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2020年3月29日に羽田空港への新しい飛行経路「羽田新ルート」が始まった。

これには都心上空を通過する部分も含まれており、運用開始前から騒音や安全性などへの懸念があった。

国土交通省は「空港の能力向上のために必要」と説明していたが、中島二郎(航空アナリスト)は別の理由もあると考えている。

新ルートの導入により、大型船が使う東京西航路と干渉する問題があり、船舶の大型化に伴い飛行機の進入路に影響を及ぼす可能性があった。

このため、新しい飛行経路を通じて大型船舶の便数を増やす狙いがあると推測している。

(要約)

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羽田空港(乗りものニュース編集部撮影)。 

 

 2020年3月29日、都心上空を通過する羽田空港への新しい飛行経路、いわゆる「羽田新ルート」の運用が始まりました。この経路は、埼玉県南部から都心にかけての人口密集エリア上空を低い高度で飛ぶルートのため、騒音や安全性などで不安の声がありましたが、国土交通省は「羽田空港の能力を増やすために必要である」として、なかば強行のような形で新設された背景があります。この説明に偽りはなかったのでしょうか。 

 

 結論からいうと、筆者(中島二郎:航空アナリスト)は、羽田新ルートの開設には別の理由もあるのではないかと考えています。 

 

 羽田新ルートの開設に先立って国交省が行った住民説明会の概要は以下のようなものでした。羽田空港では南風時は第1・第3ターミナルに挟まれたA滑走路と第2ターミナルの向かいにあるC滑走路を出発に使用し、A滑走路と斜めに交差するようにして設けられているB滑走路と、沖合にあるD滑走路を到着で使用していました。離陸と着陸で使用する滑走路を分けることで、4本の滑走路すべてを使用する方法です。 

 

 新ルートは南風時の15時から19時まで、A滑走路とC滑走路の2本を離陸と着陸の両方に使用し、それまで離陸には使用されていなかったB滑走路を離陸にも使用します。つまり3本の滑走路を使用する方法です。 

 

国交省では、滑走路4本を使用した従来の運用方法と比べ、滑走路3本を使用する新しい運用方法の方が、多くの発着便を処理できると説明していました。使用する滑走路の数は減るのに空港全体の処理能力は増えるという、不可解ともいえる理屈です。 

 

 この説明が本当であれば、4本目の滑走路としてD滑走路を新設した理由はどうなるのでしょうか。D滑走路は2010年に6700億円もの巨費を投じて新設されたばかりの滑走路ですが、国交省の説明が正しいとなると建設費が無駄になった可能性が出てきます。 

 

 また新ルートでは、大型機が都心を低い高度で横切ることになるため、騒音に加えて部品や氷などの落下の危険を心配する声が、開設前からあがっていました。国交省は、降下角度を通常の進入路よりも急な角度にするため騒音は基準値に収まるという見解でしたが、いざ運用が始まると複数の計測地点で東京都の環境確保条例で定められた基準を超えています。結果、このことを理由に、港区や渋谷区の住民らが国を相手に訴訟を起こしています。 

 

 筆者は、住民説明会で説明された新飛行経路開設の理由にも、隠れた事実が見え隠れしているのではと睨んでいます。それは東京港のある事情です。 

 

 

「羽田新ルート」で着陸する旅客機(乗りものニュース編集部撮影)。 

 

 羽田空港に隣接する東京湾には「東京西航路」という東京港へ大型船が出入りするための航路が設定されています。これが羽田空港への飛行経路と干渉する問題です。 

 

 この航路と、羽田空港のB滑走路とD滑走路への進入路が互いに干渉しあうことは、国土交通省が発行している進入経路図に2ページにわたって説明されています。同資料によると、B滑走路の場合56.3m、D滑走路の場合は53.7m以上の高さの船舶が東京西航路を航行すると、着陸機が飛行する進入路への影響が生じると図入りで解説されています。 

 

 船舶の大型化は世界的な傾向です。昨今では、パナマ運河を航行できる最大の大きさとして従来規定されてきた、いわゆる「パナマックスサイズ」を超える大きな船が増えています。クルーズ船も例外ではありません。パナマックスが規定している船の高さは最大57.91mです。この大きさの船が東京湾西航路を航行するとD滑走路とB滑走路に進入する航空機は船の位置を確認しながら飛行する必要があるのです。十分な視程が確保できる天候であれば危険を回避することは可能と考えられますが、霧や雪などで視程が低いと進入を中止せざるを得ない場合も想定されます。 

 

 東京港の入り口に立ちはだかるレインボーブリッジは桁下高が52mのため、パンナマックスサイズの船舶は航行することができません。そのため、パナマックスサイズのクルーズ船が入港できない晴海客船ターミナルは2022年2月20日をもって閉館しています。このような晴海客船ターミナルに代わって2020年に開業したのが、東京国際クルーズターミナルです。 

 

 このターミナルが新設された理由は、レインボーブリッジの下を航行できない高さ52m以上のパナマックスサイズもしくはそれ以上の大きさのクルーズ船でも東京港で受け入れられるようにするためです。 

 

今では総トン数15万トン、高さ60mを超えるクルーズ船の発着も珍しくありません。こうしたクルーズ船が東京港に入港するときは、必ず東京西航路を使用します。つまり、羽田空港の進入路と干渉することが避けられないのです。 

 

 そこで、都心上空を経由した新しい飛行経路を開設することにより、B滑走路とD滑走路を着陸に使用する回数を減らすことができます。それにより東京西航路を航行する大型船の便数を増やすことが可能となります。 

 

 2020年に開催が予定されていた東京オリンピックは新型コロナの蔓延で延期され、航空需要の急減にともない羽田空港を発着する旅客機の運航便数は大きく減少しました。ところが、新しい飛行経路は計画どおり2020年から使用が始まり、クルーズ船ターミナルも同年に開業しています。つまり、新飛行経路開設の理由は便数を増やすことではなく、むしろ大型船舶の航行を確保するためであったと考えるのが自然でしょう。 

 

 このような筆者の推測が事実だとすれば、住民説明会やネット上で示された開設理由とは全く異なる要因が存在することになります。住民が国を相手に起こした騒音訴訟において国交省側はこれについては触れていないようですが、あえて伏せているとすれば、いつか説明を求められる局面が来るかもしれません。 

 

中島二郎(航空アナリスト) 

 

 

 
 

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