/10 16:32:38 0 00 市街戦を想定した訓練を行っている自衛隊員(写真・Koichi Kamoshida/Getty Images)
自衛隊では秋になると、演習を実施する。その際には各基地で、自隊警備を実施する。基地に勤務する自衛官が24時間体制で正門や塀、重要建物の警備に当たるものだ。
これは特殊部隊による破壊工作への対策である。戦時に敵国特殊部隊は日本国内の自衛隊基地を攻撃するという見通しに基づき、大規模な演習では各基地の自隊警備を内容に含めている。
それにより敵軍を模擬した陸上自衛隊のレンジャー(特殊作戦要員)の基地侵入の阻止を図る。だが、本当に日本に特殊部隊は来るのだろうか。
実は、そのような事態が起きるとは考え難い。第1に敵国にとっても準備は難しい。第2に日本の治安維持力に彼らは封殺される。第3に、自衛隊基地は攻撃対象として不適当だからである。
それらからすれば、特殊部隊対応の自隊警備は見直すべきだ。来るはずもない特殊部隊への対策として、専門職の自衛官を畑違いの警備で消耗する無駄がある。とくに訓練過熱の原因である陸自レンジャーによる侵入は改めるべきである。
■自隊警備のかなりの負担
では、自隊警備とは何だろうか。自分の部隊を自分で警備することだ。実際には基地単位での対応なので、自分の基地を自分で警備する形である。
その対象は敵国の特殊部隊だ。1970年代までは、国内の反戦デモや反自衛隊デモが対象だった。それを1980年代以降には特殊部隊対策に改めた。戦時に自衛隊基地に侵入して、航空機や艦艇、重要建物を破壊する。それを防ぐこととなった。
となると、警備の負担は大きい。自隊警備の部署が対象となると、ざっと部隊の1割近くは引っ張られてしまう。しかも、自隊警備に出した隊員は24時間働き詰めなので翌日、翌々日には別の隊員を送り出さなければならない。当然だが、前日に出した隊員は疲労のため、警備から上がった翌日は使い物にならない。
さらに、部隊の能力は低下する。少なくとも2割方の隊員が常時不在になるからだ。残る8割でも本来の仕事はできないこともないが、それを2週間は続けられない。
2001年に実施されたテロ対策では上記のようになった。アメリカの同時多発テロではアメリカ海軍横須賀基地に合わせて海上自衛隊横須賀基地も実働の自隊警備をかけた。テロの当日と翌日には、中央の指示により目視による対空監視までした。
そして2週間が経つ頃には、息切れして警備の水準を下げた。総監部や造修補給所の陸上勤務者で警備を強化したため、肝要の日常業務に支障が出たからである。横須賀の人数は呉、佐世保、舞鶴と大差はない。それでいて業務や行事は他の基地よりも多い。そこから人数を抜けばそうなる。
演習の自隊警備でも、指揮官や幕僚が乗り気だとたいへんなことになる。将官は勝ちにこだわる傾向が強い。昇任も出世競争での勝ちに執着した結果だ。
だから演習でも陸自レンジャーとの勝負には熱心になる。幕僚もアピール好きだと始末に終えない。「ありとあらゆる事態に対処する」と豪語して過度警備を強要してくる。
25年前には、将官指示で人垣を作ったことがあった。「レンジャーの侵入は絶対に許すな」との指示により、隊員が重要施設を人間の鎖で囲った。
また、幕僚が「バルカン砲を出せ」と言い出した話もあった。当時の防空警衛隊が持っていた対空砲で水平射撃をする話だ。断った旨の報告の後に「巻き添えで隊員100人が死ぬ」や「たかが演習の勝ち負けで民家方向に砲身を向けるマヌケ」と皆でこの提案をした幕僚を酷評した。
■真剣に考えての自隊警備なのか
といった具合に、いずれにせよ自隊警備に力を注ぐとたいへんなことになる。肝心の基地機能が低下する訓練なのだ。航空基地なら飛行機の整備員が警備ばかりで、整備が進まない状況となる。
これでは本末転倒だ。自隊警備は基地機能を維持するために実施するのに、その自隊警備に熱心となってしまうと、かえって基地機能を損なうのである。さらに、今の自隊警備には根本的な問題もある。本当に起きる事態なのか、それを真剣に考えて実施しているようには到底、思えないのだ。
はたして、レンジャーに相当する精鋭部隊が自衛隊基地を襲撃する事態は起きるのか。実際にはありえない。日本の状況や敵国の立場からすればそうなる。
それは、第1には、準備が難しいことである。特殊部隊の人選や日本に潜入する段階から実施は困難だ。日本社会で活動できる人員はなかなか揃わない。一見して日本国民と区別がつかない、ヤマト民族やアイヌ民族と同じ顔つきであり、そのうえで母語水準の日本語話者が必要となる。それを特殊部隊から、条件を緩和しても軍隊のなかから揃えなければならない。
顔つきが相対的に似ている中国や北朝鮮でも、10人を揃えられるかどうかだろう。おそらくはロシアはさらに少ない。東アジア的な容貌の人員はいくらでもいるが、流暢な日本語話者を選抜することは無理だ。
日本への潜入も厄介である。なによりも四周を海に囲まれており陸路での潜入はできない。不審船からの上陸や軍用輸送機からのパラシュート潜入も難しい。海上保安庁、海自、航空自衛隊、水産庁、税関、漁民らに監視されているためだ。他国とは事情が違うのだ。
自衛隊は、特殊部隊対策で韓国の例をよく持ち出す。一時期、陸自が推進していたゲリラ・コマンド対策では北朝鮮工作員の侵入事件を挙げて必要性を強調していた。
ただ、韓国とは事情が違いすぎる。日本は同一民族の分断国家ではないし侵入容易な陸上国境もない。
■日本社会の監視力を無視したもの
第2は、日本の治安維持力に封殺されることである。
演習の想定では、敵国の特殊部隊は基地外壁までは自由に移動できることになっている。武器に加えて、塀を乗り越えるための脚立や、フェンスの金網を切断するボルトカッター、基礎の下に抜け穴を掘るスコップほかの道具を公然と携えて接近できる設定だ。
これはあまりにも非現実的な与件設定だ。警察をはじめ、ほかの治安維持力を完全に無視している。
戦争となると、警察も全力警備を始める。「ノビ(窃盗)やタタキ(強盗)では国は滅びない」と他の業務をさしおいてでも全力で警備にあたる。
自衛隊基地を含む政府施設やインフラに警官を配置し、駅や港、道路の至るところに検問を設ける。ちなみに、警察官数は26万人で、陸海空の自衛隊員数22万人よりも多い。
よくできたもので、警備に全力投入しても何も困らない。戦時下は国民も緊張状態に入るので、治安は改善する。例えば、香川県は昭和16年(1941年)末の太平洋戦争開戦から半年間は犯罪件数がゼロだった。
加えて、国民による強力な相互監視も始まる。日本はムラ社会であり、不審者には敏感だ。非常時には勝手に監視を始める。これはコロナ流行時に自然発生した、他県ナンバー狩りが示すとおりだ。
この状況で、敵国の特殊部隊は自由な活動ができるだろうか。不審な荷物をもつ4人連れ、5人連れが鉄道や道路にある検問や監視をすり抜けて自衛隊基地まで到達するだろうか。
不可能だ。少しでも違和感があれば通報され検査となる。そこで荷物を改められれば一巻の終わりだ。
武器で押し通すのも無理である。たしかにその場は突破できるかもしれない。ただ、いずれは自衛隊や警察に囲まれる。いずれにせよ任務達成は不可能となるのである。
第3は、攻撃対象を基地にすることは不適切だからである。それからすれば襲撃はない。
■基地は攻撃対象にならない
その理由は、まず攻撃目標としての優先度が低い問題がある。特殊部隊が狙うのは攻撃効果が高い目標、つまり戦争全体を有利にできる、または日本全体に影響を及ぼせる目標である。例えば、首相官邸やアメリカ大使館がよい目標であり、原子力発電所や静岡県の富士川橋梁群のような交通網の収束部だ。
基地は攻撃対象として魅力的ではないといってもよい。日本全体に影響は及ぼせない。しかも、自衛隊の戦闘力もあまり削げない。うまくいって5、6機の飛行機を破壊できるくらいがいいところだ。
次に、警備が厳重なため、成功の見込みが立たないことである。第2で述べたように外から警察、自衛隊の警衛、基地内の警戒員、さらに護衛艦に至っては出入り口で舷門当直も警戒している。そのすべてを潜り抜けるのは難しい。しかも、攻守いずれかが1発でも発砲すれば1キロメートル四方の警官や自衛官が押し寄せてくる。
そもそも、戦時には護衛艦や戦闘機には近づけない。まず護衛艦や潜水艦は海に出す。戦闘機も仮設土木機材で作る防空壕に仕舞ったうえで、鉄条網をめぐらして警戒員を配置する。自衛隊でもそれくらいの知恵はある。
最後に、損害が許容範囲を超える問題がある。基地襲撃となれば特殊部隊でも全滅必至となる。
果たして敵国は基地襲撃で特殊部隊を使い潰すだろうか。手間をかけて集めたうえで、苦労して日本に潜入させた貴重な兵員を成功の見込みが立たない作戦に使うだろうか。
それよりも確実な作戦に使う。破壊工作なら山奥にある送電線の鉄塔のボルトを抜いて倒すような地道な活動である。自衛隊基地を狙うとしても侵入はしない。
深夜に1キロメートルほど離れた場所からライフルを射掛ける。それにより被害確認や警備警戒となり、基地総員を夜中に叩き起こす嫌がらせである。
あるいは、スパイや扇動に転用するかだ。日本社会で自由自在に動き回れる貴重な人材である。戦闘に使うよりも、普段の情報収集や不満分子の扇動、反体制運動への援助に使ったほうがよい。敵国はそのようにも考える。
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