( 245309 )  2025/01/06 17:38:26  
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日本では車検制度があり、愛車が法規に適合しているかを定期的に確認する必要がある。

継続検査や新車登録検査などがあり、改造した車も検査が必要となる。

一方、海外では国によって車検制度が異なり、一部の国では車検義務がない。

日本の車検制度はクルマの安全を確保するためであり、一般的な感覚や行政依存の要素でも説明できる。

他方、欧米では自己責任の意識が強く、所有者の整備責任が重視され、社会的制裁がある。

日本には自賠責保険が義務付けられ、被害者保護の一環として考えられている。

クルマが安全に走行できるか確認するためには車検の制度が有用であるが、走行距離によって差があり、電気自動車(EV)の普及により車検の在り方も見直す必要があるかもしれない。

(要約)

( 245311 )  2025/01/06 17:38:26  
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日本には車検という制度が存在し、車種によって異なるが、数年に1度は愛車が法規に則った仕様になっているかを確認することになっている。一方海外では車検制度が存在しない国も珍しくない。 

 

 車検で一般によく話題になるのは、継続検査だ。初年度登録から3年目が初回で、以後2年ごとに実施する義務がある。 

 

 そのほか、そもそも新車登録をする際に、道路運送車両法の保安基準に適合しているかどうか検査することで、はじめて公道を走ることができ、顧客に納車が叶う。これも、車検のうちだ。 

 

 さらに、クルマを改造した場合も、道路運送車両法の保安基準に適合しているかどうかの確認が必要で、構造等変更検査を受ける必要がある。たとえば、エンジン車を電気自動車(EV)に改造したような場合も検査を受けなければならない。そして、新たな車検証が発行される。 

 

 とはいえ、クルマの所有者が普段から気にかけるのは、継続検査だ。 

 

 海外には車検がないとの話もある。調べると、欧州各国には車検制度自体はある。ただし、日本のように義務化されているわけではないようだ。米国では、州によって規則が変わるが、基本的には車検に該当する制度を設けている。ただし、やはり義務化されてはいない。したがって、海外には車検はないと認識されがちだ。 

 

 ではなぜ、日本は車検が義務化されているのだろう。そもそも、馬車の時代がなかった日本には、蒸気機関車などとともに、クルマがいきなり入ってきた。高価なクルマを使えるのは主にタクシーやハイヤーなどの業者であり、業務上で故障や事故を起こさないよう車検が定められた。 

 

 別の視点では、日本の暮らしの一般的な感覚に、いまなお「お上に任せておけば」という、行政依存の体質があるのではないか。 

 

 対する欧米は、自己責任の意識が浸透している。製造者責任の不具合以外、故障に対し、普段からクルマの調子に気を付けていなかった所有者や利用者の責任と考えられるだろう。しかも、それが原因で事故となり、ほかの人々に被害を及ぼすことになれば、社会的制裁が施される。 

 

 もちろん、日本においても、被害者対応として損害保険制度があり、なおかつ車検の際に更新すべき要素として、自動車損害賠償責任保険(通称、自賠責保険)の加入が義務付けられている。これは、被害者保護の観点で定められている。 

 

 日常的に、クルマの所有者や利用者自身でクルマの調子に気を配っている人はどれほどいるだろう。タイヤの空気圧はもちろん、タイヤの溝の深ささえ気にかけていないと思われるクルマが走っているのを見かける。そうした多くのクルマを対象に考えれば、車検という期限をきっかけに、クルマが安全に走行できるか確認することも悪くはない。 

 

 一方で、クルマが走行に適した状態であるかどうかは、歳月だけでなく、走行距離によって大きな差があるはずだ。年間5000kmほどしか走らない人と、1万km以上、なかには数万km走る人もいるかもしれない。つまり、歳月だけで規定される車検制度は、最大公約数的な制度であり、万全とはいえない。走行距離の少ない人にとっては、余計な出費と感じるだろう。 

 

 ただし、走行距離が少なくても、経年変化によって整備や交換が必要な箇所もクルマにはある。 

 

 そのうえで、電気自動車(EV)が普及すると、整備項目が減るといわれ、それに従えば、EVについては車検時期をもっと伸ばしても差し支えないかもしれない。 

 

 クルマの変革期には、単に新車の機構や性能、あるいは充電器といった社会基盤の整備にとどまらず、車検の在り方も見直すことが求められることになるかもしれない。 

 

御堀直嗣 

 

 

 
 

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