( 234678 ) 2024/12/17 17:44:24 2 00 ジリ貧だったパ・リーグ球団が見出した活路、「巨人一強ビジネスモデル」を超えた「地域密着型」の球団経営JBpress 12/17(火) 11:41 配信 https://news.yahoo.co.jp/articles/3e96c48f621f76f6cc7f385c50f0344fe8fb8873 |
( 234679 ) 2024/12/17 17:44:24 1 00 日本のプロ野球における「球界再編」から20年を振り返ると、NPB球団が「地域密着型のマーケティング」に取り組み始めたことが注目される。 | ( 234681 ) 2024/12/17 17:44:24 0 00 1969年2月1日、多摩川グラウンドでキャンプインした巨人の長嶋茂雄選手(左)と王貞治選手(写真:共同通信社)
2004年の「球界再編」から20年が経過した。いまさらながら「あの年に起こったこと」のインパクトは、日本野球史上で最大のものだったと思わざるを得ない。
「球界再編」の前後に起こった様々な改革によって、プロ野球のビジネスモデルは劇的に変わったのだ。テーマごとに、数回を費やして考えたい。
まずはNPB球団が「地域密着型のマーケティング」に真剣に取り組み始めたことについて。
これまで述べてきたように、日本のプロ野球は「巨人一強」「セ・リーグ優位」の時代が40年以上も続いていた。
■ 「球団経営の赤字は親会社の広告宣伝費」という罠
この時代のビジネスモデルは、セ・リーグの場合「巨人戦の放映権を主たる収入源とし、あとは入場料収入、その他」だった。
パ・リーグは「主たる収入源は入場料収入、それ以外はないので親会社の補填恃み」だった。
このコラムでも何度か出したが、1954年、国税庁は「職業野球団に対して支出した広告宣伝費等の取扱について」という通達を出し、
一 親会社が、各事業年度において球団に対して支出した金銭のうち、広告宣伝費の性質を有すると認められる部分の金額は、これを支出した事業年度の損金に算入するものとすること。
二 親会社が、球団の当該事業年度において生じた欠損金(野球事業から生じた欠損金に限る)を補てんするため支出した金銭は、球団の当該事業年度において生じた欠損金を限度として、当分のうち特に弊害のない限り、一の「広告宣伝費の性質を有するもの」として取り扱うものとすること。(以下略)
と定めた。これによって親会社が球団に対して行う「損失補填」は、広告費扱いとなり、節税対策になった。
筆者はこれが今に至るNPB球団の「自立できない体質」の根源だと思うが、これによってプロ野球球団の多くは、毎年のように赤字決算でありながら存続することができたのだ。
しかし、球団側の営業努力も十分とは言えなかった。
ロッテオリオンズが、千葉市にできた千葉マリンスタジアムを本拠として「千葉ロッテマリーンズ」と名前を変えたのは1991年のことだが、当初、観客動員は伸び悩んだ。当時を知る元球団職員は
「最寄りのJR海浜幕張駅で毎日、無料のチケットを配ったが、受け取ってもらえないことが多かった。地元の人はタダでも野球を観なかった」
と語る。
■ 「観客なんて来るわけない」が当時の球団経営者の感覚
筆者は1980年代後半、南海ホークスの本拠地、大阪球場に通い詰めていたが、入場口の横には無料招待券が山積みされていた。係員は、近所に住む子供に招待券を渡して「誰でもいいから連れて来てくれ」と言っていた。
南海ホークスが福岡に移転したのは1988年のことだった。本拠地の大阪球場は10年後に取り壊され、その跡地には「なんばパークス」という商業施設が建った。
このあとで、南海電鉄の関係者に話を聞く機会があったが「南海ホークスがあったころの大阪球場は、年に100万人も動員できなかった。でも『なんばパークス』は2000万人も来場する。プロ野球を手放してよかった」と語っていた。
要するに、当時のプロ野球経営者は「お客なんて来るわけがない」と思い込んでいたのだ。当時から各球団が「ファンクラブ」のようなものを持ってはいたが、それはごく少数の「贔屓筋」へのサービスに過ぎず、ファンクラブを集客の核にするような発想はなかった。
■ 千葉ロッテが起こした「革命」
そこに新たな風を吹き込んだのが、千葉ロッテマリーンズだった。前述のように、1991年、千葉マリンスタジアムに移転したころは、周辺住民でさえ行きたがらないような球団だったが、1995年から監督に就任したボビー・バレンタインは、チームの強化だけでなくMLB流のファンサービスの導入にも尽力した。
ユニフォームをシャープなデザインのものに一新した。またファンの応援を、高校野球の応援のような「鳴り物中心」から、サッカーのような手拍子、掛け声のスタイルに変えたのもこのころからだ。
1998年、ロッテはNPB記録の18連敗を記録した。昔のファンであれば、モノを投げ込んだり、罵声怒声を浴びせかけたり、ファンはチームを激しく非難しただろうが、この時のロッテファンはチームを励まし続けた。「マリーンズ、俺たちがついている」という横断幕は、全国に深い感銘を与えた。
この時期から、プロ野球のファンは変貌し始めたと言ってよい。
2004年の「球界再編」を機に、千葉ロッテはファンサービスの抜本的な改革に取り組んだ。
当時の事業部門の責任者は筆者に、
「目標としたのは、新規顧客の獲得とそのリピーター化でした。そのために二つのコンテンツを用意しました。
一つは、野球にあまり関心がない人に球場に来てもらうためのコンテンツ。例えば有名歌手のミニコンサートだとか、地方の物産展だとか、内容は野球でなくてもいいんです。むしろ野球から離れた方がいい、そういうイベントで野球に関係のないお客に来てもらう。
そして二つ目はそうして来た、あまり野球に関心がないお客を野球ファン、リピーターにするためのコンテンツ。千葉ロッテの場合、それが『応援団』だったのです。あの情熱的な応援を見聞きしたお客が、私たちもああいう応援をしたい、と思ってファンクラブに入る。そういう形で顧客を増やしたのです」
と語った。
技術的には、千葉ロッテは、ファンクラブの拡大、獲得のためにカスタマー・リレーションシップ・マネジメント(CRM)というシステムを導入した。
CRMは当初、金融機関が顧客を獲得、維持するために導入されたが、その核心は顧客を個人レベルで管理し、適切に情報発信して行動を促すというものだった。
千葉ロッテの公式ファンクラブ「TEAM26」の会員は、スタジアム来場時や飲食・グッズ購入時に「Mポイント」を貯め、それをチケットやグッズとの交換に利用することができるようにした。球団側は、このシステムを導入することで個々の顧客の購買頻度や購買パターンを把握することができるようになった。
これによって顧客が観戦した試合の勝敗、誕生日の顧客への特別サービスの告知、顧客が好きな選手の情報なども個別で発信、きわめて緻密なマーケティングが可能になった。
これが可能だったのは、21世紀以降、スマートフォンが急速に普及し、多くの顧客と球団が、媒体を介さずに直接つながることができるようになったことが大きい。
■ ホークスが成功させた「地域密着マーケティング」
もう一つ、忘れてはならないのは、ダイエー、ソフトバンク「ホークス」の地域密着マーケティングだ。
前述のように1989年、南海電鉄は、南海ホークスをダイエーグループに売却。ダイエーは本拠地を大阪から福岡へと移転させた。
福岡ダイエーホークスは、グループの「福岡3点事業」(福岡ダイエーホークス、福岡ドーム、ホークスタウン)の中核をなす事業だった。
ホークスは根本陸夫監督の下で有力選手を獲得し、チームを強化していった。根本陸夫は王貞治を監督に招聘することで、盤石の体制を作った。
一方、事業面ではリクルート出身の高塚猛氏(故人)が、地元九州に徹底的に密着したマーケティングを展開した。高塚氏は福岡ダイエーホークスのロゴマーク、キャラクターなどの使用料を無償にした。本来、ライセンスビジネスはプロ野球のような人気商売では大きな収入源になるが、これをあえてライセンスフリーにした。これは極めて大胆な施策だったが、これによって「ホークス」のロゴ、キャラクターは本拠地を中心に一気に拡散した(現在のホークスはライセンスフリーではない)。
さらに「九州のホークス」を大々的にアピールした。従来、福岡県は「西鉄ライオンズ」のフランチャイズであり、ライオンズ色が残っていたが、高塚氏はこれを払しょくしただけでなく「福岡のホークス」を「九州全域のホークス」へと拡大させた。熊本出身の松中信彦、長崎出身の城島健司、福岡出身の柴原洋、鹿児島出身の川﨑宗則など九州出身のスター選手の登場もあって「九州のホークス」のイメージは急速に広がった。
従来のプロ野球もフランチャイズ制を敷き、特定の都道府県を「保護地域」として独占的にビジネスを行っていたが、それは徹底的なエリアマーケティングではなく他球団を排除するためのものだった。しかしホークスは、スーパーマーケットビジネスで鍛えたマーケティング力で、九州全域に支持を広げていったのだ。
ダイエーは2004年に経営破綻し、ソフトバンクが経営を引き継いだが、ソフトバンクは九州エリア全域をマーケットとする戦略をさらに強化した。
多くのNPB球団が春季キャンプを温暖な沖縄県に移転する中、ホークスは今も宮崎市でキャンプを続けている。「九州のホークス」を印象付けるためだ。またこの春季キャンプでは、メイングラウンドの一部を指定席にしているが、これは自由席にすると地元宮崎市民が席を独占してしまうからだ。九州の他県から来る人の分の席を確保するため指定席を販売しているのだ(指定席代金は、地元物産品などですべて還元している)。こうしたきめ細かな配慮で、今やホークスは九州で圧倒的な支持を得ている。
■ ホークスの成功を手本に
このホークスの成功を目にしたことで、2003年、日本ハムファイターズは巨人と共有していた東京ドームを離れて札幌ドームに本拠を移し、北海道の地で再生を試みたのだ。
札幌ドームを本拠としたファイターズは、北海道各地で公式戦を行うなどして「道民のファイターズ」をアピールしてきた。
現在、公式戦は北広島市のエスコンフィールドHOKKAIDOだけで行っているが、地域住民を招待した「○○町民デー」のようなイベントを頻繁に行っている。
こうした新たな動きは、ロッテ、ダイエー(ソフトバンク)、日本ハムと、すべてパ・リーグ球団から起こったことに注目すべきだろう。「巨人一強」の恩恵を元々受けていないパ・リーグ球団に、優秀な経営者が登場し「球界再編」を機に、彼らのビジネスが花開いたのだ。
こうした地域密着型、リピーター獲得型のビジネスが、12球団に広がったのは言うまでもないことである。
広尾 晃
|
( 234682 ) 2024/12/17 17:44:24 0 00 =+=+=+=+=
南海がダイエーに買収されるまでのパ・リーグは、大阪圏に球団が3つ(南海、近鉄、阪急)もあった。 これじゃあ、地域密着もへったくれもない。 しかも、 3球団が束になっても阪神人気を上回れなかったのだから。 ただ、ホークスが福岡に移転して大成功を納めて以降は、ロッテが千葉へ、日本ハムが北海道へ移転し、新球団の楽天が仙台に誕生して、パ・リーグの地域密着が加速していったような気がする。
▲110 ▼10
=+=+=+=+=
古くからのパ・リーグ(阪急)ファンですが、学ぶべきものがある記事でした。赤字でも存続を許された原因が赤字でも可とされた経営判断、「こんなものだ」と当たり前になっていたという事。もしも当時から経営者が本気で観客動員に工夫を凝らしていたら違う結果になっていたでしょう。
▲26 ▼2
=+=+=+=+=
1980年頃のプロ野球はセ・リーグは巨人、阪神、中日が歴史のある人気球団でしたし、パ・リーグだと新生西武が少し注目度が高いという光景で それ以外の球団の入場料は安かったし、様々な形で招待券も配られていました 世の中の景気は今よりもずっと良かったはずですが、プロ野球選手の年俸もまだ一億円プレイヤーがいたかいないか? ところが巷には野球少年は大勢いたし、シニアの草野球愛好者も良く見かけました
近年では入場料は結構なお値段しますし、選手関係のグッズも良く売れますし、年俸数億円のプレイヤーは珍しくもないですし、セパ12球団それぞれ特色を活かして観客を集め応援も盛り上がっています ところが巷では野球少年の姿を見ることはすっかり減ってしまいましたし、シニアの草野球愛好者なんて絶滅危惧種です
多くの庶民にとり野球は参加するものから鑑賞するものに変質してしまいました 将来はかなり危ういと思います。
▲69 ▼23
=+=+=+=+=
Jリーグは、初期に東京が本拠地のクラブを置かない方針でスタートしたが、現在のBリーグはいきなり東京に集中しまくり一部が移転する事態になった。プロ野球は、1リーグで始まった際にプロ野球仕様の野球場が少なかったのとフランチャイズが確立していなかった事もあり東京では後楽園に乱立状態になり、後楽園自身の球団である後楽園イーグルスも有ったぐらいだった。同じ様に、大阪では大阪球場が乱立していた。そんな中、いきなり独自の球場を用意した東京セネタース(そもそもワシントンセネタースに習った球団だった)も有ったがやはり東京は東京だった。
▲0 ▼0
=+=+=+=+=
今では、かつて読売人気に胡座をかいていたセリーグも真似している。横浜なんかちょっと前まで球場はガラガラで市内でも周りにファンなどほとんどいなかったが、市内の小学校に帽子を配ったり、子供の優待デーなどやって涙ぐましい努力をした結果、信じられないくらい客が入るようになっている。
▲3 ▼0
=+=+=+=+=
千葉ロッテは今で言うところの「DX」の先駆けみたいな改革でしたね。時間的急成長が利益に結び付く商法。今の時代だったらデジタルツールを存分に取り入れることがだきたので、もっと時間的にも早く急成長出来るでしょう。
▲0 ▼0
=+=+=+=+=
それまでのお世辞にもカッコいいとは言い難いユニフォームが、縦縞のシャープなデザインに変わり、応援もサッカースタイルに。あの応援を観に行きたい、と思い実際にマリンスタジアムには結構、観戦に行きました。
▲22 ▼4
=+=+=+=+=
千葉県民です。ロッテの残念な事は、千葉県内の地方球場で試合しない点です。同じ首都圏でも、西武は大宮・DeNAは相模原とかで試合してます。千葉県の交通網は東京へ向かってるから、常磐線沿線・総武線船橋から東京寄りだと、あまり千葉ロッテを意識する事はないかと思います。千葉市民が柏レイソルに疎遠なのと一緒ですかネ。埼玉県・神奈川県と違い、千葉県内にプロが試合出来る球場が無いから千葉県ローカルで試合出来ないとは思いますけどネ。オリックスは神戸で試合してますし、たぶん、地方球場で主催試合をしないのは、ロッテぐらいかと思います。
▲6 ▼0
=+=+=+=+=
納得できる記事です。 セリーグは、巨人は讀賣、阪神はサンテレとディリと繋がっていて、セリーグの隆盛には、パリーグファンは太刀打ちできなかった。 それが最近では、パリーグも結構、人気があり、若手のいい投手もたくさん輩出している。 地域密着の球団作りが上手く進んでいるといえる。九州はソフトバンクが吸収、東北は楽天、でっかいどうはハムが食ってる。 うまく地域を味方にしている。 あと四国あたりにプロの拠点がほしい?
▲12 ▼15
=+=+=+=+=
「巨人一強の恩恵を元々受けていないパ・リーグ球団」どうたらと書いてるが、球界再編あたりのセリーグはヤクルトがまだ強く、人気選手がいた時代で、かつ星野招致で阪神が暗黒期を脱して優勝し、逆に巨人は堀内政権のプチ暗黒期だったじゃん
その後、原辰徳が指揮官に復帰、落合中日に岡田阪神と大物監督の指揮で、地元人気の高い老舗セリーグ3球団が3つどもえの優勝争いを繰り広げていく時代でしょ。さらに古田が選手兼任の監督になって「代打、俺」で沸いたりで、セリーグはちゃんと野球興行として面白かったんだよ
「セリーグは巨人頼りでだらしなかった、無策だったのだ」って俗耳ウケするストーリーを出せば説明っぽく仕上げられるんだろうけど、事実はそんな単純じゃあない。 つか、阪神や中日、広島が地元密着じゃないと思うのか?って話でしかない
▲12 ▼19
=+=+=+=+=
> 筆者はこれが今に至るNPB球団の「自立できない体質」の根源だと思うが、
2020年の5月にJリーグの専務理事が 「Jリーグの会員クラブに対して支出した広告宣伝費等の税務上の取扱いについて」 と題する照会を国税庁に対して行っている 端的に言うと 「プロ野球のような措置はJリーグでもやってもいいのですか」という確認であり 国税庁からの回答は「いいですよ」だった
Jリーグの創設から30年近くも経ってわざわざこんな確認をしてきた背景には コロナの関係で通常通りの日程によるシーズンが送れなくなったという経緯がある プロのスポーツ興行なんてのは そのくらい赤字と隣り合わせの不安定なものなのだ
つまり記事で広尾晃が >今に至るNPB球団の「自立できない体質」の根源 と悪し様に言うような特例措置と呼ばれるものは 実のところプロ野球だけでなく現在Jリーグでも 後づけで公に認められている措置なのだね
▲11 ▼3
=+=+=+=+=
千葉といえば東京ディズニーランドに東京ドイツ村、新東京国際空港、千葉にあっても東京を名乗るのが当たり前の土地柄、ウチの会社の取引先も関宿にあるのになぜか東京工場、千葉ロッテマリーンズじゃなく幕張にあっても東京ロッテオリオンズのほうがお似合いのような気がしないでもないです。 そのうち、千葉にご当地ナンバーで「東京」が出来るかもしれん。
▲11 ▼55
=+=+=+=+=
フム…不人気リーグがジャイアンツの既得権を侵害したから野球人気が下がったのだろう。 やはりジャイアンツの事が日本のプロ野球の中心でないから今のプロ野球の低迷がある。 ジャイアンツの人気があってこそのプロ野球。 ジャイアンツの試合がゴールデンタイムに流れ、子供たちはジャイアンツの帽子を被らせる。会社での話題はジャイアンツの試合をビジネスマンたちが語らい合う。 これが日本のプロ野球のあるべき姿だろう。 野球人気の復権を目指すなら再びジャイアンツを最強王者にすればいい。
▲0 ▼6
=+=+=+=+=
野球村の中だけで語っているけど、あの頃を思い出すとパ・リーグが変わったきっかけの大きな要因の1つは「Jリーグ」でしょ。 Jリーグ開幕が1993年。 文中にもあるとおり野球の変革は90年代から2000年初頭。 スポーツを企業の広告塔から地域密着の公共財へと変えたのは日本では川淵三郎の語ったJリーグの理念から。 日本で旋風を巻き起こしたJリーグきっかけで欧米のスポーツの理念文化ビジネスも入ってきた。 今じゃプロ野球で当たり前のレプリカユニフォームでの応援も昭和には無く、多分Jリーグのパクリ。 構造的に野球の方がビジネス規模が大きく地域密着では後発の野球が追い抜いている場面もあるけど。
勿論不遇の時代のパ・リーグ関係者の努力があってこそだけど20世紀末のJリーグのインパクトは絶大だった。
▲39 ▼28
=+=+=+=+=
スポーツビジネスは多様化したと、まことしやかに言われてるが、税金に頼らず採算とれるのは、いまだに野球しかない。あとは公営ギャンブル。つまりプロ野球のようにやらないと、スポーツは自立できないのだ。野球以外の種目は、試合数が少なすぎる。ホームで70試合やらないといけない。 野球以外は70試合できないのか? そんなことない。野球のピッチャーは、肩を消耗する過酷な仕事だが、ローテーションで試合数をこなしている。サッカーもバスケも、ローテーションすればいいのだ。税金に甘えているから自立できない。
▲25 ▼33
=+=+=+=+=
Jリーグが出来たころ、プロ野球のビジネスモデルは古いとか散々言われていたが、30年経って向こうは税リーグと揶揄されるくらい利益を産まないビジネスモデルと云われ、対してプロ野球界はかつての巨人・阪神だけでなくパを含めた各球団かつてない利益を享受できるようになったのは皮肉的だな。
▲23 ▼9
=+=+=+=+=
無料券といえば、川崎時代のロッテが近隣住民に年中有効のチケットをばら撒いていた。普段ならばいつもガラガラで前の方でも席が取り放題だが、88年の10·19の試合にこのチケットを持った人々が殺到し、当初は普通に入場出来たが、あまりに無料券を持った観客が押し寄せたから途中で無料券での入場を打ち切るという予想外の事が起こった
▲6 ▼1
=+=+=+=+=
あれ、体感だと ・鉄道沿線の小学生をキャッチして(友の会) ・開局したての地元U局と全国キー局のラジオで集中放送して ・小学生が大人になって沿線に新しく住み子連れで観戦(しかも宅地デベロッパーは親会社) という循環型改革をどこよりも早くやっていた西武ライオンズの事がごっそり抜けてる。
▲21 ▼2
=+=+=+=+=
BSやCSなどで手軽に観ることが 出来るのが大きいと思う。 試合開始から終了まで中継する。 ストレスが無いのも良い。 テレビで観てスタジアムに足を運ぶ 様になった人も多いだろう。
▲9 ▼0
=+=+=+=+=
ロッテは元応援団、後に球団職員になった横山健一さんが頑張ったようですね。横山さんの話では、川崎時代に指定席の場所を球場スタッフに聞くと、「どこでもいいですよ」と言われたとか。照明灯の宣伝広告の文字が経年劣化で落下したけど、客がいないから怪我人が出なかったとか。
▲2 ▼0
=+=+=+=+=
「地域密着」と言い出したのはそれよりかなり前のJリーグだし、そもそもH&Aで争われるプロスポーツリーグは地元に根付かないと経営的に成り立たないのは当然のことだったのだが。メジャーリーグも欧州サッカーも。 日本の唯一のプロスポーツリーグだったプロ野球が長い間「親会社密着」「巨人密着」で来たから「地域密着」にアレルギー示す人は多かったが。
▲13 ▼22
=+=+=+=+=
ホークスの高塚氏は、後年の球団私物化、有力選手の退団を招いたことで、良い印象はないが、地域密着、ということを形にした功績は大きい。 ありがちな話だが、仕事ができることと、人格的に立派というのは全く別、とつくづく感じる。
▲13 ▼0
=+=+=+=+=
巨人ファンから見れば、パリーグはセリーグの引き立て役に過ぎません。 ホームを地方に移し、上手くいったように見えますが、地方におけるこの先の急激な人口減少まで見込んではいないのでしょう。 いずれパリーグの経営は立ち行かなくなります。 その点、東京に本拠地を置く巨人は人口減少率も少なく、万全な状態にあると言えます。
▲2 ▼124
=+=+=+=+=
1リーグ制騒動のときからパ・リーグ見るようになったけど、自分ではネット配信が始まったのが一番影響があります。テレビはだいたいセ・リーグの中継で、時間帯が違うパ・リーグの試合を配信で見るようになりました。
▲0 ▼0
=+=+=+=+=
ロッテの戦略に関しては、決して球団側が積極的に仕掛けたものではなく、ファンの側が作り上げた応援スタイルに乗っかっただけ。それを球団の手柄みたいに言うのはちょっと違うかな?とは感じる
▲0 ▼0
=+=+=+=+=
元々巨人軍は東京が地元だし東京から離れる事無く後楽園球場から東京ドームと球場の名前の変化はあるけど同じ場所でずっとやってますよ。全国展開したのはテレビ放送だけ。しかも身内のテレビ局だからね。何も変な事はしてない。
▲3 ▼9
=+=+=+=+=
たしかにロッテはいろんな試みやったけど、 目に見えて結果に出てきたのは 2010年代後半からだろう。 2010年ごろなんて、 チームががんばって "日本シリーズ出られる!"と喜んでたら、 オーナーサイドから、 「赤字はどうするんだよ?」と ブチ切れられたり、な時代だったはず。
▲7 ▼6
=+=+=+=+=
パシフィックリーグマーケティング株式会社の設立も大きいと思います。これができたおかげで、パリーグの全試合がネットで見られるようになりました。
▲2 ▼0
=+=+=+=+=
ロッテに関しては、 8球団競合したドラフト1位亜細亜大学小池に入団拒否された。
これで、球団というか親会社(オーナー代行)が真剣にイメージを変えることが進んだ。
▲0 ▼0
=+=+=+=+=
メディアが巨人人気に便乗して野球中継は巨人戦しか放映しないのだから世の中巨人ファンばっかりになっていた。放映の仕方もプロレス張りに巨人が善で相手が悪役扱いだから野球を知らない人はすべて巨人びいきになってしまう。
▲0 ▼0
=+=+=+=+=
セ・リーグだってタイガースを筆頭に地域密着ですよ。
ベイスターズも親会社が変わり球場運営が変わってからの躍進。
▲5 ▼2
=+=+=+=+=
セでも巨人以外は似たようなモノだったけどね。 昔は甲子園でさえガラガラだったし。
スポーツニュースでも、巨人戦をみっちりやった後
「それではその他の試合の結果です」
と他球場の結果を纏めたフリップが映されるだけ。
▲14 ▼0
=+=+=+=+=
プロ野球はファンの多様性に答えていて、スタジアム観戦スタイルも様々。間違いなく楽しい時間が過ごせる。 一方、Jリーグ観戦は制約が多すぎて窮屈な印象。
▲0 ▼0
=+=+=+=+=
野村克也さんが現役時代に「東京と大阪にどんだけ球団が有るんや」って言ってたとか。
それで言えばパリーグは上手く分散出来たとも言えるかな。
▲4 ▼2
=+=+=+=+=
地域密着をうたったサッカーにも押されジリ貧だった野球、特にパが意識を変えて奮闘したのを今ジリ貧のサッカーはどう見てるのかね。
ヒントあるかもですよ。
▲10 ▼4
=+=+=+=+=
あの頃はパ・リーグなんか一生懸命応援しても仕方ないじゃん?巨人とも阪神とも試合しないだしって随分言われたな 今では考えられないほど不人気で誰も関心がなかった
▲1 ▼1
=+=+=+=+=
巨人一強が終わったのであれば、職業選択の自由の観点から疑わしいドラフト制度も終わりにしましょう!
Jリーグにはドラフト制度がないように。
▲3 ▼23
=+=+=+=+=
ホークスの高塚猛さん、負のイメージが強かったのですが、大きな功績残してたんですね。
▲3 ▼0
=+=+=+=+=
気がつけば地上波放送のない巨人、親会社も斜陽企業、盟主に課せられた他球団の不良債権引き取りに優勝厳守、いつまでも罰ゲームは続く。
▲6 ▼2
=+=+=+=+=
応援を変えたことを肯定的に書いているが、相手投手が牽制球を投げる度にブーイングをしたりするのは応援ではなく嫌がらせです。
▲12 ▼13
=+=+=+=+=
こういう記事が出るたびに新潟と四国に球団が欲しい→ヤクルト移転しろ って言い出すヤツいるけど、ヤクルトファンはいい迷惑だよなあ
▲9 ▼0
=+=+=+=+=
こういうところだよね、パ・リーグがセ・リーグより進んでるところは パテレだってそうだしね
▲5 ▼0
=+=+=+=+=
早よプロ野球再編問題を乗り越えたプロ野球を見習ってJリーグ改革せえへんのかなあ・・・・「税リーグ」問題、マジでなんとかせえへんとマズい
▲2 ▼0
=+=+=+=+=
昔は巨人戦ナイターの放映権料が一試合一億円 130試合制だったから、 巨人65億、セ・リーグ球団13億、パ・リーグ球団ゼロ、
▲1 ▼0
=+=+=+=+=
セ・リーグも親会社がTBSからDeNAに代わってからめちゃくちゃファンが増えましたよ。
▲3 ▼0
=+=+=+=+=
FAN! FUN! STAGE
平日もやってくれてもいいのですよ
▲1 ▼0
=+=+=+=+=
お荷物と思われてたら、選手も力が入らないだろうな
▲1 ▼0
=+=+=+=+=
この記事を書いたライターは楽天イーグルスがお嫌いなようだ。
▲12 ▼2
=+=+=+=+=
エキサイティングリーグ パ!
▲4 ▼0
=+=+=+=+=
時代遅れの記事。
▲0 ▼1
|
![]() |