( 238636 ) 2024/12/24 14:24:03 0 00 仲のいい親子だった。関係が変わったのは、母が「陰謀論」にハマったのがきっかけだった(写真はイメージ/gettyimages)
ごく普通の主婦が「陰謀論」にハマり、抜け出せなくなった。コロナ禍のまっただ中、息子である男性は母を元の世界に戻そうと必死に闘い、抗えぬ現実に怒り、涙したこともある。あれから3年。あきらめと、ほんの少しの悔いに似た「もしも」を抱えながら、今を生きている。「母を失った」当事者として伝えたい思いとは。
* * *
■世間話でスイッチ
「〇〇県で子どもが行方不明になったってニュースでやってるね」(男性)
母との電話で、男性が不意に口にしてしまった世間話が、母の「スイッチ」を刺激した。
「ああ、あの現場の近くで〇〇(国名)人が別の事件で捕まったってさ」(母)
「……」(男性)
“危険”を察知した男性はすぐに話題を変え、用件を伝え終えると電話を切った。
母が口にした「〇〇人」は、母がハマった新型コロナウイルスをめぐる陰謀論のストーリーでは、陰謀を仕組んだ国の住民。完全なる悪の存在だ。
■荒唐無稽な陰謀論をSNSで拡散
男性の母は、陰謀論にハマっている。ロシアのウクライナ侵攻、東京都知事選や、先の兵庫県知事選。対象を次々に変え、荒唐無稽な一貫性もない主張をSNSで拡散し続けているのだ。
話したくて電話したわけではない。でも、親子だから、冠婚葬祭など、連絡を取り合わねばならないときはある。
母の脳内には陰謀論を語りだすスイッチが無数にあり、男性はスイッチを起動させないように、警戒を張り巡らす。
もともとは何でも話し合うことができた仲良し親子の、変わってしまった今だ。
男性は、ぺんたんさん(30代)。自らの体験を形に残そうと描かれた漫画『母親を陰謀論で失った』(KADOKAWA、2023年刊行)の原作者だ。
母が陰謀論に陥り始めたのは、コロナ禍まっただ中の2020年5月ごろ。ぺんたんさんは故郷を離れて結婚しており、両親とは離れて暮らしていた。
「コロナウイルスは意図的にばらまかれている」
「〇〇茶がコロナに効く」
母が、そんな動画やSNSの情報を、LINEで送ってくるようになった。
■いじめや差別を許さなかった母なのに
「最初のころは、何が何だかわかりませんでした。認知症を疑ったくらいです」とぺんたんさん。
だが、LINEの内容は徐々にエスカレートしていく。
「コロナをばらまいたのは〇〇国だ。〇〇人は最低だ」
「世界的な実業家B氏が、人口削減のためにコロナウイルスを仕掛けている」
ぺんたんさんが幼いころからいじめや差別を絶対に許さなかった、正義感の強い母。捨て猫を何匹も拾ってきてしまう優しい母が、荒唐無稽な話をしたり、特定の国の人を名指しして、誹謗中傷を送りつけたりしてくる。
「正直、頭が混乱して……そのあとに怒りと悲しみが同時に襲ってきました。あんなに優しかった母が、愛していた人が、平然とヘイトスピーチをする。『あなたの口からだけは、そんな言葉は聞きたくなかった』って……」
■「あ? どういうつもりだよ!」
今でこそ淡々と、自分に起きた出来事を客観視しつつ振り返るぺんたんさんだが、泣けてきたことは何度もあった。
母を元の世界に戻そうと、説得を続けた。父にも電話で、母が陰謀論者のようになっていることを相談した。
その、すぐあとにかかってきた母からの電話。
「あ? どういうつもりだよ! 誰が陰謀論者だよ! お父さんに言ったんだろ?」
「これだけ真実が世の中に出ているのに、頭の中がお花畑なんだよ!誰が陰謀論者だ。ふざけんじゃねえ、ばかやろう!」
もはやぺんたんさんの知る「母」ではなくなった陰謀論者が、電話の向こうで怒り狂っていた。
この一件以来、母からの連絡は途絶えた。
「関係は壊滅的になりました。それでも、母に何が起きているのかを知りたかったんです」(ぺんたんさん)
あきらめ切れなかった。
母が送ってきたSNSなどの情報をネットで調べて、たどってみた。すると、母がSNSのアカウントを作り、陰謀論を拡散していることがわかった。母と同名のアカウントに実家の飼い猫の写真があったのだ。
「目覚めよ日本人」
「TVの洗脳を解け」
母のSNSを読み解くと、陰謀論を唱えるカリスマ的な動画配信者の存在が確認できた。
■ほぼ全員が家族と「断絶」
コロナウイルスを裏で操っている世界的な「闇の組織」があり、「真実を知った」我々は、組織と戦っているというストーリーだ。
母は完全に“信者”になっていた。
ぺんたんさんは、さらに踏み込み、音声のみでやり取りする陰謀論者たちの交流サロンをネット上で見つけ、対話を試みた。
話してみると、みんな「普通の人」。純粋に陰謀論を真実と思い込み、世のため人のために拡散しようとしていた。
「真実を知ったから、新しい仲間と出会えたんです」
そう話す彼らのほぼ全員が、家族と断絶していた。
「陰謀論者=悪人ではない」
母と同じ陰謀論者との対話を通じて、初めて母の姿が見えた気がした。
■最後の望みをかけて…
最後の望みをかけて、ぺんたんさんは母と会った。レストランで、和気あいあいと喋った。「家族だと再認識した、あたたかい時間でした」
だが、コロナの話をしだした瞬間、母の様子が変わった。眼が精気を失い、視線を落としてこうつぶやいた。
「もう大丈夫だから。(世界的実業家の)B氏が処刑されたの」
いい加減にしてくれ、と説得するぺんたんさんに、取りつかれたように「真実」を訴え続ける母。
このとき、ぺんたんさんは、母を「完全にあきらめた」という。
(ライター・國府田英之)
※後編に続く
國府田英之
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