( 246854 )  2025/01/09 18:08:20  
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マイナ保険証を巡る論争について、現在の混乱状態と、マイナンバーカードと健康保険証の統合による不正利用対策が必要だとの主張が続いています。

一方で、立憲民主党は、現行の健康保険証を維持しながらシステムの総点検を主張しています。

現行の問題点やトラブルはサービス立ち上げ時のものであり、地方自治体や医療機関などが対応策を練り、利便性向上などの取り組みを進めることが必要とされています。

(要約)

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マイナ論争はどう見れば良いのか?(写真:吉原秀樹/アフロ) 

 

 いよいよ、マイナ保険証による健康保険証の新規発行停止が2024年12月2日に始まった。これに対し、世の中の言論は混乱状態である。立憲民主党は、2024年11月12日に保険証廃止延期法案を衆議院に提出した。本法案は、マイナンバーカードと健康保険証の統合を受け、「健康保険証の廃止を期限を決めず延期せよ」という内容である。マイナ保険証に一本化するまでの経過措置についての議論も混乱し、収れんする見込みがない。本記事では、“この不毛なマイナ保険証論争”を整理しつつ、この問題の対応策を検討する。 

 

 そもそも、今回の議論に登場する「健康保険証」とはどのようなものなのか、あらためて説明したい。 

 

 保険資格というのは、医療保険者(健康保険組合、全国健康保険協会、国保の市町村区、共済組合等)で管理されており、民間企業であれば被用者を管理している企業経由で、国民健康保険であれば市区町村経由で、それぞれの医療保険者に有資格者として登録される。保険料は社会保険料や国民健康保険料として、もれなく徴収される国民皆保険という素晴らしい制度である。 

 

 消費財に例えるならば、健康保険証は、医療という商品を7割引き(高齢者は最大9割引き)で購入できるゴールド会員証である。おまけに月々の購入額が8万100円(注1)を超えると、高額医療費制度によるキャッシュバックも受けられる。つまり、買えば買うほど購入者に現金が還元されるという世にも希な会員証である。 

 

 

注1:所得によって異なり、住民税非課税世帯なら上限がわずか3万5,400円/月となる。 

 

 この、すばらしいゴールド会員証を、他人に貸したり、偽造して他人に売ったりしたらどうなるであろうか。 

 

 もちろん、なりすまし受診をした借り手は7割引きの恩恵を受けられるから大喜び。さらに、保険薬局でゲットした医薬品や湿布薬を転売すれば、転売利益が懐に入る。貸した方も、借り手が沢山使ってくれるほど、月々のキャッシュバックで逆にお金が入ってくる仕組みである。 

 

 さらに、マイナ保険証と同等の効果を有する資格証明書や紙の保険証の2枚持ちを許すとどうなるか。2枚目を他人に売ったり貸したりが、保険証を偽造せずとも簡単にできるようになる訳である。これだけのインセンティブがあれば不正利用をする人が一定数存在してもおかしくない。 

 

 社会サービスのデジタル化によって利便性と効率性を高めると同時に、犯罪を抑止するための社会基盤を構築することも必要である。これに必要な要素が、本人確認の厳正化と、デジタルサービスの犯罪耐性を高めることである。 

 

 保険証は、健康保険適用という金銭的実利が伴うものであるから、厳正なものでなくてはならない。不正利用が拡大したら国民皆保険制度そのものが成り立たなくなる。 

 

 ゆえに、筆者は、マイナンバーカード(正確には、公的個人認証による本人確認)と健康保険証の一体化によって不正利用を防止する社会基盤を構築するのは当然だと考える。さらに先に控える運転免許証の一本化は、本人確認書類としてひんぱんに使われる運転免許証の偽造犯罪を減らすために必須だ。 

 

 

 一方、冒頭に述べたように立憲民主党は、2024年11月12日に保険証廃止延期法案を衆議院に提出している。 

 

 立憲民主党は、「マイナンバーをめぐるトラブルが続出する中、政府はマイナンバー法改正案の成立を強行し、今の健康保険証を来年秋に廃止し、一気にマイナンバーカードに一本化しようとしています。立憲民主党は、今の健康保険証も使用可能にしておくべきと訴えています」としつつ、「国民の不安払しょくのために、(1)健康保険証の廃止を延期、今の健康保険証を存続、(2)徹底的なシステムの総点検」を主張している(注2)。 

 

 

注2:マイナ保険証問題.立憲民主党HP,https://cdp-japan.jp/feature/maina-health-insurance-card_problem 

 

 法案では、発行停止の期日は、「マイナ保険証」への移行が安全に行われる環境が確実に整ったかどうかなどを勘案し、別途、定めるとしている。つまり、期限を決めずに紙の保険証発行を継続するという法案だ。 

 

 筆者としては、これは逆にマイナ保険証への移行を遅らせるだけであり、前述の2枚持ちを拡大させる結果を生むと考えている。 

 

 災害時こそ、避難先で被災者の過去の病歴や投薬履歴を瞬時に確認できるマイナ保険証の有効性が医療現場で発揮されるし、高額医療費の上限が自動的に計算されるので、お金が無くて診療が受けられないというリスクも減る。低い確率で発生する顔認証トラブルなどを理由にするならば、デジタル化を根本的に否定するのと同じだ。紙とFAXの世界を続けようということだ。 

 

 国民の“不安”を問題視するならば、その不安の原因を分解し、原因の解決に時間をかけることが合理的であるか否かを説明しなければならないと考える。 

 

 マイナカードについては、複数のインシデントがセンセーショナルにメディアで取り上げられ、これが不安を煽る形になってしまっているように思える。それらを振り返ってみよう。 

 

 まず、公的給付を受け取る銀行口座登録で、他人のマイナンバーに紐付けてしまうミスが発生した(デジタル庁が2023年5月23日に発表)。これは市役所の窓口端末におけるマイナポータルに対するログアウト/ログインのオペレーション不徹底のミスである。 

 

 そもそも、マイナポータルのログイン後画面は、ログイン者が“わたし”としか表示されないので、たしかにオペミスが発生しやすい。だが、その点を除けば、システムの欠陥でも技術的な脆弱性でも無いのだが、そんなことは普通の人には分からない。情報の取り扱いは自己責任というのがマイナカードを利用したシステムの本質だ。 

 

 マイナンバーと銀行口座の紐づけ作業は、市民が自己責任で行うべきことであり、市役所の窓口の人にお願いするのが筋違いなのだ、ということは普通の人には分からない。 

 

 そのほか、コンビニ端末で、マイナカードで他人の証明書が印刷されてしまうという事故が、2023年3月30日から2024年4月4日にかけ横浜市や高松市で発生した。これは富士通子会社のシステム設計の瑕疵(かし)であり、なんと最初の事故から約1年後にも再発したという品質の悪さには呆れるものの、印刷サービスという周辺システムの問題であり、マイナポータルのデータベースそのものが紐づけ間違いを起こしている訳ではない。 

 

 だが、そんなことは普通の人には分からない(なお、公共サービスデジタル化のお寒い状況は、筆者の過去記事「Web3×金融ビジネス」は日本で成立する?」にも記載したので参照されたい)。 

 

 また、偽造マイナカードで、勝手に機種変更され、携帯電話を乗っ取られる被害が、2024年4月頃から複数件発生している。これは携帯電話ショップで、マイナカードのICチップを読み取らず、券面の目視のみで手続きをしたことが原因であり、マイナカードのICチップの堅牢性になんら問題はない。 

 

 だが、そんなことは普通の人には分からない。マイナカードの偽造も簡単にできるという印象のみが拡散された。それを言うなら運転免許証の偽造はもっと多い。 

 

 前述のように情報を紐づけるのは、国でも自治体でもなく国民自身の自己責任であり、紐づけたところで、他者や国家が辿れる訳でもない。しかし、テレビのワイドショーなどで「個人情報が紐付けされている、国が情報を集めている」といった印象を与える意見があれば、それを信じてしまう人もいるだろう。 

 

 要するに、これらの問題は、マイナ保険証導入時の初期トラブルか、暫定的な経過措置に関わる地方自治体業務の初期トラブルが原因にあるのだ。被保険者のほぼ全員がマイナ保険証に移行して、そのオペレーションに慣れれば、すべて解決するような性質の問題である。 

 

 にもかかわらず、筆者の目には、トラブルの事象を誇張したり、医者の廃業をマイナ保険証絡みに見せたりして、マイナ保険証そのものを止めた方が良いという、幹と枝葉をすり替える論法が繰り返されているように映る。 

 

 

 それでは、どうすれば良いのか。まず、圧倒的な利便性を付与して、「マイナカードを使っていないなんて、なんて時代遅れの人間なんだ」と思う層をマジョリティにする策が必要だ。 

 

 マイナカードを利用すると利便性が向上するようなサービスを開発することを公共サービスや民間サービス業者に義務付ける(努力義務でも良い)法案を作ることだ。これに、国がしっかりと開発補助金予算をつけ、ディベロッパーが集まってくるようにすることも必要だ。 

 

 保持を強制するのではなく、保持していることによる利便性の創出をサービス事業者側に義務付けるのである。これならば反対派の人達も文句は言えまい。実際に、このサービスを使うか否かは国民の判断だからであり、強制はしていないからである。 

 

 すでに、「マイナカードとスマホがあれば、〇〇が簡単にできる」というサービスは生まれている。これを促進するのである。転居手続きとか、サービス利用開始時のアカウント開設とか、古めかしい印鑑証明書が必要となる手続きなど、民間部門や公共部門にアイデアを出させれば沢山出てくるだろう。来春には、物理的なマイナカードを持ち歩く必要はなくなり、スマホ1台で済むようになる。カードを紛失するのが怖いから反対と騒いでいる人たちは、文句を言えなくなるだろう。 

 

 公共サービスの本命はマイナカードによる電子投票なのだが、残念ながら今の政治体制で、選挙の仕組みに手を出して自分の首に鈴をつけようという政党は当分出てこないだろう。 

 

 2番目の策は、アンチクライム機能の実装を、健康保険組合に義務付けることだ。そして、健康保険証の貸し借りや売買などの不正行為(の疑い)を検出するシステム開発に国が予算をつけて支援することである。多くの健康保険組合が赤字転落している状況において不正利用額を減らすことは健康保険組合にとってもメリットがあるはずだ。 

 

 そして、個人情報は徹底して匿名化をしつつ、マイナ保険証vs資格確認書別に統計数値を公表し続けることである。不正利用が多い医療機関は公表すべきだろう。 

 

 クレジット業界でも毎年、日本クレジット協会が不正利用の比率を公表している(日本クレジット協会)。さらには、不正利用の検知スピードを速めるために、グレー取引の即時情報共有の仕組みも立ち上げる予定だ。民間の努力に比して、健康保険サービスシステムだけが例外であって良い訳がない。繰り返すが、健康保険証は世にも珍しいゴールド会員証なのだ。 

 

 不正利用に関しては既に研究事例が存在する。千葉大学の里村教授(平成15年)によって保険証認証システムの有効性も確認されている。しかし「不正請求が年間600万件、その処理のための費用は1,000億円を超える」というデータに裏付けがあるのか無いのか、水掛け論が続いているのだ。これに終止符を打つ意味もある。 

 

 

 たとえば、2024年11月21日の厚生労働省の発表をTBSが報じると、「マイナ保険証の利用率は今年10月時点で15%ほどに留まっている」という記事になる。しかし、厚労省資料中のグラフを素直に読むと「マイナ保険証の利用率は昨年12月時点の4.29%から今年10月時点の15.67%へ3倍も急伸している」ということが分かる。これを報じない状況を、筆者はメディアが印象操作をしているように感じる。 

 

 そうした中で、主戦場をネットに移し、右(政権与党)か左(反対野党)かではなく、マイナカードを中立的な立場で冷静に理解する第3の勢力を増やせば良いのである。「あれ?なんか、どっちが言ってることも怪しいなぁ、本当はこっちが正論なんじゃない?」というまっとう言論がネットで広がる努力をすれば良いのだ。Youtubeの厚生労働省公式チャネルにあるビデオは、お役所資料の棒読みで発信力が弱すぎる。もっと一般人にとって分かり易いものに作り直せるはずだ。 

 

 

 サービスの普及初期にトラブルはつきものである。それでも社会基盤として必要性のあるものは、いずれは普及するのだ。今、為すべきことは、初期トラブルを速やかに解決し、暫定的経過措置の対象者を極力少なくする方向で、地方自治体や医療機関など関係者全員が力を注ぐことである。 

 

〔参考文献〕 

 

・生活保護医療費 地域ごとに分析, 2024年10月22日, 日本経済新聞 

ミニ解説:本記事によれば、生活保護受給者が22年度に同じ診療科を月15回以上受信した受給者は1万人を超えるという。また20年度に向精神薬が不適切に重複して処方された受給者は約3,500人に上ったという。なお、生活保護受給者は健康保険制度の対象外であり、全額医療扶助される。全国の生活保護被保護者数は約200万人である。 

・「日本で起きる「金融関連の犯罪」徹底解説」,2024年7月30日, FinTech Journal, 筆者 

・マイナ保険証の利用促進等について, 2024年11月21日,厚生労働省 社会保障審議会(医療保険部会)資料,https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001323478.pdf 

ミニ解説:pdf資料の1頁目のグラフにマイナ保険証利用率のグラフがある。これを素直な目で見ると、どのような印象を持つであろうか? 

・「マイナ保険証」利用率は約15% 厚労省が公表 健康保険証の新規発行停止が12月2日に迫る, 2024年11月21日, TBS NEWS DIG 

・立憲民主党, 特集 マイナ保険証問題,https://cdp-japan.jp/feature/maina-health-insurance-card_problem 

ミニ解説:「今の健康保険証を守ります」がスローガンになので、暫定的な廃止の延期ではなく、未来永劫、現状を維持継続することが党是になっていることが分かる。 

・マイナンバー ―民主党政権下で作った行政コスト削減の画期的法案, 2013.4.26, 岡田かつや,https://www.katsuya.net/topics/article-2767.html 

ミニ解説:個人番号(マイナンバー)制度関連法案は民主党政権時の内閣で作られたものであることが述べられている。マイナンバーとマイナカードは別物であるが、当時からプライバシーの保護を重点的に検討してきた。 

・健康保険の不正使用を許さぬ仕組みに, 2018年12月13日, 日本経済新聞 

・保険証認証のためのデータ交換基準に関する研究, 里村洋一(千葉大学)他, 平成15年, 厚生労働科学研究成果データベース,https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/8787 

・全国保険医団体連合会,https://www.youtube.com/watch?v=cAZVUZUx-1o 

ミニ解説:マイナ保険証反対のビデオを多数アップしている全国保険医団体連合会は、共産党系の団体である。反原発、集団的自衛権行使反対など、医療とは全く関係のない政治的な主張もしている任意団体。 

・現行保険証〝不正利用の手口〟資格確認証で混乱に拍車, 2023年8月10日, 夕刊フジ,https://www.zakzak.co.jp/article/20230810-DFZBELGY3BOWPOPHBPUCWT6KLQ/ 

 

執筆:サイバー大学 取締役 教授 福泉 武史 

 

 

 
 

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