( 240389 ) 2024/12/27 18:17:59 1 00 2030年までに日本の東北地方の耕作面積を超える規模の農地が減少するという農業危機があり、要因の一つに若い世代への引き継ぎの滞りや農産物の価格転嫁の難しさが挙げられる。 |
( 240391 ) 2024/12/27 18:17:59 0 00 日本の農業危機に打開策はあるのか(写真はイメージ/時事通信フォト)
2030年までに東北地方の耕作面積を超える規模の農地が“消滅”する──先ごろ農林水産省がまとめた推計が波紋を呼んでいる(詳細は前編記事〈【ニッポンの農業危機】2030年までに農業従事者は半減、農地も2割減に 東北地方の耕地面積を上回る規模が“消滅”する〉参照)。農産物の国内生産を維持するには農地の集約などを進める必要があるが、人口減少と高齢化の影響で若い世代への引き継ぎが進まず、将来展望は描けないままだ。
日本が抱える重大課題に斬り込んだ新書『縮んで勝つ 人口減少日本の活路』が話題のジャーナリスト・河合雅司氏が、日本の農業の危機を踏まえて、現実的な打開策について提言する【前後編の後編。前編を読む】
* * * 全国の農家で若い世代への引き継ぎが滞っている大きな要因は、少子化で継承する若者が少なくなったことだけではない。農産物の価格転嫁の動きが鈍いことも挙げられる。
食料品というのは、言うまでもなく最も基礎的な生活物資だ。なるべく安く購入したいとの心理が多くの消費者に働くのは自然なことである。
一方、農産物は消費者の手元に届くまでにいくつもの流通過程を踏むため、各段階の取り引きにおいてこうした消費者心理を受けた価格競争が起きやすい。生産者は価格転嫁をしづらい環境に置かれているのである。
肥料や飼料の節約には限界があるのに、思うように価格転嫁が進まないとなれば、そのツケは生産者に回る。肥料や飼料の高騰が著しい昨今のような局面においてはなおさらだ。収益が落ち込み農業経営への影響が大きくなる。農業が「苦労が多い割に儲からない仕事」となっているのでは、若い世代が就農をためらうのも当然だ。
農水省のデータからは、「儲からない農業」を避けようという動きも見て取れる。年に複数回の生産が可能で面積当たりの付加価値が大きい施設野菜や露地野菜への集中が、土地・資金を独自調達した就農者や企業の新規参入を中心に目立つ。コメづくりより利益が得やすい作物へと人が流れているのである。
果樹も「苦労の割に儲からない仕事」という点では同じだ。温州ミカンなどは中山間地域での栽培が多く、急傾斜の段々畑に軽トラックが入れないところもある。傾斜地での作業の危険性が高いため機械化も困難で、労働生産性が向上しづらい。
リンゴなどは比較的平坦なところでも栽培できるが、枝の広がった背の高い樹木が不規則に並び、そうした木々を回り込む作業が必要なため、こちらも機械化が進みづらく作業に手間がかかる。作業時間が長くなりがちなのだ。果樹は機械化が最も遅れている分野ともされている。
しかも、果樹は短期に労働のピークが集中するという特徴がある。人口減少で人手不足が拡大し続ける状況下では、短期労働力を一気に集めることは非常に難しい。未収益期間が長いこともあって、新規参入が進んでいないのである。このままでは土地利用型作物や果樹の経営体の落ち込みに歯止めがかからないだろう。
影響はそれだけではない。耕作面積の大規模な縮小は畜産農家にとっても大きな打撃だ。
畜産も飼料費の高騰が経営を圧迫するようになってきており、国産を増やすことによるコスト削減が課題だ。しかしながら、畜産経営は規模の拡大を図っており、飼料生産を拡大する余地が少なくなってきている。
打開策の1つとして、耕種農家(植物を栽培する農家の総称)に飼料を生産してもらう耕畜連携が期待されているが、耕作面積が急速に減ったのでは思うように計画が進まなくなる。
こうした深刻な状況に対して、農水省は既存経営体の規模の拡大や新規参入の強化といった取り組みに加えて、【1】農地面積や労働時間当たりの収量拡大(生産性向上)、【2】単位面積や収量当たりの収益性拡大(付加価値向上)を掲げている。むろんこのような農業経営の構造転換は重要なのだが、2030年までの激減ぶりを考えると、残り時間が足りない。
農業に従事する人が極端に減ってしまってからでは手遅れである。優先すべきは、農産物の適正な価格形成の実現であろう。
先述したように、農産物の価格転嫁はなかなか難しく、その皺寄せは生産者に行っている。こうした現状を改めるには、適正価格の形成に向けて関連業界を含めた体制作りを急ぐ必要がある。
とはいえ、多くの国民が物価高に苦しんでいる現状を看過することもできない。国民負担率の高まりを受けて、暮らしにゆとりのない人が増えている。今後は低年金者や無年金者の増加も懸念される。
こうした点も勘案すれば、適正な価格形成を図るのと同時に、消費者への支援にも取り組まなければならない。
農業生産者と消費者の双方の暮らしを守り、かつ食料自給率の低下を防ぐには思い切った政治決断が不可欠だ。食料品を消費税の課税対象から除外して「ゼロ税率」にすることも選択肢となろう。
農水省の今回の推計を見る限り、「日本はすでに食料安全保障上の危機に直面している」と認識することが必要だ。補助金を支給するといった小手先の対応では如何ともしがたい局面に突入している。
「食」に関するあらゆる課題にメスを入れ、「人口が減っても持続する農業」と「安定的な食料供給」が同時に実現するよう社会の仕組みを根底から作り直すことが求められる。
■前編記事:【ニッポンの農業危機】2030年までに農業従事者は半減、農地も2割減に 東北地方の耕地面積を上回る規模が“消滅”する
【プロフィール】 河合雅司(かわい・まさし)/1963年、名古屋市生まれの作家・ジャーナリスト。人口減少対策総合研究所理事長、高知大学客員教授、大正大学客員教授、産経新聞社客員論説委員のほか、厚生労働省や人事院など政府の有識者会議委員も務める。中央大学卒業。ベストセラー『未来の年表』シリーズ(講談社現代新書)など著書多数。話題の新書『縮んで勝つ 人口減少日本の活路』(小学館新書)では、「今後100年で日本人人口が8割減少する」という“不都合な現実”を指摘した上で、人口減少を前提とした社会への作り替えを提言している。
|
![]() |