( 243324 )  2025/01/02 17:51:24  
00

日本では、ここ数年賃金が上昇しているが、その分は売価げに転嫁されて物価を引き上げる結果、実質賃金は上昇していない。

これが2025年まで続くと日本人の生活は悪化する可能性が高い。

2025年の日本経済は、名目賃金の上昇に対する慎重な分析が必要であり、実質賃金が上昇するためには労働生産性の向上が必要だと指摘されている。

(要約)

( 243326 )  2025/01/02 17:51:24  
00

by Gettyimages 

 

ここ数年、賃金の上昇が顕著だ。しかし、賃上げ分は売上げ価格に転嫁されて、物価を引き上げている。このため実質賃金が上がらない。2025年にもこれが続けば、日本人の暮らしは24年より悪化する。 

 

2025年の日本人の暮らし向きはどうなるだろうか? 

 

24年よりも良くなることを望みたいが、現実にはなかなか難しい。24年より悪化する可能性が高い。その理由を以下に述べよう。 

 

まず、賃金については、連合が2023年以降、高率の賃上げを要求している。23年の春闘の伸び率は3.6%であり、1993年の3.89%以来、30年ぶりの⾼⽔準と⾔われた。 

 

24年の春闘では、5.10%(うちベースアップ3.56%)というさらに高率の賃上げが行われた。その結果、名目賃金の上昇率は、これまでの傾向に比べると顕著に高くなった。25年には、賃上げがさらに加速する可能性が高い。 

 

連合は、25年の春闘において、ベースアップ相当分として3%以上、定期昇給分をあわせて5%以上を要求する方針を決定した。また、中小企業については、1%以上を上乗せし、6%以上の賃上げを要求する方針を決定した。 

 

さらに高い賃上げを要求する向きもある。UAゼンセンは、25年の春闘に向けた集会で、ベースアップ相当分として4%、定期昇給分をあわせると6%を基準とする賃上げを要求する方針を明らかにした。また、非正規雇用者については「7%を目安」としている。 

 

これまで30年近くの期間にわたって、日本の賃金はほとんど上昇していなかったのだが、25年はその状態からの訣別がさらに進む可能性が高い。 

 

以上だけを見れば、25年に日本経済は望ましい方向に向けての歩みを進めていくように思える。事実、そのような評価が一般的だ。 

 

しかし、より詳細に分析すれば、以下で論じるように、事態を楽観的に見ることは、決してできない。 

 

仮に春闘で目標通りの賃上げが実現するとしても、人々の暮らしが良くなるとは限らない。なぜなら、前項で述べたのは名目賃金だからだ。 

 

人々の暮らし向きを決めるのは、実質賃金である。これは、名目賃金と物価上昇率によって決まる。したがって、名目賃金が増えても、物価上昇率が賃金上昇率を上回われば、実質賃金は下落する。 

 

実際、2024年には消費者物価(生鮮食料品を除く総合)の対前年同月比が2.0~2.7%程度だったので、実質賃金の対前年同月比は、24年5月まで26カ月連続でマイナスだった。 

 

対前年同月比は、6、7月にプラスになったが、8、9月にはマイナスに戻った。10月はプラスだが、ほとんどゼロだった。しかも、こうなったのは、政府の電気・ガス代の補助再開で物価の伸びが鈍化したためだ(毎月勤労統計調査による。なお、実質賃金の計算では、消費者物価として、「持家の帰属家賃を除く総合」が用いられている)。 

 

22年9月から24年9月までの期間を見ると、名目賃金は5.7%上昇したが、消費者物価が6.6%上昇したので、実質賃金は0.8%低下した。 

 

以上のように、ここ数年間の日本では、名目賃金が顕著に上昇したにもかかわらず、実質賃金は下落し、人々の暮らしは悪化したのだ。こうなるのは、消費者物価の上昇が収まらないからである。 

 

その原因を、輸入デフレータと家計最終消費デフレータによって見よう(輸入デフレーターとは、輸入についての物価指数。家計最終消費デフレータとは、家計最終消費についての物価指数であり、この動きは、ほぼ消費者物価と同じだ)。 

 

従来、これら2つのデフレータの相関は高かった。輸入デフレーターの対前年上昇率の10分の1が、家計最終消費デフレータとほぼ同じ値になっていた。 

 

22年以降の物価高も、輸入デフレータの上昇によって引き起こされたものであった。 

 

ところが、23年秋からは、輸入デフレータの対前年比が大幅に低下したにもかかわらず、消費財のデフレーターの対前年比は低下していないのだ。 

 

こうなった原因としては、企業が輸入価格の下落を売り上げ価格の下落に還元しなかったか、あるいは賃金の上昇分を売り上げ価格の上昇に転嫁したかの2つが考えられる。 

 

このどちらであるかを、データだけからは判別できないのだが、11月29日の本欄で述べたように、23年上半期に始まる賃金の上昇を、売り上げ価格に転嫁したことの影響が大きかったのではないかと考えられる。 

 

 

仮に実質賃金の上昇率がプラスになったとしても、それで良いわけではない。なぜなら、賃上げの恩恵に浴すことのできない人がいるからだ。 

 

第一は年金生活者だ。日本の公的年金には物価スライドがあるが、「マクロ経済スライド」という制度によって、年金が減額される。また、フリーランサーなど、制度的な賃上げの恩恵を受けることができない人々がいる。こうした人たちは、物価上昇の負担だけを負うことになり、生活が苦しくなる。 

 

そして、賃上げの対象者も含めて、人々は決して物価上昇を受け入れているわけではない。物価が上がるので、支出を控えている。これは、GDP統計で実質家計消費支出が増えないことに、はっきりと現れている。 

 

実質家計最終消費支出の対前年同期比は、2023年7-9月期から24年4-6月期まで、4四半期連続でマイナスとなった。24年4-6月期の値は、23年1-3月期より3%少ない。22年にはコロナによる落ち込みからの回復が顕著だったのだが、ここにきて、それが頓挫してしまったのだ。 

 

23年7-9月期は、23年春闘による賃金上昇の効果が顕在化し始めたはずの時点だ。だから、本来なら、消費支出が増加して然るべきだ。それにもかかわらず、全く逆の現象が起きたのは、物価上昇の影響がいかに大きかったかを示している(もっとも、このときの物価上昇は、輸入価格の上昇によって生じていたのであるが)。 

 

賃金の引き上げが売上価格に添加されて物価を引き上げると、人々の暮らしが困窮する。そのため、さらに賃上げが要求される。つまり、物価と賃金の悪循環が発生する。これは経済を破綻させる極めて恐ろしい現象だ。 

 

だから、賃金と物価の悪循環から脱出することが、どうしても必要だ。そして、そのためには、転嫁による賃上げではなく、労働生産性の引き上げによって賃金を上昇させる必要がある。 

 

石破茂首相は、実質賃金の引き上げを実現すると公約しており、10月4日に行なった所信表明演説で、「一人一人の生産性を上げ、付加価値を上げ、所得を上げ、物価上昇を上回る賃金の増加を実現してまいります」と述べた。 

 

確かにそのとおりである。この言葉どおりに生産性上昇を実現できるかどうかが、2025年の日本経済に課された最大の課題だ。 

 

野口 悠紀雄(一橋大学名誉教授) 

 

 

 
 

IMAGE