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上野千鶴子氏は、配偶者控除や配偶者特別控除などの制度が、女性の働き方に影響を与え、パートタイムで働く女性が増える一方で、男性が育児や介護を担うことを避けるための利便性を提供していると指摘している。

扶養家族の「103万円の壁」について、現行制度は時代遅れであり、引き上げることで女性は経済的自立が難しくなるとして批判している。

また、過去の制度が女性を主婦の役割に固定し、経済的に困難な状況を招いていると述べている。

(要約)

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社会学者の上野千鶴子氏 - 撮影=市来朋久 

 

妻が夫の扶養家族となり、税金などさまざまな優遇を得られる「103万の壁」が国会で議題にあがっている。社会学者の上野千鶴子さんは「1961年にできた配偶者控除、1985年に創設された主婦の基礎年金を保障する第3号被保険者、1987年の配偶者特別控除は、政治がつくった発明だった。それによってパートタイムで働く女性は増えたが、これは女性に育児や介護を担わせたままにしたい男性にとって都合の良い制度だ」という――。 

 

■壁があるかぎり「男性が稼ぎ手、妻は家計補助」というモデルは健在 

 

 ――国民民主党(玉木雄一郎代表)が看板政策として提げている「扶養家族103万円の壁の撤廃」をどう見てらっしゃいますか。 

 

 【上野】「今さら何を言っているのか」というのが第一印象ですね。X(旧ツイッター)では、こう書きました。 

 

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「103万円の壁。今頃問題にするとは。女性団体はかねてから130万円の壁についても150万円の壁についても抗議してきた。1時間働いても税金を納める。ただし累進課税率を高める。それが基本だろう。」(2024年11月20日のツイート) 

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 玉木代表は元財務省官僚なのに、「女性が夫の扶養の範囲で働く」というこの時代遅れの制度を、なぜ限度額を引き上げてまで延命させようとしているのか、私には理解できません。こうもポストしました。 

 

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「178万円の新たな壁。国民民主は『月に14万ぐらい稼げるようになる』というが14万では自立できない。男性稼ぎ主型+妻の家計補助収入モデルは健在だ。103万、130万、150万円の壁。すべての壁を撤廃し、働いて生きる、稼いだら100円からでも税金を納める、が原則だ。低所得者には給付を手厚くすればよい。」(2024年11月23日のツイート) 

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■昭和の時代、主婦のパートタイム就労が「発明」された 

 

 ――130万円までは被扶養者として夫の健康保険に加入できるという制度です。さらに、夫の勤める企業によっては「家族手当て」を支給してくれるケースもありました。 

 

 【上野】1961年に専業主婦の「内助の功」を評価する配偶者控除が創られ、1985年には第3号被保険者制度が創設されました。これによって、それまで年金保険に入るには無収入でも保険料を払わなければならなかった雇用者の無業の妻が、保険料を負担することなく基礎年金を受ける権利を持つことになりました。さらに1987年には「配偶者特別控除」で「130万円の壁」が設定。この額までは被扶養者として夫の健康保険でカバーされることに。106万円までは使用者は女性雇用者の厚生年金を負担せずにすみます。のちにこの「130万円の壁」は「150万円の壁」にまで増額されました。この経過は、『令和4年版 男女共同参画白書』にわかりやすく説明してあります。私は家庭にいた主婦を巧妙な手口で低賃金労働にかり出したこれらの税制・社会保障制度を、皮肉を込め「発明だ」と書きました。 

 

 1985年に3号被保険者制度が創設された当時、有業で働いていた既婚女性たちは「私たちも家事をしているのに、なぜ無業の主婦だけが優遇されるのか」と憤っていましたし、全国婦人税理士連盟(現・全国女性税理士連盟)を始めとする女性団体も、この制度に抗議しました。 

 

 

■社会保険料を払わなくていい、専業主婦のための制度では? 

 

 ――一見、不払い労働である主婦の家事労働を評価し、その立場を守る優遇制度とも思えるのですが、なぜ批判を受けたのでしょうか。 

 

 【上野】まちがって専業主婦優遇策と呼ばれていますが、その実、この制度から得をするのは、専業主婦を妻に持つ夫、その専業主婦を「見なし専業主婦」として「130万円の壁(のちに150万円)」まで低賃金で保険料の使用者負担なしで働かせる雇用主たちです。労働力不足を補うために政財官界で権力を持つ男性たちが結託して創った「オジサン優遇制度」です。これに対して、全国婦人税理士連盟代表(当時)の遠藤みちさんが大蔵省(現・財務省)に抗議文を持って行ったとき、なんと言われたか。担当の役人は、「なら、年寄りのお世話は誰がするんですか」と言ったそうです。語るに落ちる、とはこのことです。 

 

 ――女性はあくまで「嫁」扱いというか、介護要員だということですね。 

 

 【上野】1980年代、日本は「高齢社会」に突入しつつあり、当時の中曽根首相が「家族は福祉の含み資産」と言って「日本型福祉」を唱えました。日本には強固な家族制度があるので、国家は福祉について心配しなくていいのだと……。要するに、無業の主婦には当然のように老人の介護をすることが期待されている。無業の既婚女性であればそこから逃れられない。つまり、老人介護のごほうびとして「第3号」の女性に年金をくれるということでしょう。 

 

 これは政財界だけの考えではなく、日本大学人口研究所が40代の無業既婚女性の人口比を日本全国「介護資源」マップとして発表した国際会議に居合わせたこともあります。そのときも開いた口が塞がりませんでした。 

 

■パートタイム就労で妻が働く家庭が、専業主婦世帯より多くなった 

 

 ――しかし、既婚女性の多くが「103万円の壁」もしくは「130万円の壁」の範囲で働くという選択をしました。主に平成の時代の典型的な母親像としては、子どもが幼稚園や小学校に行っている間にパートタイムで働き、子どもが帰宅する15時ぐらいには家で出迎えるというので「3時のあなた」と呼ばれたものです。 

 

 【上野】90年代を通じて既婚女性の就労率は上がりました。10年後の1995年(平成7)には、パートタイムで働く主婦を含む「共働き世帯」が「専業主婦世帯」の数を超えて逆転し、どんどん「共働き世帯」が増え、現在では「専業主婦世帯」の3倍になっています。これは経済的な理由が大きく、バブル崩壊後、夫の給与所得が減少したからです。2008年のリーマンショックも追い打ちをかけました。ピーク時に比べて年収で100万円以上減った分を、妻が家計補助収入を稼がなければ家計が維持できなくなりました。「共働き」といっても、パート雇用の妻の家計寄与率は25%未満です。正社員カップルの場合でも男女賃金格差は大きく、妻の家計寄与率は4割未満です。 

 

 

■現在でもパートタイムで働く女性は1100万人存在するが… 

 

 ――現在、パートタイム勤務・アルバイトをしている男女は約1474万人(2022年)。そのうち女性は1126万人(76%に相当)。この1126万人を含む女性の非正規雇用者1432万人中で年収100万円未満の人は41.2%。やはり、「夫の扶養の範囲で」と就業調整をしている女性は多いようです。 

 

 【上野】この現状を私たちは「新・性別役割分担」と呼んでいます。妻の家計補助収入で世帯の収入は増えたけれど、女性は、家事・育児・介護に加えて、外で働く時間が増えたことで、結果的に長時間労働になった。 

 

 この壁は非常に男性に都合良くできているんです。オヤジ同盟の陰謀だと言ってもいいぐらい。女性を扶養の壁に閉じ込めてきたツケ。まさに、政治による「人災」です。 

 

 日本経済の「失われた30年」(1990~2020年)の間に、非正規雇用がものすごく増えて、雇用全体の37%、女性労働者に限れば54%、非正規労働者全体の7割を女性が占めています。そこにさらに家計支持をしなければならないシングルの男女やシングルマザーが入っていったことも大きな問題です。 

 

■「103万円の壁」を引き上げようとしているのは女性ではない 

 

 ――経済活性化のためにも、配偶者控除の壁を打ち破る必要があるということですね。 

 

 【上野】先の岸田政権でも「103万の壁」は国会の議題になりました。それは女性側からの要求ではなく、最低賃金が上がったために(2023年に全国加重平均額が1000円を超えた)パート主婦たちが働ける時間が減ったことで、人手不足にあえぐ中小企業の経営者から悲鳴が上がり、国会がその声に応えたものです。国民民主党が言うように、壁が「年収178万円まで」に引き上げられたところで、月収14万円ぐらいでは女性は経済的に自立できません。要するに、主婦はこれからも家計補助の立場に甘んじろということ。ふざけています。 

 

 

■年収の壁がなくなって支出が増えても、長期的に見れば… 

 

 ――ただ、パートタイムで働いている女性自身が、労働時間を増やし夫の扶養から外れることを避ける傾向もあります。 

 

 【上野】配偶者控除の壁の中にいるのは、自己選択だという理屈ですね。「もし、あなたに正社員のオファーが来たら受けますか」というアンケートに、パート労働者の多数派がノーと答えてきたことから、パート就労は女性自身の選択だと政府は言ってきました。正社員になったとたん、残業や異動がある。それを避けたいという動機からです。正社員の働き方が問題なのです。 

 

 また、いったん制度ができあがると既得権益層を作りだすので、現状でトクをしていると思っている人、社会保険料や税金を払わなくていい立場を捨てようとは思えない人も多いでしょう。しかし、それで守られる「利益」は、ほんの目先だけのこと。20代からずっと正社員でいた場合と、中断再就労してパートタイムで働いた場合の生涯賃金の差は2億円とも言われます。たとえ現在40代以上でも、将来受け取る年金の額を考えると、今からでも収入を増やしておいたほうがよいでしょう。短期的には利益と見えても、長期的には不利益になります。 

 

 それなら、娘の世代にも昭和型の生き方を選ばせるかというと、今の若い女性の働き方や、「専業主婦にはならない」という女子学生の考え方を見ると、その答えはもう出ていると思います。 

 

 ――もしパートからフルタイムになったら、住民税と所得税を払い、健康保険と年金の負担もかかり、夫の配偶者特別控除もなくなる。それでは「働き損」だと考えると、心理的なハードルは高いですね。 

 

 そのとおり、税制・社会保障制度が崖のような段差を作ることで、主婦自身が、壁の中にいたほうが有利だと思わされているんです。でも、その結果、女性は働いても低賃金で貧乏、その結果、老後も低年金で貧乏、一生ずーっと貧乏という樋口恵子さんのいう「BB(貧乏ばあさん)」になりかねません。 

 

■夫の遺族年金を4分の3もらえるという昭和型の「妻の座」権保障 

 

 ――妻の収入が低くても夫に扶養してもらい、老後も一緒に年金をもらって最後まで生活できるという考えも、中高年層ではいまだに根強いようです。 

 

 【上野】昭和型モデルですね。たしかに夫が死んでも、遺産も妻の取り分が2分の1に増えましたし、遺族年金も2分の1から4分の3に増えました。でも、これは女性の人権保障じゃないんです。私はこれを「妻の座」権保障と呼んでいます。たとえ夫との生活がイヤになっても、この制度は熟年離婚を抑止する効果があります。国は「あとちょっとの辛抱だから、夫を最期まで看取ったほうがトク」と言っているわけです。 

 

 

 
 

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