( 244259 )  2025/01/04 16:35:09  
00

秋篠宮文仁親王殿下と紀子妃殿下の長男、悠仁さまが筑波大学への入学が話題になっています。

この進学は、教育の多様性を重視するメッセージとして注目され、日本社会における健全な発展の視点からも重要だとされています。

悠仁さまの進学選択は、学習院から筑波大学への異例の進路で、多くの期待と祝福を受けています。

(要約)

( 244261 )  2025/01/04 16:35:09  
00

(c) Adobe Stock 

 

 秋篠宮文仁親王殿下と紀子妃殿下の長男、悠仁さまが筑波大学生命環境学群生物学類の学校推薦型選抜に合格された。 

 

 悠仁さまの進学が象徴する経済的なメッセージは、多様な価値観の尊重だ。現在、日本では「大学の序列化」が進み、教育機関が偏差値やブランド力で一律に評価される傾向が強い。しかし、このような評価基準は、大学ごとの独自性や地域社会への貢献を軽視してしまうリスクがある。皇族という特別な立場にある悠仁さまが筑波大学を選ばれたことは、教育の多様性を重視するメッセージとして広く受け止められるだろう。これは日本社会が健全に経済発展していくうえで大切な視点だ。 

 

 作家で経済誌プレジデントの元編集長・小倉健一氏が、弁護士の野澤隆氏に聞いたーー。 

 

「雑草という名の草はない」という言葉は、昭和天皇が植物研究に関心を寄せていた際に発したとされる名言である。植物分類学に深い造詣を持つ昭和天皇は、庭園や野山の草花一つ一つに名前をつけ、その特徴を丁寧に観察していた。この言葉には、どの草も固有の名前と役割を持ち、無価値なものなど存在しないという思想が込められている。人間社会にも通じる普遍的なメッセージとして広く知られ、自然への敬意と個々の存在の尊さを象徴する一言である。 

 

 この言葉を念頭に、「Fラン大という名の学校はない」と指摘するのは、城南中央法律事務所(東京都大田区)の野澤隆弁護士である。「Fラン大」とは、「ボーダーフリー」の「ランク」にある大学、つまり低偏差値帯に位置する大学を示す隠語である。後に述べられているように、この指摘にはいくつかの意味が込められている。 

 

 秋篠宮文仁親王殿下と紀子妃殿下の長男、悠仁さまが筑波大学生命環境学群生物学類の学校推薦型選抜に合格された。この推薦入試では書類審査、小論文、個人面接が行われ、幼少期から取り組まれてきたトンボや自然環境に関する研究が高く評価されたとみられる。筑波大学は茨城県つくば市に位置し、広大な敷地を持つ国立大学で、生物学や自然環境研究に適した学びの場として知られる。 

 

 悠仁さまはお茶の水女子大学附属幼稚園から小学校、中学校を経て、筑波大学附属高等学校へ進学され、皇族として異例の進路を歩まれてきた。進学先として東京大学も候補に挙がっていたが、推薦入試利用への反発などを受けて断念し、筑波大学を選択されたと報じられている。 

 

 

 この進学について、「本人の希望を尊重する」という秋篠宮家の教育方針が背景にあるとされ、多くの国民から祝福と期待の声が寄せられている。悠仁さまの筑波大学入学について、法理論的視座から野澤隆弁護士に見解を伺った。 

 

ーー学習院大学は私立大学です。国立から私立に転換した珍しい発展過程をたどってきました。対して、筑波大学は国立。現代の皇族にとって、学習院が以前ほど選ばれなくなった理由は何だと思われますか? 

 

(野澤弁護士) 

 

 秋篠宮文仁殿下と紀子妃殿下は、学習院在学中の出会いをきっかけに結婚されており、眞子さま及び佳子さまも、学習院で初等教育・中等教育を終えています。しかし、悠仁さまの学歴に学習院の名前は一切なく、秋篠宮夫妻を中心とした関係者が、時代背景をふまえ学習院をあえて避けた可能性は相当程度あります。 

 

 では、その時代背景とは何でしょうか。いろいろ挙げられるのは当然ですが、やはり一番大きいのは、少子化を背景とした学習院大学の入試偏差値の下落であろうと考えます。女子学生を中心に実学志向がますます高まる中、文系中心で古風な華やかさのイメージが強い学習院は苦戦しており、その結果、眞子さん及び佳子さまが選択した国際基督教大学(ICU)や悠仁さまが入学予定の筑波大学に勝る教育力・ブランド力を維持できず、それらが進学先決定に大きな影響を与えた可能性が高いと思われます。 

 

 とはいえ、戦前の学習院には特権的な地位が与えられていましたが、戦後の学習院はあくまで私立の一学校法人にすぎず、国費を優先的に割り当てられているお茶の水女子や筑波といった国立系学校と比較等することは、ご無体、今風に言えば「ムリゲー」であるかもしれません。 

 

ーー皇族教育、華族教育の中心であった学習院の特権的な地位を認めていない現行憲法の天皇制について教えてください。 

 

(野澤隆弁護士) 

 

 現行憲法で一番有名な条文は戦争放棄・戦力不保持を定めた9条ですが、その前の1条から8条がすべて天皇制に関する規定であることは一般に意外に知られておらず、規定の基本思想は天皇の権限の制限、つまりは西洋型の民主主義です。 

 

 

 そして、「法の下の平等」を規定した14条が「華族その他の貴族の制度は、これを認めない」と念を押し、89条が「公の支配に属しない」宗教団体や教育事業等に対し公金支出を制限するなど財政面でも縛りがかけられ、加えて、戦前の旧制高校・陸海軍系の士官学校などが廃止された結果、東京大学(東大)入試を頂点とする学力選抜重視の戦後の国公立大学優位の教育システムが確立され、これが日本のメインストリームとして現在も維持されています。 

 

 この流れの社会では、一般入試以外の方法で入学した者に対する「推薦組」・「付属上がり」などといった間接的な言い回しによる実際上の差別が陰に陽に行われ、この社会的風潮が、関係者によって行われたであろう東大の推薦入試検討等の際に何らかの形で強い影響を与えたことは容易に想像できます。今回、高校までの進路選択や入試形態などがどうあれ、旧帝国大学のようなエリート校ではないが実績ある研究系・教育系の手堅い大学に悠仁さまが入学されることは、1条の「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」の観点からも良かったと思います。 

 

ーー皇族が自分の学力などをふまえ進学先を選ぶことについては、どのような社会的意味があるのでしょうか。 

 

(野澤隆弁護士) 

 

 皇族は世俗から離れた、少なくとも離れるようにすべき存在だと強く思っている人々がまだまだ多い現状で、皇族、特に皇位継承予定者が一般人と同じレベルで受験するとなれば、二つの意味での「しんわせい」を慎重に分析する必要があります。 

 

 一つは「神話性」であり、この視点からは、これまでの悠仁さまに対する教育は、大半の期間において名門学校に何とか進学させようと奮闘する一般家庭と表面上はあまり変わらず、残念に考えていた人が最近まで多かったと予想されますが、最終的には日本社会における最重要受験である大学入試において好印象の結果を残せたのだろうと思われます。 

 

 もう一つは「親和性」であり、この視点からは、いろいろな意見があるはずです。ある人は公立学校の推薦入試に反発する観点などから親和性を否定し、ある人は多様化する入試や皇族の世俗学校への進学を歓迎する観点などから親和性を肯定するといったところです。 

 

「雑草という名の草はない」旨の昭和天皇のお言葉は、植物学者の牧野富太郎の影響などがあって発せられたようですが、このお言葉は博識高い天皇の「神話性」と一つ一つを大切にする「親和性」両方の意味を含むものでしたので、名言として語り継がれたのだと推察します。 

 

 

ーー悠仁さまのこれまでの学校選択がここまで関心を集めた要因は、何だったのでしょうか。 

 

(野澤隆弁護士) 

 

  日本の「学歴社会」が、厳密には、就職活動では学校名は大学名だけでなく高校名あたりまで厳しく確認され、しかるべき立場にいる方については入試形態までチェックされる「学校歴社会」であることを如実に示すものであったからでしょう。眞子さん及び佳子さまの際は、高校までは学習院、かつ皇位継承予定者ではないのでそれほどでもなかったのですが、悠仁さまの場合はそうではなく、影響力に格段の差があります。 

 

「Fラン大という名の学校はない」という言葉には、出身大学に関係なく出世する人はたくさんいるといったプラスの観点だけでなく、大学出がまだ社会の多数派ではない状況下で今の若者が大学に楽に行けるのは幸せであるなどといった微妙なプラスマイナスゼロの側面、三流大学出身者が官公庁や大企業などでなかなか昇進できない現実社会のマイナス状況をふまえた強がりすべての意味が込められており、科挙の影響を受けた東アジア地域に属する日本では、進学問題・受験問題は国民の大関心事になっています。 

 

ーー辞典で「雑草」の意味を調べると、「自然に生える価値のない草」との記載の後に「生命力の強いもののたとえ」との説明がある。悠仁さまが無事に大学を卒業され、伝統をふまえつつ新しい時代のニーズをとらえた公務などで活躍する日々を一国民として期待する次第である。 

 

小倉健一 

 

 

 
 

IMAGE