( 238696 ) 2024/12/24 15:33:45 0 00 古賀茂明氏
マイナンバーカードと健康保険証を一体化した「マイナ保険証」への移行に伴い、12月2日から従来の保険証は新規発行されなくなった。
10月末現在でマイナンバーカード保有者は75.7%で、マイナ保険証の利用登録済みの人は、そのうちの82.0%。つまり人口の6割強しかいなかった。しかも、マイナ保険証を利用した人となるとさらに比率は下がり、10月に医療機関のオンライン確認でマイナ保険証が利用された率は15.7%、11月になっても18.5%と低いままだった。
政府があれだけ旗を振ってこの数字だったのだから、いかにマイナ保険証が不人気だったかがわかる。
マイナ保険証を持たない人や持っていても使わない人にはさまざまな事情がある。
マイナンバーカードそのものに反対でカードを持っていない人、マイナ保険証に反対でマイナ保険証の登録を行わない人、手続きが面倒だったりよくわからなかったりして登録しない人、元々取得したくはなかったがマイナポイントをもらえるので登録したが使わない人、家族に登録してもらったが使い方がわからず使えない人、病院でトラブルがあるのを恐れて使わない人、自分の診療情報を病院に見られることを恐れて使わない人などだ。
マイナンバーカード取得そのものが義務ではなく、マイナ保険証の登録ももちろん義務ではない。したがって、これらの事情のある人がマイナ保険証の登録を行わず、あるいは、登録しても使わないことは全く自由のはずである。
しかし、行政の効率化などを目的に、マイナンバーカードの普及を早く進めて国民全員に取得させたいと考えていた政府は、マイナ保険証を利用してマイナンバーカードを無理やり取得させる方法を思いついた。それが、従来の保険証を廃止して、マイナ保険証に一本化するというやり方だ。
2022年10月に河野太郎デジタル相(当時)が発表したのだが、普及を目的にしたこの方針が完全な逆効果になってしまった。
従来の保険証を廃止すれば、国民はマイナ保険証の登録をせざるを得ない。しなければ、被保険者であることを証明する手段がなく、保険診療を受けられなくなるからだ。保険診療が受けられなくなるのは、普通の人にとっては大きな損失、リスクになる。したがって、マイナ保険証の登録を拒否するのは極めて困難だ。政府はそれを知って強行しようとした。
■マイナ保険証利用率上昇は「国民の勘違い」
しかし、そのやり方は、事実上の強制だ。
一方、「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(個人番号法)」の第16条の2第1項では、マイナンバーカードの取得は個人の申請によるとされている(任意取得・申請主義の原則)。つまり、個人の自由選択ということだ。
マイナ保険証への一本化は、マイナンバーカードの取得さえ義務ではないというこの法律の立て付けと全く矛盾している。国民には政府のやり方が、非常に強権的に映った。マイナンバーカードの取得は義務ではありませんと言っていたのに、あれは嘘だったのかという不信と反発の声が急速に広まる結果となったのだ。
これを放置すれば大混乱になるので、政府はまず、仕組みの変更後も従来の保険証は最大1年有効とするとともに、マイナ保険証を持たない人には申請すれば有効期間最長1年の「資格確認書」が交付されるという方針にせざるを得なくなった。政府としては大きな譲歩のつもりだったかもしれない。
だが、それでもマイナ保険証への逆風は止まらなかった。
政府はさらに譲歩し、資格確認書は申請しなくても交付されることとし、さらにその有効期限を最長5年に延長した。
それでもまだ、マイナ保険証への批判はかなり強いままだ。
政府関係者の中には、マイナンバーカードもマイナ保険証も絶対に必要で、しかもメリットがいろいろあるのに、それを理解できない、あるいは時代の流れについていけない馬鹿な国民が理不尽な反対をしていると考えている者もいるようだ。
現に、保険証新規発行停止が始まって以降、急速にマイナ保険証の登録者が増加し、12月2日から1週間のマイナ保険証利用率は28.3%となったが、ここまで急上昇したのは、ようやくマイナ保険証のメリットに関する理解が急速に高まったからだと政府関係者は自画自賛している。
しかし、利用率が急上昇したのは、マイナ保険証を使わなければ保険診療を受けられないと勘違いした人が利用したケースが多く含まれていることが大きな理由であると見る関係者も多い。
実は、マイナ保険証一本化に対する抵抗姿勢は、法制度的に考えると極めて自然なことだ。なぜなら、政府のマイナンバーカード一本化が「強制」されれば、憲法違反の疑いが濃厚だからだ。
■強制が「憲法違反」になる理由
どういうことか説明しよう。
国民に何らかの義務を課す場合には、法律によることが必要だ。もし「マイナンバーカードを持て。持たないなら健康保険を使えなくするぞ」と不利益を与えることで無理やり従わせたければ、それを法律に書かなければならないのだ。
ところが、マイナンバーカードを持つことは法律上義務付けられていない。前述のとおり、本人が申請した場合だけ交付されることになっていて、政府もずっと取得は自由だと言ってきた。
その理由は、取得の義務付けに反対する世論が強くて、義務付ける法律を通すことが困難だったからだ。それは、民意に基づく判断だと言っても良いだろう。
しかし、政府は、健康保険証への一本化という裏技で、事実上義務付けと同じことにしようとした。法律によらずに国民に新たな義務を課すという憲法違反である。
これは政治家の横暴であるが、官僚の間でも当然議論が行われたはずだ。政治家の強硬論に対して、厚生労働省の官僚などがこれに異を唱えたか、あるいは、「憲法の番人」と言われる内閣法制局がストップをかけた可能性もある。
政府は、最終的に、マイナ保険証の義務付けを断念し、申請がなくてもマイナ保険証を持っていない人に各自治体や健康保険組合などが資格確認書を交付することで、マイナンバーカードの取得及びマイナ保険証の登録はあくまでも自由だという原則を守ったが、こうした議論は表に出ることはなかった。
私も、このような憲法違反の問題について、迂闊にも事前には認識していなかった。
ちなみに、厚生労働省が各自治体などに出している通知に添付されている利用登録解除申請書の様式には、解除の理由を記入する欄が設けられている。しかし、実際に各自治体や健康保険組合などが使用している申請書の中には、この理由記入欄がないものもある。
また、記入の仕方についても自由に記入するものと理由の例示の中から選ぶ形式のものなど、違いがある。
どうしてこんなことが起きるのだろうか。
マイナ保険証に反発する人の中には、一度マイナ保険証の登録を行ったにもかかわらず、その登録を解除したいという人がいる。登録は義務ではないので、政府は登録解除を拒むことはできない。
政府はしぶしぶ、登録解除の手続きを定め、各自治体や健康保険組合などに連絡をしたが、その際、解除の理由を書かせることを思いついた。それにより、解除のハードルを上げようと考えた可能性が高い。ただし、理由を知ることによって、今後の利用拡大のための施策に反映しようと考えただけだという言い訳も成立するだろう。
■一度、白紙の状態で議論すべき
しかし、登録解除の理由が、政府を信頼できないということである場合、その人の反政府的な思想を炙り出すことになり得るので、これは、思想信条の自由を侵害するとみることもできる。その意味で、実はこんなところにも憲法違反の疑いが出てくるということになる。
私もそうだったが、このような問題に気づいている人は、非常に少ないように思う。
日本弁護士連合会などの意見書でもこういう観点での違憲論は見当たらない。
政府は、今後、健康保険、年金、運転免許証などの制度をマイナンバーとリンクさせて管理運用したいと考えている。
また、立憲民主党が主張している給付付き税額控除の導入に当たっても、国民一人一人の資産・負債・収入を正確に把握する必要があり、そのためには、何らかの形で個人番号による管理を行うことは避けて通れない問題だ。
不人気なマイナンバーの利用については、野党も及び腰になる可能性があるが、国民のためになる政策に必要だということを勇気を出して主張し、国民の不安の声には一つ一つ丁寧に答えてこれを解消していかなければならない。カードにするかスマホにするかなどの選択肢についても白紙の状態で議論すべきだろう。
政治家は、与野党を問わず、国民に対して正面から問いかけ、早急に給付付き税額控除などの導入のためにマイナンバー活用と各種制度のリンク付けについて、法律で明確に定めるべきだ。少し時間がかかるかもしれないが、マイナ保険証での経験に照らせば、拙速に進めればかえってその普及を遅らせることにつながる。
「急がば回れ」という言葉の通り、ここは一度立ち止まり、国民の理解を得て一から出直すことが必要ではないだろうか。
古賀茂明
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