( 241876 ) 2024/12/30 18:02:54 0 00 なぜ日本は勉強ができても実務は苦手なのか(Photo/Shutterstock.com)
過去の本連載で、日本人は子供の時の能力が高いものの、大人になると勉強をしなくなる傾向にあると指摘した。だが実は、「学校型能力」という指標は大人も高い傾向にある。では何の能力が低いのか。それは経済活動を進めるのに必要な「実務型能力」だ。なぜ「勉強はできるがビジネス能力が低い」という乖離が生まれるのか。
小学4年と中学2年を対象とした国際学力テスト「国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)」の2023年の結果が、12月4日に発表された。これは、国際教育到達度評価学会(IEA)が、1995年から4年ごとに実施している調査だ。
日本は、小4算数が58カ国・地域のうちの5位、理科は6位。中2数学が44カ国・地域のうち4位、理科は同3位だった。このように、小学4年、中学2年の学力で、日本は世界のトップレベルだ。
なお全教科・学年で、シンガポールが1位。台湾が2~3位、韓国が2~4位を占めた。
OECDが進めているPISA調査(生徒の学習到達度調査)もある。これは、15歳を対象として、読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野について、3年ごとに実施する調査だ。
2022年調査では、日本は科学的リテラシーが2位、読解力が3位、数学的リテラシーが5位だった。2018年調査では、科学的リテラシーが5位、読解力が15位、数学的リテラシーが6位だった。15歳の日本人の学力は、OECD加盟国中でトップクラスを維持している。
12月10日には、国際成人力調査(PIAAC)の結果が発表された。これは、経済協力開発機構(OECD)が行っている調査で、初回は2011~12年だった。2022~2023年の今回は2回目。31カ国・地域の16~65歳を対象としている。
日本は、読解力と数的思考力で、前回は1位だったが、今回は2位だった。「状況の変化に応じた問題解決能力」は、フィンランドと並んで1位だった。
以上で見たのは、さまざまな人的能力のうち、学力に関するものだ。このほかに、企業経営に関連する人的能力の国際比較調査もいくつかある。こうした調査では、日本人のビジネス能力は、おしなべて著しく低い。
たとえば、スイスの調査機関であるIMD(国際経営開発研究所)のランキングでは、日本は65カ国・地域中35位だ。項目によっては、世界最下位という場合もある。日本の順位は、かつては高かったが、最近では著しく低下している。
このように、学力における日本人のランキングは高いが、企業経営関連能力における日本人のランキングは低い。だから、これらのランキングが測っているのは、別の能力であると考えざるを得ない。
つまり、次の2つの能力を区別する必要がある。
第1は「学校型能力」。これは、上で見たPISA、TIMSSなどが計っているものだ。PIAACもこのカテゴリーと考えられる。これらの調査が測定しているのは、主として学歴期において学習する能力だ。
第2は「実務型能力」。これはIMDなどが測っている能力であり、実際に経済活動を進めていく場合に必要とされる能力だ。
上で述べたことを要約すれば、「日本人は、学校型能力は高いが、実務型能力は低い」ということになる。
なぜこのようなことになってしまうのか?
上記の乖離が生じる第1の理由は、日本人が勉強するのは、能力を高めたいからではなく、「良い大学」に入りたいからだ。「良い大学」に入りたいのは、「良い企業」に就職したいからだ。
一方、企業の側も、「良い大学」の卒業生を獲得しようとする。ここで重要なのは、日本の企業は、「良い大学」の卒業生を、幹部候補生として採用するということである。つまり、日本企業という特殊な社会においては、管理職に進むためのパスポートがあり、それは「良い大学」を出たか否かで判断される。
学校制度の中で良い成績を取って進学し、入学試験に合格して「良い大学」に入るために必要とされる能力は、学校型能力だ。
乖離が生じる第2の理由は、会社における昇進は、専門的能力の高さによるのでなく、個々の会社での特殊事情によることだ。
それが具体的にいかなるものであるかを説明するのは、極めて難しい。ただ、次の2点を指摘できる。
第1に、それは、実務的能力として日本以外の国で普通認められている能力ではない。だから、IMD調査などで日本の順位が低くなる。
第2に、それは、学校システムで求められている能力とも違う。
だから、日本人は、良い就職先に就職できれば、それで満足してしまって、それ以上は勉強しようとしない。つまり、日本人は学習して身に付けた能力を用いて仕事をしようと考えているのではないのだ。
ただ日本人は学校型の学力が高いと述べたが、英語は例外である。日本人の英語力は、国際的に見て極めて低い。
たとえば、国際語学教育機関・EFエデュケーション・ファーストが行った2024年調査(2024年11月13日発表)によると、英語を母国語としない116カ国・地域のうち、日本人の英語力は92位だった。
こうなるのは、日本の学校で教えられている英語は、入試のための英語であり、実務で使える英語ではないからだ。たとえば、日本の学校では、簡単な数式でさえ、その読み方を教えていない。だから、留学して、黒板の前で数式を読もうとしても読めず、立ち往生してしまう。
つまり、英語は入学試験体制の1部分として捉えられているだけであり、それを用いて仕事をするという観点がない。日本における英語教育は、国際標準からは離れた、極めて特殊なものになっているのだ。
高等教育全体としても、社会の最先端が求めている分野と、実際に大学で行われている教育との間には大きな乖離がある。日本の大学では、農学部の比重が極めて高い(特に国立大学の場合)。また、理工学部においては、情報関係が弱い。そして、従来パターンの製造業を前提とした教育体制になっている。
このように、学校制度が提供している能力と、社会が求めている能力に差がある。これが日本の場合の大きな問題だ。
米国の場合、両者の差はあまり大きくない。特に、プロフェッショナルスクールと呼ばれるビジネススクールやロースクールは、社会が求める能力のうち、最も高度な部分を教えるという役割を果たしている。
日本でも、これにならって専門職大学院制度が導入されたが、適切に機能しているとは言い難い。機能しない大きな理由は、企業がそのような能力を評価しないことだ。
国際成人力調査(PIAAC)の結果で、数的思考力の平均点を年齢層別に見ると、日本は16~24歳が最も高く、25歳以降になると低下する。
一方、北欧諸国では、数的思考力が30~40代まで伸び続ける。これは、リスキリングが行われているためだと考えられる。
北欧諸国では、リスキリングや継続教育に対する支援が充実している。労働市場の変化に対応するための投資が国家戦略として重視されており、大学でのリスキリングや社会人向けの教育プログラムに対する経済的な支援が充実している。政府が教育費の一部または全額を負担し、奨学金、生活支援金などが提供されている。
また、職務経験を評価して大学入試を行う仕組みが、多くの北欧諸国で取り入れられている。この制度は、働く人々が学び直しを行いやすくするための重要な要素だ。
日本でもこのような環境を整備することが求められる。
執筆:野口 悠紀雄
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