( 246396 ) 2025/01/08 18:44:02 0 00 過熱する中学受験ブームは小学生の生活に大きな影響を及ぼしている。画像はイメージ
中学受験が目前に迫る1月になると、小学6年生の半分以上が学校に来なくなる──子どもの中学受験を考えている保護者なら、こんな話を一度は耳にしたことがあるだろう。「1月に小学校を休ませるか問題」は中学受験界で長年議論されてきたテーマであり、賛成派、反対派それぞれに信念があり、正解は無いと言える。だが、最近では賛成派寄りの人であっても「ちょっとやり過ぎでは……」というケースが出始めているようだ。
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「首都圏模試センター」(東京都千代田区)の公式サイトによると、2024年の首都圏私立・国立中学校の受験者総数は推定で5万2400人。前年より200人減少したとはいえ、過去2番目の受験者数を記録した。
中学受験、いわゆる「中受」の過熱が指摘されて久しい。今春に小4となる長男が1月から中受対応の塾に通っているという保護者はこう話す。
「1月には6年生の半分以上が学校を休んでいるという話は、長男が2年~3年生の時には耳にしていました」
一家が住むのは、東京都・中央区。中央区は中受に挑戦する児童が多いことで有名なエリアだ。
首都圏の中受は埼玉県や千葉県では1月から始まり、東京都、神奈川県の入試が解禁となる2月1日にピークを迎える。中央区の保護者はこう話す。
「私は地方出身で中高ともに公立だったため、中受関連で近所の保護者から教えてもらう話は驚くことばかりです。中でも『1月になるとクラスの半分は長期欠席になる』と聞いた時は腰が抜けるかと思いました。主に欠席の理由は2つあるそうで、1つはインフルエンザなど感染症の予防です。小6の兄や姉が中受する場合、学年が下の弟や妹も同じように1カ月程度、学校を休ませる親もいます。もう1つは塾の宿題がたまったり、苦手な分野の復習、志望校の過去問を解くなどの必要に迫られている場合です。小学校に通っていると時間を捻出できなくなるので、家で勉強するために休むというのです」
公立小学校の授業は中受の試験内容には対応していない。そのため「勉強のために小学校を休む」という文字通り本末転倒の事態となっているわけだ。世田谷区に住み、やはり子どもの中学受験を考えている保護者は「1月どころか、12月から2月5日くらいまで長期欠席するお子さんも珍しくありません」と苦笑しながら、こう続ける。
■登校してきた児童は「ちょうど1クラス分」
「小学校は義務教育という点も大きいと思います。高校では出席日数が足りないと留年や退学の可能性があります。ところが小学校はたとえ出席がゼロでも基本的に卒業はできます。さらに私立中学校は、欠席日数が確認できる調査書を提出させる学校は少ない。必要な学校でも6年生の2学期までが提出範囲ですから、たとえ3学期は出席がゼロでも中学側に伝わることはありません。1月から始まる3学期は長期欠席に対する歯止めが利いていないことが理由だと思います。私は休むことはやむを得ない部分もあると思いますが、受験に関係のない弟や妹まで欠席させるのはやり過ぎだと感じます」
6年生の1月は卒業式も目前に迫っており、友達同士の絆も強まっている時期だろう。そんな中で「受験組と非受験組で分断が起こることもある」と中学受験に詳しいフリーライターは話す。
「中学受験をしないクラスメートが、1カ月近く学校を休む受験組に対して『結局はずる休みだ』と非難するケースもあると聞きます。分断というと大げさかもしれませんが、クラスの団結感はなくなってしまいます。都内の小学校に勤務する先生が取材に応じてくれましたが、大半の小6が欠席してしまう日もあり、複数クラスでの授業が成立しないそうです。登校してきた児童を集めるとちょうど1クラス分の人数になるので、臨時の6年1組で授業を行うそうです。非受験組にとっては、『小6の1月に受験組が長期欠席した』ことが小学校一番の思い出となりかねません」
東京都の教育委員会は都内の私立中学への進学率を発表しており、それを元に一部報道機関では「中受が盛んな23区ランキング」を発表している。年によって細かな順位の変動はあるが、常連は上から順に【1】文京区、【2】中央区、【3】港区、【4】目黒区、【5】千代田区がベスト5だ。
各自治体はこの問題をどう捉えているのか。トップ5の区教委に見解を聞いた。
まず「1月から長期欠席する小6の存在を把握しているか?」と聞くと。5教委の回答はおおむね同じ内容で、「実数を把握する正式な実態調査は行っていない。しかし小学校からの報告などで『3学期になると長期間、学校を休む6年生がいる』ことは認識しており、背景に中学受験の影響があることも承知している」ということだった。
■中学受験「成功」の本当の意味
続けて、「受験勉強が大変でも、義務教育の6年生は学校に通うべきだと考えるか」と質問すると、同じようにほぼ全ての区教委が「基本は保護者の判断や児童の意思を尊重する」と回答した。中には、「(中学受験を)人生の一大事と認識している児童もおり、『ならば思い切り受験勉強を頑張れ』と応援する気持ちも教育現場にはある」と現代的な意識を持つ区教委もあった。また千代田区の教委は「区内の公立中学校の魅力も高めていきたい」と意欲を示した。
教育評論家の親野智可等さんは静岡県の公立小学校で23年間、教員を務めた。その頃も中受に挑戦する児童はいたが、「私が教壇に立っていた頃は、受験のために学校を休む子どもはいませんでした」と振り返る。
「受験で小学校を休む児童の存在が教育現場でクローズアップされたのは2000年代に入ってからで、ここ20年くらいの動きだと思います。大前提として日本の教育現場に私立校が存在し、学校独自の個性ある教育を実践していることは非常に価値があります。独裁国家に教育の自由、進学の自由が存在しないことを考えれば誰でも分かります。とはいえ、やはり小6の長期欠席は中受の異常な過熱、行きすぎた中受ブームを象徴するものと解釈すべきではないでしょうか」
その一方で、親野さんは中受が「人生の岐路」と最重要視する保護者の気持ちも「分からないではない」と理解を示す。志望校の合格には並外れた努力が必要であり、学校を休んでも必死に受験勉強したことが子供の“成功体験”として記憶されることも否定はしないという。
「ただし、中受で成功を収めたことが自身の成功体験にとどまらず、他のクラスメートをバカにするような風潮につながるとすれば、それには強い危惧を覚えざるを得ません。『私は努力して志望中学に合格した。成績が悪いクラスメートは努力が足りないのだ』という考えは、努力しても成績が伸びない小学生の存在を忘れています。そしてキャリア官僚など“日本のエリート層”の一部は大人になっても学校の成績や学歴で人を評価する傾向があります。これこそ偏差値教育の最大の弊害であり、その原点が中受とならないように、長期欠席も含めて考えるべき問題ではないでしょうか」
中学受験の「成功」とは志望校に合格することだけなのか。1月の長期欠席問題は、そのテーマを考える契機となりそうだ。
(井荻稔)
井荻稔
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