( 243214 )  2025/01/02 15:42:49  
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2000年代から政府主導で進められてきた新自由主義的な教育改革の結果、大阪では橋下徹知事による大胆な改革が行われたが、定員割れが進み、支援が必要な子どもたちを受け入れていた学校が閉校に追い込まれた。

公立高校の授業料無償化や入試制度改革により、入学者を誘導する私立高校が増加し、公立高校は再編整備の対象となった。

この結果、公立校と私立校の競争が激化し、学校の質が向上したとは言い難い状況となっている。

特にインクルーシブな教育を提供していた学校が競争に負けて閉校に追い込まれるなど、問題が生じている。

(要約)

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写真はイメージです Photo:PIXTA 

 

 2000年代から政府主導で推し進められた、教育に市場原理を取り入れる新自由主義的改革。大阪でも橋下徹大阪府知事(当時)が大胆に改革を実行したが、その結果は今ひとつ。むしろ競争の激化によって定員割れが続き、特別な支援を必要とする子どもたちのセーフティネットとして機能していた学校が続々と閉校に追い込まれる結果となってしまった。※本稿は、高田一宏『新自由主義と教育改革 大阪から問う』(岩波新書)の一部を抜粋・編集したものです。 

 

● 高校授業料の無償化で 公立高校が定員割れに 

 

 国が「高等学校等就学支援金」の制度をつくって所得制限つきで公立高校の授業料を無償化したのは2010年度、私立高校の授業料の無償化措置を始めたのは2014年度である。大阪ではそれに先駆けて2010年度に「私立高等学校等授業料支援補助金」が設けられ、私立高校の授業料無償化が進んだ。なお、2024年度からは、公立・私立を問わず所得制限なしの授業料完全無償化が段階的に導入されている。 

 

 入試制度改革や授業料無償化は、地域(学区)、学校の種類(普通科、専門学科、総合学科)、設置者(公立と私立)の枠を取り払って、生徒に幅広い選択肢を提供するために行われたとされる。だが、誰もが自由に選択できるわけではないし、選択には弊害が伴うこともある。 

 

 生徒の選択肢の拡大は、学校にとっては入学者獲得競争が激しくなることを意味した。 

 

 私立高校の授業料無償化措置が拡充され、公立と私立の7:3の入学定員枠がなくなった2011年度の入試では、公立高校全体で1400人あまりの定員割れが起きた。定員割れした高校は全日制・定時制を合わせて60校に上った。その後、公立高校の定員割れは、いったんは落ちついた。 

 

 だが、この10年あまりで、授業料無償化措置の拡充によって入学者が私立高校へと誘導され、定員割れの続く公立高校は「再編整備」の対象になった。2023年度までに募集停止となった公立高校は17校にのぼる。ついに2024年度の入試では公立高校の約半数にあたる70校が定員割れに陥った(定時制・通信制は除く)。 

 

● 学業やスポーツでの実績などの 「経営努力」を求められる私立高校 

 

 私立高校も安穏としてはいられない。2011年からは私立高校の助成金を生徒1人あたり(パーヘッド)の単価にもとづいて配分することが原則となった。学校設備や教職員の人件費などは規模の大小にかかわらず、ある程度の額を確保しなければいけないから、小規模校ほど生徒1人あたりの教育費は高くなりがちである。パーヘッド制はそうした事情を考慮しない。入学者を集めやすい学校がますます有利になる制度である。 

 

 

 私立高校の助成では実績(パフォーマンス)評価にもとづく特別加算も行われるようになった。難関大学への進学、スポーツの全国大会出場、就職状況の改善などの実績を上げれば、助成が上乗せされるのである。こうして私立高校もいっそうの「経営努力」を求められるようになった。 

 

 学区の撤廃、入試期日の一本化、授業料無償化措置の拡大によって入学者獲得をめぐる競争的環境をつくり出す。そして、公立校の再編整備計画と私学助成の制度変更によって各校に「経営努力」を促す。このようにして学校同士の競争が加速されてきたのである。 

 

● 公立校と私立校の切磋琢磨で 「大阪問題」は解決されるのか 

 

 公立高校と私立高校を一つの土俵の上で競わせる。この発想は、私立高校の授業料無償化措置の開始にあたって、2010年夏に橋下徹府知事(当時)が発したメッセージ「教育への私の思い」に示されていた。 

 

 メッセージの冒頭、知事は治安の悪化や失業などをはじめとする「大阪問題」を指摘し、それらの解決には教育への投資こそが必要だと説いた。さらに教育を「階層移転」(専門用語では「階層移動」。学力や学歴を身につけて生まれ育った家庭の階層から「上」の階層に移ることは上昇移動という)の「最も効果的なツール」だとし、「大阪問題」の解決と「階層移転」の促進のために中間層をターゲットにした施策が必要だと説いた。そうした施策の具体例が私立高校の授業料無償化措置だったわけである。 

 

 国の授業料無償化の目的は保護者の教育費負担を減らすことである。だが、大阪府では、授業料無償化措置は、他の施策との組み合わせによって、高校に「経営努力」を促す手段となった。メッセージで知事は次のように述べている。 

 

 この制度の導入によって、いよいよ、公私が切磋琢磨するための同一の土俵ができあがる。これからは、公立も私立も、誰が設置者かではなく、学校そのものが生徒や保護者から選択される存在でなければ生き残れない。もはや、「公私7・3枠」で生徒が入学してくるという状況は保障されない。大阪の学校勢力図は大きく塗り替わる。それぞれの学校が、徹底して自らの特色や魅力を高め、懸命にそれをアピールする。生徒獲得のために奔走する。こうした切磋琢磨が生じ、大阪の幅広い層、まさにボリュームゾーンの教育を担う学校の質が高まり、全体として大阪の高校教育の質が格段に向上すると確信。 

(中西正人『大阪の教育行政--橋下知事との相克と強調』株式会社ERP) 

 

 

● 競争の激化によって 教育の質は向上したのか 

 

 公立と私立の競争の結果、公立と私立の入学者の割合はおよそ6:4になった。公立と私立の「学校勢力図」は塗り変わったのである。今後、所得制限のない授業料完全無償化措置が続けば、私学のシェアはさらに大きくなるだろう。近い将来、公立と私立の入学者の比率は逆転するかもしれない。 

 

 このように全体としては私学の存在感が増しているのだが、詳しくみると公立高校の中でも競争の勝者と敗者のコントラストが目立ってきた。少子・高齢化が進んでいることを考えると、これまで通りの数と規模の高校を維持することは現実的でない。高校の再編は避けられない課題である。問題はどのような高校が再編の対象になったかである。 

 

 「生徒獲得」の実績を端的に示しているのが志願倍率である。難関大学への進学に力を入れる「文理学科」は多くの志願者を集め、高い入試倍率を維持している。2024年度の文理学科10校の平均倍率は1.32倍である(最高で1.52倍、最低で1.11倍)。 

 

 一方、再編整備計画で「セーフティネットの役割を担う高校」と位置づけられ、中学校までの学習内容の学び直しを重視した「エンパワメントスクール」や「ステップスクール」は入学者確保に苦戦している。これら8校の平均倍率は0.95倍である(最高で1.19倍、最低で0.78倍)。今後、教育課程のさらなる改編や統廃合は避けられそうにない。セーフティネットはほころびかけているのだ。 

 

 こんなことでは、到底、「全体として大阪の高校教育の質が格段に向上」したとはいえない。あるいは定員割れになるのは学校の「質が悪い」からであり、そうした高校が淘汰されれば全体として高校教育の「質が向上する」とでも言いたかったのだろうか。しかし、高校が淘汰されて困るのは、そうした高校によって支えられるはずだった生徒たちである。 

 

● インクルーシブな高校が 競争で閉校に追い込まれる 

 

 2021年3月に再編整備の検討が始まった高校は13校ある。うち、3校は「エンパワメントスクール」、1校は日本語の指導が必要な生徒の特別入試を実施する高校、1校は高校と高等支援学校が連携して障害のある生徒と障害のない生徒がともに学ぶ仕組みをもつ「共生推進校」だった。 

 

 結局、13校のうち3校は2023年度の入試を最後に募集停止となった。次に挙げるのは、募集停止が決まった高校の学校長あいさつである。 

 

 

 初めに残念なお知らせです。本校は志願者が定員を満たさない状況が続き、昨年度、大阪府立高校再編整備計画の対象校となりました。その結果、令和5年度には新入生を迎えますが、その後は入学者選抜を行わず、○○高校に機能統合されます。そして、令和5年度の新入生が卒業する令和8年3月末をもって、閉校となることが決まりました。学校の存続は今後3年間ですが、それまでの間、これまでの教育内容や教育環境が低下することのないように、教職員一同最大限の努力をしてまいります。あわせて、生徒に寄り添い、丁寧に支援指導してまいります。 (2023年4月。当該校のホームページより) 

 

● 小中でのつまずきを カバーしてくれる高校が消える? 

 

 再編整備の対象となった「エンパワメントスクール」3校のうち2校は、2024年度に教育課程を大きく改編して再出発することになった。この学校は「義務教育段階までに学校生活での困りやつまずきを経験しながらも、高校生活をとおして、就職や進学をみすえ、基礎的な学びや、地域と一緒に体験的な学びにチャレンジできる学校」であり、「多様な教育実践校(ステップスクール)」と呼ばれている。これらの高校が生き残れるかどうかは、予断を許さない。 

 

 2023年度からの高校再編整備計画では9校を募集停止とすることがすでに決まっている。名指しこそされてはいないが、定員割れが続いている高校が募集停止の候補であることは間違いない。セーフティネットであるはずの高校が教育課程の大幅な見直しを迫られたり閉校の危機に陥ったりしている。これらの学校では、生徒に落ちついた教育環境を提供することができなくなりつつある。 

 

 高校の再編にあたっては、本来なら進路のセーフティネットを守りつつ公立・私立全体で入学者定員を少しずつ削減していく工夫が必要だったはずである。しかし、再編は生徒の「自由な選択」と学校間の競争に委ねられた。 

 

 その結果、公立高校では事実上の統廃合が進み、学力や生活に不安を抱える生徒たちの進路の見通しは不透明になりつつある。 

 

高田一宏 

 

 

 
 

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