( 247719 ) 2025/01/11 15:00:27 1 00 インフレ下では、所得税が物価や賃金の伸びを上回るペースで増加する現象「ブラケット・クリープ」が起こりやすくなり、隠れた増税とされています。
国民民主党の103万円の壁撤廃案に対する批判や議論が進んでいますが、インフレ調整やブラケット・クリープ対策など税制改正の重要性が強調されています。 |
( 247721 ) 2025/01/11 15:00:27 0 00 インフレ下で生じる、物価や賃金の伸びを上回るペースで所得税が増加しやすくなる現象「ブラケット・クリープ」。ブラケット・クリープ下では、賃上げよりも所得税の伸びが大きくなるため「隠れた増税」ともいわれている
「103万円の壁」撤廃を巡る議論が熱い。主役は国民民主党だが、減税分の財源を明確にしていないことで同党への批判も高まっている。国民の理解を得るためにも、しっかりとした財源を示すべき時期にきているといえるだろう。
財源の最有力候補は、「外国為替資金特別会計」、通称「外為特会」だ。円安により、1年間で約6兆円の評価益(=含み益)が発生し、総額は30兆円を超えている。本来、円安での物価上昇に苦しむ国民に還元するべきだが、未だ温存されている。なぜ、還元されないのか? そもそも「外為特会の含み益」とは? 専門家に聞く。
国民民主党(以下、国民民主)の主張する「103万円の壁」撤廃に対する批判が強い。そのほとんどが、減税分の財源を示していないことを「無責任」と断ずるものだ。国民民主の主張である所得税の控除額を178万円に引き上げると、政府・自民党は、国と地方の税収が7.6兆円減少すると試算しているが、「財源は政府・与党が責任を持って考えて欲しい」という国民民主幹部の発言がクローズアップされたことで、無責任批判がずっとついて回ることとなった。
その結果、新聞やテレビがこの問題を取りあげる際には、「減収分の穴を埋めるため、結局は増税される」「地方自治体の行政サービスが低下し、生活レベルが下がる」といった意見が目立つようになった(「ごみの収集が止まる」といったテレビのコメンテーターもいた)。そして、「選挙のための人気取りの政策」という結論で締めくくられる、というのがパターンとなっている。
国民民主の玉木雄一郎代表(不倫問題で3ヵ月の役職停止中)の説明をきちんと聞けば、財源で批判するのは的外れであることがわかる。今回の「103万円の壁」撤廃は、減税というよりも、取り過ぎている税金を還付する「所得税のインフレ調整」が主眼だからだ。
ここ数年、日本の税収は増え続けており、一般会計の税収は’20年度から’23年度まで4年連続で過去最高を更新中である。税収増の主因は経済成長と物価の上昇だ。特にインフレ下では、物価や賃金の伸びを上回るペースで所得税が増加しやすく、この現象は「ブラケット・クリープ」と呼ばれている。そして、ブラケット・クリープ下では、賃上げよりも所得税の伸びが大きくなるため「隠れた増税」といわれてもいる。
【グラフ・「日本の一般会計税収の推移」】日本の税収は’20年度から5年連続で過去最高を更新(’24年度は見込み)。’25年度も過去最高となる80兆円を超える可能性が高い(財務省ホームページの資料より編集部作成)
ブラケット・クリープを放置すると、物価が上がるだけで、所得上昇の恩恵が家計に行き渡らず、日銀がいう「賃金と物価の好循環」が断ち切れてしまう可能性がある。それを予防するには、〝取り過ぎている″所得税を家計に戻すために課税最低限を引き上げるべき、というのが国民民主党の主張である。あえていうならば、減税の財源は税収として既に存在していることになる。
ブラケット・クリープを解消するために、所得税の課税最低限や税率の適用区分をインフレに応じて柔軟に見直す「インフレ調整」は常識的な政策だ。ここ数年、世界的にもインフレ傾向が強いことから、最近もドイツやフランスはすでに実施しており、アメリカでは毎年見直すのが慣例となっている。
日本では、1995年を最後にインフレ調整は行われていないが、’23年あたりから、エコノミストを中心に、ブラケット・クリープへの対応が必要であるという主張が散見されるようになった。つまり、「103万円の壁」撤廃は、そうした流れの中で出てきた、至極真っ当な政策なのである。
◆2~3月の国会が「税制改正」の正念場
こうした主張は、ワイドショーなどではまったく取り上げられることがない。小難しい理屈を並べるよりも、「財源を示さないのは公党として無責任だ!」と批判する方が視聴者にはアピールしやすいし、残念ながら説得力がある。その結果、現在の日本とはまったく異なる経済状況にある、財政破綻したギリシャを引き合いに出して、「ごみの収集が止まる」などといったメチャクチャな解説が出てくる始末だ。
こうした状況は看過できない。おそらく、国民民主は今年1月24日からスタートする通常国会で令和7年度の税制改革法案を提出する見込みで、国会での論戦が行われるだろう。「所得税の控除額を123万円に引き上げる」というのは、あくまで自民・公明両党による与党案であって、国会で決まったわけではない。世論の後押しで、国民民主の案に近い形での税制改正がなされる余地はある。7月には参議院選挙があり、世論の動向は与党も無視できないと考えられるからだ。
ただ、世論を味方につけるためには、前述したような正論だけでは難しい。この点は、玉木代表も配慮しているようで、自身が出演した番組では、財源として「税収の上振れ分」「税外収入」「経費の削減」を挙げるようになった。しかし、「税収の上振れ分は恒久的な財源にはならない」という批判などで、旗色は悪い。オールドメディアでは、インフレ調整の説明まで、なかなか到達できないからだ。
また、ネット番組では、「財源として国債発行もあり得る」という主旨の発言をしているが、これも悪手だろう。「ますます財政が悪化する」「結局は借金頼みか」という批判を生みやすいからだ。
ここで断っておくと、国債発行は理に適っている。ブラケット・クリープに加えて、法人税や消費税の増収で、財政状況は大幅に改善しつつあるからだ。政府の’25年度の予算案をみても、新規の国債発行額は28.6兆円程度となる見込みで、17年ぶりに30兆円を下回る低水準。当初予算ベースでは4年連続で前年を下回っている。国債発行の余地は十分にある(そもそも国債が国の借金というのが間違った認識なのだが、ここでは問題にしない)。
では、財源がないのかというと、そうではない。「外国為替資金特別会計」(以下、外為特会)が最有力だろう。為替相場を安定させるため、相場急変時に為替介入する場合の〝軍資金″のような存在で、莫大な資金が滞留しているのだ。’22年3月末時点では、なんと総額約158兆円ある。
実は、玉木代表のいう「税外収入」は、外為特会の「運用益」のことだ。外為特会には毎年巨額の剰余金(=運用益)が発生している。財務省の『特別会計ガイドブック(令和5年版)』によると、’22年度決算では約3.5兆円に上った。しかし、そのうち約2.8兆円は’23年度の一般会計に繰り入れられ、1.2兆円が防衛費に使われ、約5000億円が国債整理基金特別会計に繰り入れられた。それでもまだ余っており、毎年余っているので財源としたわけだが、正直、国民の理解を得るには〝弱い″印象は否めない。
◆30兆円を超える「外為特会」の「含み益」
そこで、注目したいのは「含み益」だ。外為特会のバランスシート上では「資産・負債差額」として’22年3月末時点で約30兆円が計上されている。’21年3月末からの1年間で約6兆円増加しており、現在の為替レートを勘案すれば、少なくとも35兆円は超えているとみられる。これは丸ごと財源として使えるものだ。
これに対しては、反論がある。おもに、「実質的にドル売り円買いの為替介入になるので米国が許さない」というもので、鈴木財務大臣も同様の発言をしている。外為特会の資産のほとんどは米国債。含み益は、米国債の購入時よりも為替レートが円安になっていることで発生し、実現益にするには、米国債を売却してドルを円に換える必要がある。それが為替介入そのものだ、というロジックである。しかし、これにはいくつか疑問がある。
たしかに、バイデン政権からは、日本の為替介入を牽制する発言が聞かれた。だが、トランプ次期大統領は、一貫して円安への懸念を表明している(’24年4月には約34年ぶりの円安を受けて、SNSに「アメリカにとって大惨事」と投稿)。円安誘導の為替介入は許さないだろうが、円高方向へのドルを円に換える〝円転″なら理解は得やすいだろう。
また、一度に7兆~8兆円の円転をすることはない。少しずつ米国債を売却して、毎月6000億~7000億円ずつ実現益を出すようにすれば、ほとんど為替相場には影響は出ないはずだ。
さらに、「米国債の売却自体、米政府の了解を得られない」という反論も予想される。その場合にも手はある。外為特会が、別の特別会計である財政投融資特別会計に、いったん米国債を時価で売却し、その後、時価で財政投融資特別会計から買い戻せば、外為特会のバランスシート上では含み益が実現益となる。これなら、金融市場で米国債を売らなくてすむ。特別会計間での資金のやり取りは、毎年、何十兆円も行われているので、トリッキーな手法ではまったくない。
なお、外為特会のバランスシートでは、含み益が減り、時価ベースの米国債が計上されることになるが、満期まで米国債を持ち続けるので、最終的には損失は発生しない(満期になるまでの中途で評価損が出る可能性はあるが、それは他の米国債も同様)。
あくまでも含み益なだけに、「恒久的な財源にはならない」という反論もあろう。だが、今回のインフレ調整に関しては、恒久的な財源でなくてもよい可能性が高い。第一生命経済研究所の永濱利廣氏は、内閣府の『中長期の経済財政に関する試算』を用いると、実質で1%を安定的に上回る成長が確保される「成長移行ケース」では、「GDPデフレーターが+0.6~0.7%で推移すれば7.6兆円の財源捻出は可能」としている。
「実質1%を上回る成長」および「GDPデフレーター+0.6~0.7%」は大したハードルではない。つまり、目先の2~3年間財源を手当てすれば、減税を継続できる可能性が高いといえる。そもそも、政府の「税収減7.6兆円」という試算には、減税による消費拡大や労働供給の増加による経済成長がもたらす税収の増加は考慮されていない。税収の減少額はもっと少なくなるはずだ。
よく、「減税をしてもほとんどが貯蓄に回る」という主張が散見されるが、それは、「特別定額給付金」などの一時的な「バラマキ」に限った話だと考えられる。所得税の控除の引き上げによる可処分所得の増加は恒常的なものであり、ほとんどが消費に回る可能性が高い。
厚生労働省の『令和6年版労働経済の分析』によると、恒常的な可処分所得が消費に回る割合を示す平均消費性向は86%(’23年)。つまり、9割近くが消費に回る。個人消費の増加はGDPを大きく押し上げるだろう。
細かいことをあげつらえば、国民民主の案にも不備はある。また、所得税の控除見直しをしても、社会保障制度の「壁」があるから抜本的解決にならないetc.、さまざまな批判は残る。だが、まずは最優先課題を解決して、不具合が発生すれば修正すればいいだけの話だ。
前述の内閣府の資料にも記されているように、「我が国経済は、現在、デフレから完全に脱却し、成長型の経済を実現させる千載一遇の歴史的チャンスを迎えている。」外為特会の含み益は、デフレと引き換えに国民が得た、数少ない副産物だ。それを今使わずして、いつ使うというのだろう。
取材・文:松岡賢治 マネーライター、ファイナンシャルプランナー/証券会社のマーケットアナリストを経て、1996年に独立。ビジネス誌や経済誌を中心に金融、資産運用の記事を執筆。著書に『ロボアドバイザー投資1年目の教科書』『豊富な図解でよくわかる! キャッシュレス決済で絶対得する本 』。
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