( 240914 ) 2024/12/28 18:25:13 1 00 流山市は人口増加率が高く、住みたい街ランキングでも上位に入る都市である。 |
( 240916 ) 2024/12/28 18:25:13 0 00 住みたい街ランキングなどで上位にランクインする流山市の市役所(撮影/筆者)
千葉県北西部に位置する流山市は人口増加率が高く、住みたい街ランキングなどで常に上位にランクインする都市だ。保育園の数も増やしてきたことから子育て世代にも人気であるとメディアで取り上げられることも多い。「市政は経営」という理念を掲げる井崎義治市長は、全国に先駆けてマーケティング課を市役所内に設置するなど「流山市発展の立役者」として高い評価を得てきた。
2023年の市長選では6選を果たし、外から見ると順風満帆に映る井崎市長だが、足元の流山市における観光政策で苦戦を強いられている事実はあまり知られていない。地元には井崎市長が誇る「マーケティング力」を疑問視する向きがある。
千葉日報は2024年5月、流山市にある第3セクターの経営状況に関して、次のように報じた。
「流山市の観光振興のため市が筆頭株主となり2020年に設立した第3セクター『流山ツーリズムデザイン』(NTD)が経営不振で約4800万円の債務を抱え、社長が交代する事態となっている」
市長の肝煎りで設立された第3セクター・NTDが経営不振に陥り、社長の首がすげかえられていた。NTDはどういう趣旨で設立されたのか。少々遠回りになるが、同市の地域事情を振り返っておく。
■つくばエクスプレスの恩恵
流山市を南北に流れる一級河川「江戸川」。鉄道や自動車道が整備される以前、東京湾につながる江戸川は大量消費地である江戸への船運ルートとして重宝され、流山の発展に貢献してきた。そんな歴史を反映するように、江戸川沿いに広がる地区「流山本町」には100年以上の歴史を持つ老舗が点在し、国や市の文化財に指定された土蔵造りの家屋や神社仏閣が現存している。
流山市内から東京都・秋葉原までを約20分で結ぶ「つくばエクスプレス」(TX)が2005年に開業し、同市の東部は都心までのアクセスが急激に向上した。だが、大規模な都市開発や子育て世代の移住による人口増によって全国で注目されるほどの発展を遂げた市の東部とは対照的に、流山本町は近年、高齢化と人口減に悩まされている。
歴史ある旧市街であるにもかかわらず、都心へ向かう鉄道は松戸市と流山市を結ぶ単線のローカル路線「流鉄流山線」があるだけ。駅前に大型ショッピングモールが建つTX沿線上に比べると、子育て世代にとっては「住みにくい地域」と見られてしまっている。
井崎市長は就任以降、成長戦略として2つの「増加」を掲げてきた。「定住人口の増加」と「交流人口の増加」だ。TX沿線上の発展によって「定住人口の増加」には成功した。もう一つの交流人口増加に向けて市が注力したのが流山本町の観光振興だ。「歴史的な建造物を活かしたツーリズム」で交流人口を増加させる方針を掲げ、市は古民家再利用事業に補助金を投入した。
2016年には流山本町・利根運河ツーリズム推進課(以下、ツーリズム推進課)を設置。2020年には観光振興の舵取り役として観光地域づくり法人(DMO)、件のNTDが誕生する。
DMOとは「Destination Management Organization」の略で、官民の連携で観光地域づくりを推進する法人を指す。政府はDMOを「稼ぐ観光」の司令塔役として位置付け、観光庁に登録されたDMOは地方創生推進交付金の支援対象になる。
NTDは流山市が50%超の筆頭株主となり、古民家活用事業や白みりん事業に乗り出した。社長には旅行大手JTBでの勤務経験を持つ門脇伊知郎氏が就任。「地域の稼ぐ力」を引き出して流山本町を盛り上げる、はずだった。
■6000万円超の債務
ところが事業は軌道に乗らなかった。
2021年4月以降、NTDは、2階建て古民家の1階で営業をしていた「万華鏡ギャラリー&ミュージアム」の業務委託を市から受託し、営業を開始した。翌年には万華鏡ギャラリーを2階に移し、1階で日本茶カフェを開業。ところが、このカフェは2年も経たないうちに「収益化が困難」という理由で2024年2月に閉店してしまった。
観光施設の指定管理業務に関しても、NTDが管理者となって以降、人件費の増加などを理由に予算だけは増額された。だが、市内の他施設よりも増額幅が大きかったことなどから市議会では事業の検証や予算支出の妥当性を問う声が上がっている。
関係者が口をつむいでいるため詳細は不明だが、2023年度末の決算で債務残高が約6177万円にまで膨れあがり、門脇氏は辞任。現在は元千葉銀行員の吉河智彦氏が社長に就いて再建を目指しているが、2024年9月末時点でも約4713万円の債務を抱える。
流山市発祥の白みりんをテーマにした「白みりんミュージアム」(2025年3月開館予定)の指定管理者となったNTDには、市の予算から指定管理料が支出される。2024年10月の市議会では、2025年度から2029年度にかけ最大計2億1300万円をNTDに拠出する補正予算案が可決された。
では、事業収入はどれだけ見込めるのか。年間2万人の来場を目標に掲げる白みりんミュージアムの入場料は大人300円。仮に目標を達成したとしても入場料収入は年間600万円程度にとどまる。
外資系コンサル会社で観光事業に従事した経験もある吉河社長に対して、「白みりんミュージアムの訪問客を街全体に広げてほしい」と期待する地元の声もある。だが、2億円以上の予算をかけるだけの「観光推進効果」を得られるかどうかは未知数だ。
市が流山本町の観光推進を掲げるのは、NTDが初めてではない。ツーリズム推進課が設置される4年前の2012年にも、大正12年建築の足袋販売店を改装したイタリアンレストランとベーカリーをオープンさせた。市からの補助金を得て経営を始めた会社は茨城県に本社を置く民間企業で、オープン当初は「流山本町の新名所になる」と期待が寄せられた。しかし、予想したほどの売り上げは立たず、運営会社は撤退してしまう。
NTDの社長は門脇氏から吉河氏に交代したが、辞任した理由は業績不振だけだったのか。現在も市から公の説明はない。
こうしたことが続き、流山本町では井崎市政の評価が二分している。地元の歴史的経緯を見てきた住民からは「現在の流山の発展は、歴代市長の秋元大吉郎氏や眉山俊光氏が築いた基盤があるから。井崎市長は宣伝がうまいだけ」という手厳しい指摘がある。
■人口増は「井崎市長の成果」なのか
井崎市長が市長に就任したのは2003年。メディアに登場する際はたいてい「流山おおたかの森地区」をはじめとするTX沿線部の開発事業が高く評価される。確かにTXの開業は井崎市長就任後の2005年だが、流山への誘致が決まったのは1985年の秋元市長時代。現在は大型ショッピングモールやマンションが立ち並ぶ「流山おおたかの森地区」の開発も、流山市からUR都市機構へ事業要請があったのは1991年、土地区画整備事業が始まったのは2000年で、どちらも秋元・眉山時代だ。
TXの開業が沿線地域全体を押し上げたのは間違いない。流山市以外でもTX沿線に位置する埼玉県八潮市や同三郷市、千葉県柏市、茨城県つくば市などでは、やはり人口が増加している。観光振興策の顛末を間近で見てきた流山市民らが「マーケティング力だけで街が発展するならば流山本町の観光事業も成功するはずではないか」と井崎市長の手腕を疑問視するのも無理はない。
こうした市民の厳しい視線を、井崎市長本人はどう感じているのか。
筆者は東洋経済編集部を通じて市長にインタビューを申し込んだ。一度は受けるという返事を得られたが、質問内容を送るよう指示され「NTDの経営は公金なしには回らない状態。事業の検証なしにさらなる公金支出をしてよいのか」「流山本町の観光が活性化しない原因は何か」等々の質問内容を送ると、態度が一変した。
流山市経済振興部から「市長はお会いすることを予定しておりましたが、礼を欠いた取材内容ゆえ、お断りさせていただきたい」というメールが送られてきた。
送った質問内容は、流山市民の声を基に作成したものだ。同様の見解を持つ人々が地元には存在する。メディア取材件数が増えたことを自身のブランディング戦略の成果だと誇る井崎市長だが、自身に批判的な人々の声には向き合いたくないということか。
民間企業では経営の透明性が求められる。NTDのこれまでの事業の検証や責任の所在をうやむやにしたまま、さらなる公金を支出することは、井崎市長が唱えてきた「市政は経営」の理念と相反しないのか。
鈴木 貫太郎 :ジャーナリスト
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