( 246761 ) 2025/01/09 16:17:15 0 00 フリーアナウンサーの田中大貴氏(左)とJapan Asset Managementの堀江智生代表(写真:筆者撮影)
名前を聞けば、野球ファンならだれでも顔が浮かぶような有名選手の話である。彼は強豪高校からドラフト上位に指名されてプロ野球チームに入団、若くしてレギュラーの座を獲得し、主力選手へと成長。FA権を取得した年限で、球団と複数年契約をしなおして、巨額の年俸を得た。
結婚をして伴侶ができたが、妻が選手の預金通帳を見ると、億の単位の年俸を得ていたはずが、数百万円しか残高がない。問い詰めると「仲間で焼き肉に行ったり、ギャンブルをしたりしてほとんど使ってしまった」と白状した。当然、「どうするのよ!」ということになる。
■若くして年俸が上がった選手の金銭感覚
悄然とした選手からこの窮状を打ち明けられたのが、元フジテレビで現フリーアナウンサーの田中大貴氏。慶応義塾大時代は本塁打王も取った強打者で、アナウンサーになってからも多くのアスリートと交流がある。
そこで田中氏は慶応義塾大の後輩で、自身もアイスホッケー部の選手だった株式会社Japan Asset Managementの堀江智生代表取締役を紹介した。
「プロ野球では、年俸が高い選手ほど、ずっとそれが続くと思っている方が多いんですね。特に若くして年俸が上がった選手はこれからも年俸が上がり続けると思っているので、今あるお金がなくなることに対する不安感がすごく低いなと思います。これ、多分一般の同世代の方と全然感覚が違うと思いますね」
南海ホークスの大監督、鶴岡親分こと鶴岡一人は「ゼニはグラウンドに落ちてるんやで」と言ったが、その感覚がまだ続いているのか?
「本当にそうですね。その選手は奥様と一緒に相談に来られて、そこからは年俸の何割かは運用して積み立てていきましょう、という話になったりしました。奥様はすごく安心されたと思います。引退までに何億円かはたまる。それを今は年率4~5%でずっと運用しているので、最悪年収がなくなっても、その利回りがあれば、一生、生きていけるということですからね」
高卒でドラフト指名された選手が、契約金が入ったとたんにスポーツカーを買って、隣に女の子を乗せて、仲間の家に見せびらかしに来た、みたいな話は今でもちょくちょく聞く。
少し前まで高校生だった選手に、大人の金銭感覚を求めるのは無理な話なのだ。その点、社会人野球からプロ入りした選手は、しっかりしたプランを持っていることが多い。
神奈川大学、日立製作所を経て25歳でロッテに入りクローザーとして活躍した荻野忠寛氏は「高卒の選手は、どこへ行くのもタクシーを使っていましたが、僕は、急に生活が派手になるのが嫌なので、極力電車を使うようにしていました」と語ったが、どこかのタイミングで「大人」が堅実な人生設計を教えないといけないのだ。
■プロ入りすると「資産運用しませんか」と近づいてくる
取材に同席した田中大貴氏が語る。
「プロ入りすると、どこのだれかわからない人が近づいてきて、資産運用しませんか、と持ちかけてくることがある。父親母親の知り合いで、みたいな感じで。でもふたを開けてみたら、お金なくなってしまいました、という話も多いんですよ」
もともと、Japan Asset Managementは主として富裕層を顧客としてきた。堀江代表は「弊社は一言で言えば、資産運用のコンサルティング会社です。証券、保険、不動産などの販売を通じてお客様のお金の悩みを解決していくのがビジネスの根幹です。弊社の収入は、平たく言うと、各商品を販売した際に得られる手数料収入です。創業からずっと経営者や医師、地主さんなどの富裕層がメインのお客様だったのですが、少しずつスポーツ選手の顧客が増えてきました」と話す。
スポーツ選手の顧客に特徴はあるのだろうか?
「皆さんの想像以上に、お金に対するリテラシーが低い方が多いと思います。先ほどの選手もそうですが、多額の年俸を貰っているのに、貯金すら全然ない方が多くて、もっと早くにお目にかかっていたらお役に立てたんじゃないかとよく思いますね」
■Jリーグのクラブで金融教育を実施
野球以外のスポーツ選手の顧客も多い?
「弊社にはサッカー部出身の社員もいまして、その横のつながりからJリーグクラブにアプローチして、いろんなチームで金融教育をやりました。そのご縁で、サッカー選手が多いです。名前は出せないのですが、2019年にクラブでお話ししたのがきっかけで、当時のオリンピック代表世代のトップ選手が僕らの思いを共感してくれて、積み立てNISAを始めました。
当時は、選手の年収が高くなかったのでご提案できる商品も限られていたんですが、その後の活躍で年収が上がって、当時積み立てたNISA商品が大きな利益を出すようになりました。その選手は、年俸が増えるたびに相談にきてくださり、今は億の単位のお付き合いになっています」
「資産運用は、1年や半年の勝負でやってしまうとリスクがあります。金融は統計学なので、長期間でやると、確率論的にかなり高い確率で勝てると、理論的に言えるんですね。
それと、サッカー選手は海外移籍する方が多いんです。日本の金融機関を使っていると海外に移住したら口座を閉じないといけないところが、少なくありません。そこで、資産管理会社を作って運用することをおすすめしています。例えば、代表をお父様とお母様にしておくことで、選手本人が海外に行ったとしても、運用を継続する体制を作ることができます」
■アスリートの「お金の話」は表に出にくい
Japan Asset Managementは、単に儲かるから「アスリートを顧客リストに加えた」のではない。堀江代表は、アイスホッケープロリーグの横浜GRITSの共同出資者の1人でもあるのだ。
「大学時代のアイスホッケー部の先輩に『関東にアイスホッケーチームを作らないか』と声をかけられました。2019年にチームを創設して、翌年6月、アイスホッケーアジアリーグに加盟しました。彼らの資産運用も担当しています。
といっても選手の年俸は平均すれば200万~300万円くらいです。でも顧客の預入金額の下限はありませんから喜んでお受けしていますし、アドバイスもしています。私はアスリートに対しては、リスペクトの気持ちがありますので」
この会社では、野球、サッカー、アイスホッケーなどの体育会出身の社員がたくさん在籍している。彼らはアスリート特有のライフスタイルや、悩み、問題もよくわかっていて、選手に寄り添うことができる。
ただ、アスリートの「お金の話」では、実名はなかなか挙げにくい。今は、そうした報道が犯罪に結びつく可能性がある。それにイメージ的にも「財テク」と「アスリート」は、水と油のような印象がある。球団やクラブもこの手の話は表に出したくない。
一方で、若くしてビッグマネーを得たアスリートたちの人生は、リスクがいっぱいだ。これまで多くの選手が、豪遊をするなどして短期間で資産を失ってきた。選手の寿命は短いから、気が付けば戦力外になって社会に放り出される。
ある独立リーグ球団の社長は「NPB出身の元選手に監督になってもらうことにして『じゃ、何月何日に来てください』と言うんですが、彼らの多くは自分で航空券やホテルを予約したことがない。『どうすればいいんですか?』と聞かれるけど、これからのことを考えれば、助けるのは彼らのためにならないから『自分でやってください』と突き放すんだ」と語った。
Japan Asset Managementで資産形成をするのは、世間知らずの選手たちに「社会とは、マネーとはこうなっている」と学びの機会を与えることでもあるのだ。
■アメリカでのアスリートの資産運用は?
日本では、アスリートの資産運用は、まだあまり浸透していない印象だが、アメリカではそうではない。あるとき、田中大貴氏は東京で、日本人メジャーリーガーと食事をしたが、このときには初対面の女性が同席していたという。
「奥さんではないし、マネージャーさんでもないみたい。でも、信頼されているようで。あとで聞いたら、彼の個人的なバンカーだっていうんですよ。資産運用をすべて任されているんだそうです。メジャーリーガーは扱うお金の桁が違います。個々の選手でも、そういう信頼できる人を傍らに置いておくんだなあ、と感心しました」
堀江代表が、アスリートにこだわって資産運用をすることの意義、目的は何なのだろう?
「アスリートの顧客から、どれだけ収益が上がるということよりも、社会貢献という気持ちが大きいですね。スポーツ選手のセカンドキャリアに貢献したい。
それから、リクルーティングです。弊社は新卒採用がメインで、社員のほとんどが体育会出身ですので、アスリートの資産運用で、これだけ実績をあげている、という話はすごく響くんですね。
それに、既存の富裕層の顧客の方々も、そういう話に興味を持ってくださいます。時にはスポンサー探しをしている選手と弊社の顧客の方をおつなぎすることもあります。相乗効果が大きいんですね」
■アスリートのリタイア後を支える仕組みづくり
オフになると、有名な元アスリートが尾羽打ち枯らして困窮したり、健康を損ねて逼塞するような話をしばしば耳にする。
若くして才能に恵まれ、自らの未来を信じて努力を重ねてきたアスリートの末路が、こんなふうでは、幻滅するし、若者もスポーツの道に進もうとは思わないだろう。
アスリートが自らの才能と努力に見合った果実を、リタイアしてからも受け取ることができる「仕組みづくり」に今後も期待したい。
広尾 晃 :ライター
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