( 248811 ) 2025/01/13 16:52:50 0 00 カシオペア(画像:写真AC)
環境問題への意識の高まりやインバウンドの増加によってホテル代が高騰するなか、ドライバー不足による高速バスの運休が続く状況で、夜行列車が再び注目を集めている。
現在、定期・臨時ともに僅かな数しか残っていないが、メディアでも度々話題に上がり、乗ってみたいと感じる人も多いだろう。当媒体でも夜行列車の復活について多くの記事が掲載されてきた。
しかし、夜行列車に対する具体的な需要は一体どのような人たちに向けられているのだろうか。また、夜行列車が復活した場合、東京を基点にして、どの区間が運行に適しているのかを考えてみたい。
なお、本稿では、夜行列車の運行に関する諸問題(電化の有無やその方式、車両の所属、線路の特性など)には特に焦点を当てていない。
ビジネスマンの出張(画像:写真AC)
まず、どこに路線が欲しいかを考える前に、寝台特急の主なニーズについて考えてみたい。乗客の需要としては、出張や接待などの仕事の場で利用する「オン」の需要と、仕事以外のレジャー・観光・帰省などで利用する「オフ」の需要があると考えられる。このターゲットについては、次項で詳しく解説する。
まずは、夜行列車で想定される「オン」の利用客の需要について考えてみよう。筆者(宮田直太郎、フリーライター)が考える夜行列車にニーズがあると考えるビジネスマンの層は、以下のふたつではないかと思われる。
・CO2削減義務の対象となる企業のビジネスマン ・ホテル高騰にともなって苦しむ地方のビジネスマン
まず、「CO2削減義務の対象となる企業のビジネスマン」について考える。いわゆる「飛び恥」文化の対象となる。日本政府をはじめ、多くの国政府が「21世紀中(日本の場合は2050年)に温室効果ガスの排出量をゼロにする」というカーボンニュートラルの目標を掲げており、これを受けて各企業も炭素排出量削減対策を進めている。その一環として、企業のビジネスマンの出張において飛行機から鉄道への切り替えが進んでいる。
実際に、環境問題への意識の高まりが欧州における寝台列車の新規拡大に繋がっているという点は、多くのメディアで指摘されている。当媒体読者もご存知だろう。また、少人数で多くのCO2排出をもたらすプライベートジェットに対する批判も強まっている。近年では、セレブのプライベートジェット利用に対するワーストランキングを発表する動きもあり、欧米を中心に批判は続いている。
日本においても環境への意識は徐々に高まりつつあるものの、空港の制約が多く、ビジネスジェットの普及率が低いという状況があり、「飛び恥」文化が存在するとはいい難い。しかし、環境問題に対して一定の責任を持つ上場企業を中心に、出張の飛行機利用について対策を求められることも今後考えられるだろう。その際、ビジネスマンは長距離移動でも鉄道を利用する可能性が高く、宿泊を兼ねられる夜行列車は彼らにとって利便性の高い手段となるはずだ。
続いて、問題になるのが「ホテル高騰にともなって苦しむ地方のビジネスマン」だ。近年ではホテルの高騰にともない、地方のビジネスマンが東京や大阪への出張時に、経費内で宿泊先が確保できないというケースが少なくない。実際、夜行バスを多数運行するWILLERの調査では、2024年10月に回答者1820人のうち85%にあたる1627人が「ここ1年でホテル等の宿泊料金が高くなった」と回答している。そのうち、62.9%にあたる1023人が
「ホテル等宿泊料金の高さを理由に、夜行バスを利用することにした経緯がある」
と回答しており、需要の拡大が伺える。この調査結果は、ビジネスマン限定ではないものの、ホテル代の高騰が
「夜のうちに睡眠と移動を両方済ませられる手段」
を求める需要を増加させていることを示す、非常に興味深い結果である。
トワイライトエクスプレス(画像:写真AC)
「オフ」の利用客においては、朝早くから活動する必要のある趣味を持つ人がターゲットとなると考えている。
例えば、夕方には必ず戻る、または野営に備えなければならない登山では、かなり早い時間に拠点に到着しなければ活動そのものが成り立たない。また、拠点に到着する前に疲労を溜めないよう心がけることも重要だ。そのため、車内スペースが広く、寝台車で横になって寝ることも可能な鉄道への期待は高いといえるだろう。実際、2024年の夏と秋に新宿~白馬間で運転された臨時夜行特急「アルプス」は、その需要に応え、好評を博した。
また、筆者はダイビングファンにも可能性があると考えている。ダイビングは朝早くの集合時間が求められるケースが多く、潜水後24時間は飛行機に乗ることができないという規定がある。潜水直後は体に窒素が溜まっている状態であり、これをそのまま空中に浮上すると、窒素が体内の組織を破壊する減圧症という症状にかかってしまうためである。
筆者はダイビングライセンスを所有しており、旅行シーズンになると検討するが、日本本土から遠方のダイビング地では帰りの交通手段に直面することが多い。ダイビング参加人口は多く見積もっても約80万人(2022年)と、約500万人(2022年)存在する登山客や約520万人存在する釣り客と比べると決して多いとはいえないが、夜行移動ニーズに潜在的可能性があると捉えることはできるだろう。
それ以外では、かつての「カシオペア」や「トワイライトエクスプレス」、現代の「四季鳥」や「ななつ星」のような列車も人気があるが、こちらは夜行移動というよりも、列車そのものが目的であるクルーズに近いものであり、本稿では省略する。
また、帰省をはじめ、朝早くの需要をともなわないものについては、移動手段が発達した現代では意義を探すのが難しいため、こちらも厳しいと考えられる。
ひたち(画像:写真AC)
次に考えるべきなのが、鉄道という乗り物の強みだ。鉄道の強みは、
・直行需要 ・途中駅発着の需要 ・区間需要の幅
が大きいことにある。東京~大阪、横浜~名古屋、名古屋~広島、大阪~福岡など、さまざまな区間の需要を1列車で完結できる東海道・山陽新幹線「のぞみ」はまさに典型例だ。在来線では、高速バスに対抗できる特急列車である
・ひたち ・あずさ ・しなの ・やくも ・しおかぜ ・ソニック
といった列車が挙げられることが多いのではないだろうか。
一方、バスの場合はさまざまな場所にバス停を設置できるものの、1台あたりの収容人数の関係もあり、一定の人数を集めるとコストが高くなりやすいという問題を抱える。飛行機の場合は、そもそも経由便を設定していては時間短縮という最大のメリットを活かせないため、不可能といっていい。
これに対して鉄道は、駅の条件さえ整えば停車駅を追加するだけで区間需要を獲得することが可能であり、一定の集客人数(「サンライズ瀬戸」「サンライズ出雲」なら158人)があるため、バスや飛行機よりも対応しやすい。
ゆえに、夜行列車は起点・終点の区間だけでなく、経由する路線に一定規模の都市や観光地が続いている区間があり、かつ前述した夜に移動する需要がありそうな場所にこそ需要があるといえるだろう。
上記のターゲット顧客や鉄道としての特性を踏まえた上で、夜行列車が再び復活するとしたらどの場所に需要があると思うのか、考えてみた。基準は東京であり、前述どおり運行方式による問題の制約はないものと考える。
高知の仁淀川(画像:写真AC)
まず考えられるのが、東京から四国、高知県への路線だ。
土讃(どさん)線や土佐くろしお鉄道中村線・宿毛線沿線には、仁淀川や四万十川の清流、柏島や足摺岬から見る海など全国的に名高い自然の絶景が多い(徳島県になるが、祖谷渓、大歩危・小歩危も有名だ)。しかし、これらの観光地は空港から離れた場所が少なくなく、東京方面へのアクセスはあまりよいとはいい難い。特に宿毛からさらに西に進んだ柏島は、船が浮いて見えるほど高い透明度を持つ全国屈指のダイビングスポットだが、前述のとおりダイビング客は24時間飛行機に乗れない規定があるため、帰りに苦労してしまう。
実際、筆者は、東京で開催されたダイビングのイベントで柏島のショップが来ていたため、柏島に興味を持った。しかし、帰りの案内が宿毛から東京まで特急と新幹線を乗り継ぎ、10時間以上かけて戻るもので、あまりの過酷さから断念している。
ダイビング客の人数が多くないのは承知しているが、高知県はヤマトネクスト総研が2019年に実施した「行ったことがない県ランキング」で上位に位置するなど、簡単に行ける場所ではない。その一因として、人口の多い首都圏からの交通アクセスの悪さがあるといえる。
実際、コロナ禍で東京から高知への直通の夜行バスは廃止され、格安航空会社(LCC)も1日1便ジェットスターが運航しているのみだ。東京~高知間の飛行機はいくつかあるが、最終便は羽田18時50分発と結構早めで、金曜日に会社の仕事終わりに飛ぶというのは難しい。ゆえに、20時以降に東京を出発し、9時台に高知駅、11時台に宿毛駅に到着する列車(上りなら18時頃に宿毛、20時~21時に高知、翌朝8時~9時に東京都心)があれば、高知に行きたいと思う人も増えるのではと考えてしまう。
実際に実現するとなると、土讃線が非電化であることもあり著しい困難をともなうだろうが、海や川のレジャーを楽しみにする人を中心に期待している人も少なくはないはずだ。
原爆ドーム(画像:写真AC)
続いては、東京から広島方面の列車についてだ。
かつては285系電車を用いた臨時列車「サンライズゆめ」が運行されていたが、2009(平成21)年以降は廃止されてしまった。しかし、広島県への移動需要は廃止当時とは異なる状況にある。世界遺産である原爆ドームや宮島を抱える広島県は、廃止後に急増したインバウンドからの関心も強い。
一方、広島県は宿泊施設が不足しているという問題を抱えている。実際、「観光客に対して宿泊施設が少ない都道府県」を調査した結果、広島県は全国でもワースト6位にランクインしており、東京都や京都府、大阪府よりも悪い結果が出ている。これにより宿泊費が高騰しやすい状況だ。
広島は、マツダやマイクロンをはじめとする製造業の拠点も多く、ビジネス需要もあるが、東京・広島双方で宿泊料金の高騰といった影響を受けやすい。実際、2024年11月に運行開始した東京~広島間の夜行バス「グランドリームエクスプレス広島号」は、夜行移動による宿泊料金の節約をアピールしている。
また、出張経費においても福山市や広島市は飛行機利用がギリギリのラインになる企業が多いだろうし、重化学工業が盛んな立地であるため環境への影響を意識する企業も多いため、鉄道利用が推奨される可能性が高い。
これらの条件を考えると、285系の後継車が登場すれば、「サンライズゆめ」のような列車が再び運行されればよいと思う。もし実現するなら、山陽本線経由だけでなく、かつての「安芸」のように呉線経由で目指す列車も面白いかもしれない。呉市や竹原市など途中の都市発着の需要も見込めるだろう。
伊根の舟屋(画像:写真AC)
京都府北部や兵庫県北部にあたる丹後地方や但馬地方は、日本三景のひとつである天橋立や舟屋が広がる伊根地区、武家屋敷の立ち並ぶ出石地区、近畿地方を代表する温泉地である城崎温泉など、多くの魅力的な観光地が点在している。ズワイガニや但馬牛などのグルメも人気で、一度は訪れてみたいと思う人も多いだろう。
しかし、これらの地方は東京からの直線距離に比べ、どの交通手段を用いても所要時間がかかる都市だ。特に京丹後市に関しては、どんな手段を使っても片道5時間以上かかるため、「東京から最も遠い」といわれることもある。
このアクセスの問題の一因としては、但馬飛行場の滑走路が1200mしかなく、東京からの直行便を飛ばせない長さであることが挙げられる。さらに、同空港は山に囲まれた地形のため滑走路を延長するのが難しく、バスでもあまり所要時間が変わらない伊丹空港までの路線しか飛ばせず、東京へのアクセスは伊丹空港で乗り換えるしかないのが現状だ。
こうした不便なアクセスが理由で、丹後地方や但馬地方は関西圏からの集客に依存するしかなく、所得が高く外国人も多い首都圏からの集客が難しいという課題を抱えている。
そこで望まれるのが、東京を深夜に出発し、東海道線・福知山線などを経由して9~10時台に天橋立駅や豊岡駅に到着する夜行列車だ。このような列車があれば、朝から活動でき、滞在時間をたっぷり確保して同地の複数の観光名所を巡ることができるだろう。かつて存在した東京から天橋立や城崎温泉に向かう夜行バスは現在運休中のため、ぜひとも必要な列車だ。
さらに、このような列車があれば早朝に京都や大阪に停車する可能性もある。そうなればビジネス需要も見込め、かつての急行「銀河」や快適な3列シート以上を売りにした高速バスに乗車している層を取り込むことも可能となり、採算を上げやすくなるだろう。
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