( 240529 )  2024/12/28 04:03:21  
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20歳の東京大学の学生である榎本春音さんはトランスジェンダー男性であり、乳房摘出手術を受けた。

子供の頃から自分が異性に生まれたことに違和感を持ち、中学生の時にトランスジェンダーであることに気付く。

スポーツで長く向き合ってきたが、性の違和感に苦しみ、大学進学を機に躰道を辞める。

周囲へのカミングアウトを通じて支えを受け、手術を受ける決断をする。

手術後は周りの愛に感謝し、自分らしい人生を楽しんでいる。

(要約)

( 240531 )  2024/12/28 04:03:21  
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榎本春音さん 

 

榎本春音(はるね)さんは、東京大学に通う20歳の学生だ。トランスジェンダー男性である彼はこの秋、乳房を切除する手術を受けた。「苦しんで手術を受けたわけではない、自分でつかみ取ったこと」と話す彼が、手術を通して感じたことを語ってくれた。 

(TBSテレビ デジタル編集部・古瀬真理奈) 

 

幼少期の榎本さん 

 

榎本さんに初めて話を聞いたのは、手術の2日前だった。体にメスを入れる…。そんな大事な手術の直前に、込み入った話を聞くので申し訳ない気持ちになっていた筆者に、榎本さんは落ち着いた様子で心境を教えてくれた。 

 

「手術を目前に控えてみると、胸が平らになった自分を考えて晴れやかな気持ちになるような想像があります。一方で、初手術かつ初の全身麻酔なので手術台に上がることは怖いですね」 

 

本来は、ピアスの穴を開けるのも怖かったという榎本さん。そんな彼が手術に挑むことにしたのは、胸が「いろんなことのきっかけだった」からだという。 

 

榎本さんは2004年、女性の体に生まれた。意外にも、幼いころは抵抗感を抱くこともなく生活していたという。「いつかは男性器が生えてくる」と体の変化を信じて待ち望んでいたのだ。 

 

ところが、小学4年生くらいから二次性徴が始まり、胸が膨らみ始めると「自分はおかしい」と思い始めた。 

 

「自分は女性だって周りに言われるけれど、体の成長にショックを受けている。だから違和感や怖さ、気持ち悪さみたいなものは、全部“自分がおかしいから”だと思ってしまった」 

 

中学時代は、周りを真似して何とか女性を演じ切ろうとした。苦しくなることはありながらも、自分自身を納得させるしかなかった。 

 

中学時代の榎本さん 

 

「自分はトランスジェンダーなのではないか」。榎本さんがそう気づいたのは、中学3年生のときだった。 

 

「自転車にのっていたときに胸が風に吹かれて、自分で胸の存在を感じられたときにすごくギョッとしてしまって。そこから一気に、何とか胸を平らにしたい、そうしないと頭がおかしくなるという気持ちになったんです」 

 

ネットで「胸を平らにする方法」と調べると、胸をつぶすための「ナベシャツ」を発見。そこで初めて「トランスジェンダー」の存在を知った榎本さんは、自身の性と向き合い始めた。 

 

 

躰道をしている様子 

 

榎本さんは、3歳から高校2年生まで躰道(たいどう)を習っていた。躰道とは、沖縄の空手から派生した武道で、榎本さんは全国大会にも出場した実力者だ。だが、10年以上本気で向き合ったスポーツの世界は、性の違和感に対峙する瞬間であふれていた。 

 

「躰道は、男女で“型”が違います。バク転やバク宙などアクロバットの練習をするときも、コツが男女で違ったりする。男性は力で止める、女性は柔軟性を生かさなくてはいけない。 

 

女の子としての飛び方を覚えなくちゃいけないっていうのは、自分にとっては屈辱的で、上手くなるためにはアインデンティティーを否定しなくてはならなかった。心を殺して飛ばなきゃいけなくて、それにまた抵抗したくなって、わざと教えてもらった通りにやらずに何とか力で飛ぼうとしてもできなくて、痛くて苦しくて…」 

 

真剣に向き合っていたからこそ、自分のアイデンティティーをも見つめなくてはならなくなった榎本さんは、大学受験をきっかけに躰道をやめることにした。 

 

一方で、勉強の面白さにのめり込んでいった。 

 

「普段の生活は、朝から晩まで常に『性別って何だろう』っていうのが頭に縛り付けられてるような状態で、もう疲れていたんですよね。そういうときに数学の問題っていいじゃないですか。無心で答えがあるものを解き続けるっていうことが、自分にとってはいい時間だった」 

 

トップの大学を目指したのも、躰道で「ゼロからの出発でも全国レベルで頑張れる」という自信がついたからだったと榎本さんは話す。高校で出会った恩師のサポートもあり、榎本さんは東京大学に合格した。 

 

納得する形でスポーツができなかった。自分の性をなかなか打ち明けられず、周囲と距離が空いてしまったこともあった。自身の性に苦悩していた時期もあった榎本さんだが「辛くて苦しいから」手術を選んだわけではないと名言する。あくまで「胸がない方が生活しやすいから」と考えた末の選択だ。 

 

手術費用もバイト代を貯めて用意。自分とじっくりと向き合い、手術に至るまでに時間のかかるという保険適用での手術を選んだのも、焦りやネガティブな気持ちゆえの選択ではないからだ。 

 

そこには、周囲の人たちとの信頼関係が影響しているという。 

 

「高校2年生くらいのときに、初めて信頼している友人にカミングアウトしたら、すごく力になってくれて。その後からどんどんいろんな人に言えるようになっていきました。伝えたことで、周囲が変わってくれたり、LGBTQに関心を持ってくれたりする。 

 

人と人が関わって学んでいくっていうことが、すごく力だなっていうのを、高校でのカミングアウトを通して強く知りました」 

 

2日後に迫った手術を前に、晴れやかな表情を浮かべる榎本さんは何を思うのか。 

 

「ずっと胸っていうのが、いろんなことのきっかけだったので。そこが手術で変わるっていうのは、自分にとっては何かすごく…感慨深いところはありますね。元気な姿を見せに来てほしいっていう人たちが本当にたくさんいるので、終わって見せに行くのが楽しみです」 

 

 

手術後はドレーンで血を抜く 

 

手術を終えた3週間後、榎本さんに会いに行くと「ここ1週間はやっと体に触れるようになってきた」と、回復を実感しているようだ。だが、手術を受けたあとの痛みはひどいものだったという。 

 

「体力的にはめちゃめちゃきつかったです。全身麻酔は初めてだったんですけど、その日は本当に痛みがひどかった。人工呼吸器をつけて一晩全く動けず、叫びたいくらい痛かったです」 

 

榎本さんによると、受けた手術は“乳首の周りを切り、そこから胸のふくらみ分をとる”というもの。術後は胸の中がくりぬかれている状態。そこから出てくる血をドレーン(チューブ)で抜く必要があった。 

 

──痛みが強かったと思います。胸がなくなったという実感や喜びは、いつから感じるように? 

 

「最初からでした。終わった瞬間からほっとしたんです。めっちゃ緊張していたので、男友達から『終わったんや、おつかれ』って連絡がきて、『ほっとした。めっちゃ泣きたくなった』みたいに送ったら『泣いていいんだよ』みたいなのが返ってきて、本当に泣きたくなっちゃって。 

 

友達とか親とかに連絡したことで、これまで『いつまで耐えなくちゃいけないんだろう』って思っていた部分が、この先はもう耐えなくていいんだって込み上げてきました」 

 

考え抜いて決めた、手術という選択。胸がなくなった以上に、得た感情が大きかったという。 

 

「すごく個人的なことを言えば、周りからの愛を確認する機会になりました。手術の前には『頑張れ』『応援している』『やっとだね』とか『これまで頑張ったね』とかメッセージがたくさん来て、手術が終わった後も『終わったんだね』ってメッセージがワーッてくるんです。それが本当に嬉しくて、自分は周りに支えられてるんだなってすごく思いましたね。 

 

周りに言わずに一人で来ていたら、多分耐えられなかったんじゃないか。そこを支えてくれたのは本当に周りの人たちだなと思いましたし、その人たちは手術をしてもしなくても実はずっと自分の周りにいてくれた人たちだったけど、手術っていう機会でそれを感じさせてもらいました」 

 

 

バンドがとれた榎本さん 

 

手術から約1か月後、患部を固定していたバンドがついにとれた榎本さん。恐る恐る、久しぶりに腕立て伏せをした時には、こんな喜びもあったそうだ。 

 

「運動を心から楽しめるようになるのかもしれないっていう気持ちになりました。スポーツは体と向き合わなくちゃいけなくて、その体が一番自分にとっては見たくないものだからきつかったんですけど、それがかなり軽減された。大事にしたいなって思える体でスポーツができるっていうことが、楽しいのかもしれないって思いました」 

 

榎本さんは今、教育について学んでいる。「トランスジェンダーであることを受け入れられなかった自分が、強烈な経験になっている」と語る。 

 

「自分がトランスジェンダーであることからも絶対に逃れたくないと思っていますし、そういうアイデンティティーに悩む人たちがいかにして元気に生きられるようにしていくかっていうところにすごく興味があります」 

 

“学び合い”を力に、自分らしい人生をつかみ取ってきた榎本さん。そんな彼が、今度は周りに力を与えていく番だ。 

 

※この記事は、TBSテレビとYahoo!ニュースによる共同連携企画です 

 

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