( 235974 )  2024/12/19 19:26:44  
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厚生労働省が在職老齢年金制度の見直しを進めており、年金受給者数の増加や労働者不足の緩和が期待されています。

高齢者が働く意欲や社会参加を後押しする一方で、年金財政の圧迫や世代間の不公平感も指摘されています。

制度見直しにより高齢者の多様な働き方が実現し、企業も社内の老後支援制度を見直す必要があります。

(要約)

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(写真:genzoh/PIXTA) 

 

 厚生労働省は、在職老齢年金制度の見直しを進めています。在職老齢年金制度とは、一定以上の給与がある高齢者の厚生年金の支給額を減らす仕組みで、この減額措置を緩和・廃止しようというものです。今回は、制度見直しの影響について考えてみましょう。 

 

■「年金50万円の壁」がなくなる!?  

 

 現在の在職老齢年金制度では、給与と厚生年金の合計月額が50万円を超えると、年金の一部または全部が支給停止(減額)になります。「50万円の壁」ともいわれるとおり、基準を超えて働くと年金が減ってしまうので、高齢者が働き控えをすることがあります。 

 

 今回、厚生労働省は、①基準額を62万円に引き上げ、②71万円に引き上げ、③制度廃止の3案を提示しています。「50万円の壁」を緩和あるいは撤廃しようということです。 

 

 現在、支給停止の対象になっている高齢者が約50万人います。制度の改正あるいは廃止で、これまで働き控えをしていた高齢者の労働参加が増え、深刻化している労働者不足が緩和されると期待されます。 

 

 ただし、働く高齢者への年金支給が増えると、年金財政が圧迫されます。厚生労働省の試算によると、各案による年金受給者数と支給額の増加は、以下の表の通りです。 

 

 増える年金の財源をどのように確保するかは今後の検討課題ですが、場合によっては将来世代の給付水準が低下してしまうかもしれません。 

 

 この制度見直しを会社員はどう受け止めているのでしょうか。今回、会社員約40名にヒアリング調査をしました。まず、制度見直しの影響が直接及ぶことになる高齢社員から。 

 

 「私はそんなにたくさん稼いでいないので、関係のない話題です」(60代女性)、「どういう制度になるかわからないし、そんなに長く働くつもりもないので、特に感想はありません」(60代男性)という意見が目立ちましたが、制度見直しを歓迎する意見もありました。 

 

■意欲のある高齢社員は歓迎 

 

 松井陽介さん(仮名、69歳)は、現在アパレルメーカーで働いています。給与は月40万円です。年金は満額だと月20万円支給されますが、給与と年金の合計が60万円なので、在職老齢年金制度によって50万円を超える10万円の半額の5万円が減額されています(給与40万円と年金15万円の合計55万円を受け取り)。 

 

 「現在の制度を当たり前のものだと思っていたので、年金のために労働時間をセーブするということは考えませんでした。ただ、結婚が遅くて住宅ローンの返済がまだ残っているので、制度見直しで手取りが増えるというのは助かります。早期に実現してほしいですね」 

 

 

 ほかにも、「高齢者は元気に働けるというだけで幸せです。今回の在職老齢年金制度だけでなく、高齢者が働きやすい社会になるよう、いろんな制度を見直してほしいものです」(70代男性)という要望がありました。 

 

 現役世代の会社員にもヒアリングをしました。現役世代からは、「年金ってまだ先の話で、正直ピンときません」(40代女性)「そもそも自分が高齢者になっても働いているかどうかわかりません。そういう状況になったら考えます」(40代男性)という声が多く聞かれました。 

 

 一方、制度見直しに批判的な意見もありました。 

 

 「65歳を過ぎて、年金と合わせて月62万円も71万円も稼いでいるというのは、そもそも現役時代にもかなり稼いでいた勝ち組でしょ。勝ち組の金満老人への年金を増やしてさらに太らせるって、まったく意味不明です」(40代女性) 

 

 「わが社でも最近、人手不足が深刻です。ただ、足りないのは若手・中堅クラスで、高齢者はどの部署でも余っていて、処遇に困っています。これ以上高齢社員が増えても、会社にとっては人件費負担が重くなるし、人事が停滞するし、ろくなことがないように思います」(50代男性) 

 

 「高齢者に大盤振る舞いすると、年金財政が悪化し、保険料の引き上げとか現役世代にしわ寄せが来ます。政治家は選挙を意識しているのでしょうが、高齢者ばかり優遇するのは納得できません。もっと現役世代、とりわけ経済的に厳しい子育て世代への支援を充実させてほしいものです」(30代女性) 

 

 今回の制度見直しは直接的には高齢者を対象にしたものですが、現役世代に一定の不利益が及ぶことから、世代間闘争を激化させる可能性があります。 

 

■高齢者の働き方に変革を起こす可能性 

 

 では、もし在職老齢年金制度が撤廃されたら、どういう影響があるでしょうか。「ごく一部の金持ち老人が恩恵を受けるだけで、大きな影響はない」(50代男性)という見方が多いようですが、高齢者の働き方に大きな変革が起こるかもしれません。 

 

 現在わが国の企業は、高年齢者雇用安定法によって社員を65歳まで雇用することが義務付けられています。2021年(令和3)の同法改正で、65歳から70歳まで雇用確保をする努力義務が設けられ、増加する高齢社員への対応が企業の大きな課題になっています。 

 

 

 多くの日本企業は、高齢社員の増加による人件費負担の増大や人事の停滞を防ぐために、役職定年制やシニア社員制度を設けています。制度の内容は各社各様ですが、その本質は「社内老後」「社内ご隠居」の促進です。 

 

 つまり、「高齢社員の皆さん、お疲れさまでした。これからは、管理職や第一線の職務から退いて、補助的な業務を少しだけやって、のんびり余生を過ごしてください。その代わり給与を大幅に下げさせてもらいます……」というわけです。 

 

 しかし、このやり方を今後も維持するのは困難でしょう。まず今後、社内ご隠居が激増します。たとえば、60歳で役職定年になり65歳の定年までの5年間が社内老後だという場合、70歳定年になったら10年間に伸びます。単純計算で社内ご隠居が倍増します。 

 

 しかも、AIやロボットの進化・普及で、衰えた高齢者でも対応できる補助的な業務は今後どんどん減ります。大量の高齢社員が補助的な仕事すら与えられず、何もしないで長い長い社内老後を過ごすわけです。 

 

 かつて高齢社員が少なかった頃は、10人の職場に1人くらい社内ご隠居がいても、「まあ仕方ないかな」「彼も職場の潤滑油」と大目に見ることができました。しかし、それが3人4人と増えてくると、さすがに見過ごせなくなります。 

 

■制度撤廃で年齢に関係ない働き方が実現 

 

 この状況で在職老齢年金制度が撤廃されたら、どういうことが起こるでしょうか。働き控えをしていた最大50万人の高齢社員がより多く働くようになり、職場はいよいよ高齢社員だらけになります。 

 

 ここで合理的な経営者なら、そもそも社内ご隠居を生む元凶である役職定年制やシニア社員制度の廃止に踏み切るでしょう。そして、年齢に関係ない働き方や賃金制度を導入するはずです(先進的な企業はすでにこの方向で改革を始めています)。 

 

 「高齢者だらけになって会社は大丈夫?」と思うかもしれませんが、高齢者の能力・意欲に応じて職務を与え、職務の難易度・大きさによって賃金を払うジョブ型の仕組みにすれば、大きな問題はないでしょう。 

 

 若手社員の多くが「健康で、やる気満々だが、貧乏」であるのに対し、高齢社員は健康状態・意欲・経済状態などまちまちです。その極めて多様な高齢者を「60歳になったら補助的な業務をしてください」「65歳になったら辞めてください」と一律に処遇する日本の雇用制度は、まったく合理的ではありません。 

 

 今回の在職老齢年金制度の見直しによって、高齢者の働き方をめぐる議論が活発になり、超高齢社会に合った合理的かつ多様な働き方が実現することを期待しましょう。 

 

日沖 健 :経営コンサルタント 

 

 

 
 

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