( 249839 )  2025/01/15 16:36:22  
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電車の優先席は、高齢者や妊婦、身体が不自由な人々などを配慮した空間であり、優先席に座ることについて様々な意見がある。

電車が空いている場合に優先席に座ることは賛否が分かれるが、公共空間のルールやマナー、空間の価値などを考慮すると、明確な答えは難しい。

利用者間の暗黙の合意やルールの明確化、テクノロジーの活用など様々な視点から、優先席に関する議論が進められている。

(要約)

( 249841 )  2025/01/15 16:36:22  
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電車の優先席(画像:写真AC) 

 

 優先席――それは、都市の公共交通において社会的配慮を象徴する特別な空間だ。高齢者や妊婦、身体が不自由な人々に配慮し、誰もが利用しやすい社会を実現するために設けられたこのエリアは、電車内のマナーを考える上でひとつの象徴的存在となっている。わかもと製薬(東京都中央区)が実施した調査では、2023年9月に1949人を対象に電車に乗った際、優先席に座ることがあるか尋ねたところ、約3分の2にあたる「66.9%」が座ることがあると回答した。 

 

 座る理由としては、 

 

・その席を必要とする人がいたら譲るつもり 

・席が空いているのに立っていると邪魔になるから 

・高齢だから 

・その席しか空いてないから 

・疲れているから 

 

といった意見が挙げられた。 

 

 さて、このような通常時ではなく、「電車が空(す)いているとき」にこの優先席に座ることは「あり」なのか「なし」なのか。この問いに対して明確な答えを出すのは意外と難しい。多くの人が無意識に 

 

「なんとなくのルール」 

 

を適用しているが、優先席の存在意義や社会的背景を考慮すると、この問いは公共空間のルールとマナーの本質に迫る問題でもある。本稿では、このテーマを多角的に掘り下げ、優先席を巡る新たな視点を提示したい。 

 

電車の優先席(画像:写真AC) 

 

 電車に初めて優先席が設けられたのは、1973(昭和48)年9月のことだ。当時、公共交通を利用する高齢者や身体に障がいのある人々への配慮が社会問題として浮上していた。国鉄(現在のJR東日本)中央線で初めて、高齢者が優先して座れる「シルバーシート」が導入された。その後、私鉄各社も同様の取り組みを進め、広がり始めた。結果、シルバーシートは単なる座席ではなく、社会全体の連帯感や思いやりを象徴する存在となった。 

 

 その後、対象が高齢者や身体障がい者から妊婦や幼児連れの人々にも拡大し、名称も「優先席」に変わった。優先席は「特定の人々が優先的に利用すべき場所」という役割を持ちながらも、同時に「社会全体で支え合う象徴」という抽象的な意味合いも担うようになった。 

 

 一方で、優先席に対する認識は一様ではない。電車内の混雑具合や地域、世代によって、その解釈や運用が微妙に異なる。特に電車が空いているときに優先席に座ることについては、賛否が分かれる。賛成派の意見としては、 

 

「混雑していないなら誰がどこに座っても問題ない」 

「空席を放置するより、有効活用すべき」 

 

という実利的な考えが挙げられる。一方、反対派の意見には、 

 

「本来優先されるべき人が来たときにすぐ譲れる保証がない」 

「座ることで暗黙のルールを侵害し、不快感を与える可能性がある」 

 

という配慮の視点がある。 

 

 興味深いのは、こうした議論が 

 

「優先席は誰のものか」 

 

という“所有権”の問題として語られる点だ。しかし、優先席はあくまで公共の空間であり、そこには所有権ではなく、社会的合意による利用ルールが適用されるべきだ。このルールの解釈が曖昧なままで残っていることが、問題の根本にある。 

 

 

電車の優先席(画像:写真AC) 

 

 優先席に関する議論を深めるために、公共交通の 

 

「空間利用」 

 

という視点から考えてみよう。電車内は限られた空間で、その利用効率を高めることが重要だ。優先席が空いている状態が続くと、それは「空間の浪費」とも捉えられる。 

 

 また、電車の混雑具合によって空間の価値は変動する。混雑時には1席の価値が非常に高まり、譲り合いや効率的な利用が求められる。一方、空いているときには空間に余裕が生まれ、その価値は相対的に低下する。このように、優先席の利用は固定的なルールで語るべきではなく、空間の価値が変動することを考慮した柔軟な運用が必要だ。 

 

 優先席が空いていても座らない人がいる理由のひとつに、「心理的バリア」が挙げられる。優先席に座ることで周囲の目を気にしたり、 

 

「譲らなければならない状況に対応できるだろうか」 

 

と不安を抱く人は少なくない。この心理的バリアは、優先席が「特定の人のための場所」という社会的な印象から生じている。 

 

 しかし、公共空間における「譲り合いの精神」を考えると、こうした心理的バリアはむしろ課題といえる。優先席は特定の人々のために確保されているが、それが利用されないまま放置されると、公共空間の価値を損ねる可能性がある。本来であれば、 

 

「必要なときに譲ればよい」 

 

という意識の共有が、優先席の本質に近いといえる。 

 

電車の優先席(画像:写真AC) 

 

 電車が空いているときに優先席に座る行為を「あり」とするためには、どのような条件が必要だろうか。その答えのひとつは、利用者間の「暗黙の合意」を再構築することにある。 

 

 例えば、 

 

「優先席に座る場合、必要とする人が現れたらすぐに譲る」 

 

という基本ルールを徹底するだけでも、心理的バリアは大幅に低減されるだろう。また、鉄道事業者が優先席の利用に関するガイドラインを明確にし、ポスターやアナウンスを通じて利用者に共有することも効果的だ。これにより、利用者間の認識の差を縮めることができる。 

 

 さらに、テクノロジーの活用も一案だ。例えば、優先席の近くにセンサーを設置し、利用状況や譲り合いの実態をデータ化することで、利用ルールの改善に役立てることができるだろう。 

 

電車の優先席(画像:写真AC) 

 

 優先席に関する議論は、単なるマナーの問題に留まらない。公共空間の利用ルール全般に関わる重要なテーマだ。 

 

 限られた空間をいかに効率的かつ公平に使うか。この問いは、都市の持続可能性や社会の共生意識を深める上で欠かせない課題となっている。 

 

 電車が空いている場合、優先席に座る行為は「あり」とするか「なし」とするか。その答えは一概に決められない。 

 

 しかし、この問いを通じて、公共空間におけるルールやマナーを見直し、より良い社会のあり方を考える契機とすることができる。優先席の問題を通じて、私たちは公共空間における「新たな合意形成」を目指す必要がある。 

 

作田秋介(フリーライター) 

 

 

 
 

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