( 248321 ) 2025/01/12 17:30:09 0 00 五井駅に停車中の小湊鉄道キハ40形。全席指定の観光急行にも使用される。なお、上総牛久~上総中野間については、市原市は支援が要請を受けて存続と廃止の費用を比較検討することなどを通して支援の可否を決める方針である。2024年12月14日撮影(画像:大塚良治)
2024年11月27日、JR東日本は久留里線久留里~上総亀山間の廃止を発表した。国鉄分割民営化後、人口減少やモータリゼーション、道路網の拡大が進むなかで、輸送密度(1日1kmあたりの平均人数)の低いJR線を取り巻く状況は厳しさを増している。
本稿では、JR線だけでなく、私鉄線も含めたいわゆる「ローカル鉄道」の現状を広く共有し、鉄道網の未来像を描くためのきっかけを提供したい。
まず、日本国有鉄道経営再建促進特別措置法(国鉄再建特措法)の規定と、JR発足後のJR各社や制度の動向について見ていく。JR線だけでなく、私鉄線の存廃議論でも国鉄再建特措法の規定が判断基準のひとつとなる。
国鉄再建特措法は、次の除外基準を満たす路線を除き、1日輸送密度4000人未満の路線を特定地方交通線に指定し、原則バス転換することとした(第8条第2項および同施行令第3条)。
1.1つの方向に係る1時間当たり最大輸送人員1000人以上 2.代替輸送道路の整備が明らかでないもの 3.1年度当たりの積雪日数10日超 4.平均乗車距離30キロメートル超かつ当該区間における輸送密度1000人以上
国鉄再建特措法で特定地方交通線に指定された路線はいずれもJR発足前後に、路線バスまたは第三セクター鉄道へ転換され、原則として、JR各社には「維持可能な路線」が移管されたはずであったが、JRに引き継がれた路線のなかでも、特に地方圏の線区は輸送需要の減少に直面し、一部では廃線も発生するようになった。
富山県ではJRの不採算路線の改善に向けて、JRと行政の協議が進む。城端線高岡駅で2024年1月27日撮影(画像:大塚良治)
2016(平成28)年11月18日、経営難が続くJR北海道が「当社単独では維持することが困難な線区」を含む全線区の経営情報を公表した。1日輸送密度2000人未満の線区(以下、維持困難線区)について、鉄道を持続的に運営するための方策や、地域にとってより効率的で利便性の高い交通サービスのあり方について、地域と協議を行う意向を示した。
2019年3月22日には、JR四国が全線区の経営情報を公表。さらに、2020年代に入りコロナ禍による鉄道輸送需要の大幅な減少が、
・JR九州:2020年5月27日公表 ・JR西日本:2022年4月11日公表 ・JR東日本:同年7月28日公表
を維持困難線区の経営情報の公開へと追い込んだ。
2022年7月25日、国土交通省が公表した『地域の将来と利用者の視点に立ったローカル鉄道の在り方に関する提言~地域戦略の中でどう活かし、どう刷新するか~』(以下、提言)は、「1日輸送密度1000人未満」などの条件を満たす「危機的な状況に置かれているローカル鉄道」について、
「国の主体的な関与により、都道府県を含む沿線自治体、鉄道事業者等の関係者からなる特定線区再構築協議会(仮称)を設置し、『廃止ありき』『存続ありき』といった前提を置かずに協議する枠組みを創設することが適当である」
と記した。さらに提言では、協議開始から3年以内に「地域公共交通の再構築」、すなわち鉄道の存廃に関する結論を出すことを求めている。
上総中野駅で並ぶいすみ鉄道キハ20(左)と小湊鉄道のキハ200形。2017年11月23日撮影(画像:大塚良治)
2023年10月1日施行の「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律等の一部を改正する法律」(令和5年4月28日法律第18号)(以下、改正法)では、以下の条件を満たす鉄道路線について、自治体や鉄道事業者が国土交通大臣にローカル鉄道のあり方を協議する「再構築協議会」の設置を要請できるようになった(第29条の3)。
・2以上の都道府県の区域にわたるものまたは1つの都道府県の区域内にのみ存する路線で他の路線と接続して2以上の都道府県の区域にわたる鉄道網を形成するものの全部又は一部の区間 ・輸送需要の減少その他の事由により大量輸送機関としての鉄道の特性を生かした地域旅客運送サービスの持続可能な提供が困難な状況にある区間(本稿では以下、該当区間と呼ぶ)
提言の内容の核心部分は、この改正法にほぼそのまま取り入れられている。
同年6月30日、国土交通省が公表した『最終とりまとめ~地域公共交通の「リ・デザイン」の実現に向けた新たな制度的枠組み等に関する基本的な考え方~』では、
「地域の多様な関係者の共創(連携・協働)を強化し、地域公共交通をリ・デザインすることが必要である」
と記されている。
また、改正法の施行に先立ち、同年8月31日には「地域公共交通の活性化及び再生の促進に関する基本方針」(令和5年総務省告示・国土交通省告示第2号)(以下、基本方針)が公表された。この基本方針では、再構築協議会での協議開始後3年以内を目安に、地方公共団体と鉄道事業者が合意の上、再構築方針を作成すべきであること(四1(6))、そして、該当区間の判断基準としては、旧国鉄再建特措法に規定する輸送密度4000人未満の区間であるか否かが目安となる旨が明記された(三1(5)および四1(1)②)。
再構築協議会の第1号として、岡山県と広島県を結ぶ芸備線が選ばれ、協議が開始された。
千葉県鉄道路線図。県ウェブサイトより引用(画像:千葉県)
筆者(大塚良治、経営学者)は、久留里線の一部区間廃止表明を受けて、千葉県内の輸送密度が低い鉄道路線を中心に巡り、データの収集と整理を進めた。その調査を通じて、鉄道活性化を阻む深い社会構造が浮かび上がってきた。
12月のある土曜日、小湊鉄道線五井駅から、2両つなぎの上総中野行き普通列車に乗った。五井駅を出発する時点で乗車していたのは約60人だった。途中の里見駅では長時間の停車を利用して物販が行われており、駅本屋は国の登録有形文化財に指定されている。また、次に訪れた養老渓谷駅も駅本屋が同じく登録有形文化財に指定され、足湯が併設されている。
小湊鉄道は、その社名のとおり創業当初、小湊(現在の鴨川市の一部)への延伸を構想していた。日蓮の生誕地に建つ誕生寺への参詣客を輸送する狙いがあった(鹿島ウェブサイト)。
しかし、1928(昭和3)年5月16日に上総中野までの延伸でストップ。その後、1934年8月26日に国鉄木原線が同駅まで延伸し、小湊鉄道線と接続したことで房総半島の横断が可能となった。
2004年には「房総横断鉄道活性化プログラム推進委員会」が設立され、いすみ鉄道いすみ線(1987年4月1日に国鉄木原線からJR東日本木原線へ変更され、1988年3月24日にいすみ鉄道へ経営移管)と小湊鉄道線を合わせて「房総横断鉄道」としてブランド化が図られた。
現在、小湊鉄道線では観光急行、房総里山トロッコが有料列車として運行され、観光客の誘致と収入確保が図られている。しかし、2021年度の1日輸送密度は1000人未満である。一方、いすみ鉄道線は2024年10月4日の脱線事故以降、全線が不通となっている。
千葉県市原市が2024年6月27日に公表した『小湊鐵道線の今後のあり方に関する検討について(中間報告) 』では、2018年度以前には年間運輸収入と運輸雑収入が営業費を上回り黒字となった年度もあったが、
・2019年度以降は赤字が続いている ・上総牛久以南は鉄道の存廃を判断する必要がある
ことも記されている。
千葉県内鉄道線区データ一覧(画像:大塚良治)
小湊鉄道線の乗車記に話を戻そう。養老渓谷駅を出発し、夜は「森のイルミネーション2024」のイベント会場・市原市市民の森(いちはらクオードの森)に向かった。
会場の最寄り駅である月崎駅から徒歩で向かう途中、駐車待ちの長い車列に出くわした。このイベントでは入場料と駐車料が無料になっており、自動車利用者には大きなメリットがある一方で、鉄道利用の促進にはつながっていない。
こうしたイベントは本来、鉄道利用を増やす絶好のチャンスだ。車での来場者を減らせば、駐車待ちの車列や交通事故のリスクを減らすことにもつながるだろう。たとえば、小湊鉄道線のきっぷを持つ来場者にノベルティを配布するなど、鉄道利用を促進する施策が求められる。また、主催者である行政には、小湊鉄道線を利用しての来場をPRする取り組みを強化してほしいところだ。
他にも活性化が急務な路線は他にも多く存在する。千葉県内では、実に4分の1を超える線区が1日輸送密度4000人未満という状況にある(表を参照)。
民間の有識者グループ「人口戦略会議」は、全国の自治体の4割が「消滅可能性自治体」に該当すると分析しているが、輸送密度が低い鉄道路線も同様に「消滅可能性路線(線区)」に陥る危険性がある。ただし、貨物輸送を兼ねて採算を確保できている路線では、存廃論議が起きにくいと考えられる。
交通まちづくり戦略会議の高橋貴之理事(名古屋大学博士(経済学))は、
「成田国際空港を擁する千葉県で鉄道路線の多くの存続が危ぶまれる状況を放置することは、対外的にもマイナスの印象を与えかねない」
と指摘している。千葉県と沿線自治体は、できる限り早急に鉄道事業者と対話を重ね、協力関係を深めてほしい。
「かずさアクアシティ」のシンボルとして設置されたKISARAPIA大観覧車からの東京湾アクアラインと同シティの街並み。新しい住宅が多く建つ。2025年1月8日撮影(画像:大塚良治)
鉄道利用を減らしている要因は、マイカーだけではない。高速バスもそのひとつだ。
例えば、木更津市では高速バスの路線図をウェブサイトに掲載しており、これを基幹的な公共交通として位置付けていることがうかがえる。
また、木更津市に関しては、「三井アウトレットパーク木更津」の開業が同市の人口をV字回復させたという報道もある(『朝日新聞デジタル』2022年12月18日付け)。このアウトレットは都内などと直結する高速バスの発着地でもある。
アウトレットが立地する金田地区は「かずさアクアシティ」としてまちづくりが進められ、新しい住宅も増えている。行政も、木更津金田バスターミナル(BT)から高速バスを利用しやすい点を強調している。
近隣の袖ケ浦BTには広大な駐車場も併設されており、鉄道を使わずとも都内などへ高速バスで便利に移動できる環境が整っている。さらに、木更津市の内房線より内陸側のエリアでは、袖ケ浦BTのほうが木更津金田BTより近い場合も多い。
また、木更津市清見台団地周辺は鉄道駅から遠いエリアだが、大型商業施設やレストラン・カフェ、金融機関などが集まり、都内と直結する高速バスの停留所も設けられている。一方で、市の中心部である木更津駅前には、まとまった買い物ができる商業施設が少ない。
鉄道事業者が運営する高速バスは、グループ全体としては収益をもたらしているものの、鉄道路線単体の経営や存続の観点から見ると、鉄道と並行する高速バスが鉄道の基盤を脅かしている一面もある。
三井アウトレットパーク木更津に隣接する住宅地。新しい住宅が建ち並ぶ。2025年1月8日撮影(画像:大塚良治)
不採算の鉄道路線に公費を投入することには反対意見もある。鉄道にこだわらず、利用状況に合った交通手段を選ぶべきだという考えだ。
先日、千葉県鴨川市長狭地区にある大山千枚田を訪れた際、久留里線の一部区間廃止や房総半島の交通事情について、地元在住の女性に話を聞いた。
その女性によると、
「鉄道が廃止されると、車を運転できない学生は大変だと思うけど、それを除けば、移動手段はほとんどが車。公共交通より短い移動時間で、都内や横浜へ行くこともできる。房総半島内陸部ではどの地域も車中心になっていて、公共交通の経営は厳しいと思う。この近辺でも、亀田病院と東京湾フェリー(浜金谷港)を結ぶ路線バスが廃止になっている」
とのことだった。
木更津駅西口富士見通り商店街のアーケードは老朽化が激しく、2025年3月までの予定で撤去作業が進む.jpg作業が進む。2025年1月8日撮影(画像:大塚良治)
車中心の社会を変えるのは簡単ではない。しかし、地道な努力を重ね、成果を上げた地域も存在する。例えば、富山県における公共交通を軸としたまちづくりは、車依存の地域社会構造や市民の意識に一定の変革をもたらした。また、鉄道の持つ
「ポジティブなイメージ」
も無視できない。只見線や三陸鉄道線などの被災路線が復旧されたのは、“復興の象徴”としての役割が高く評価されたからだ。肥薩線八代~人吉間やくま川鉄道湯前線人吉温泉~肥後西村間も復旧が決定しており、肥薩線については、2024年度末に八代~人吉間が復旧し、その後残る不通区間である人吉~吉松間の協議が進められる見込みだ。これらの例は、鉄道が単なる会計上の採算だけでは測れない価値を持つことを地域や社会が認識し、鉄道事業者を動かした結果である。
小湊鉄道線を訪れた際、列車や駅を熱心に撮影する外国人グループが目立った。鉄道網の存続は観光振興や地域活性化に大きな貢献をもたらす。鉄道が存続することで、自動車利用者や地域に渋滞緩和や交通事故の減少などの恩恵がもたらされる。
地域や鉄道も、取り組み次第でピンチをチャンスに変えることができる。2014年に「消滅可能性都市」に指定された896自治体のうち、
「239自治体」(27%)
がそのリスクを脱却した(日本経済新聞(電子版)』2024年6月22日付け)。各自治体の危機感が変革を促した成果であり、消滅可能性路線も同様に、「持続可能性路線」に変わる可能性がある。
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