( 251336 ) 2025/01/18 15:02:17 0 00 観光業界に追い風が吹くが、特別支援学校をはじめとする小規模校の修学旅行は崖っぷちに。複数の公立学校が合同で実施する事例も
昨秋、朝日新聞の「声」欄に、ある特別支援学校の教員の投書が掲載された。多くの特別支援学校が修学旅行を請け負う旅行会社を探すことに苦慮しているという。現場の声を聞いた。AERA 2025年1月20日号より。
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物価高騰、インバウンド(訪日外国人客)の増加、バスの運転手や旅行会社の人手不足──。さまざまな原因が絡み合い、国内の公立学校の修学旅行が窮地に追い込まれている。とりわけ厳しい状況にあるのが、特別支援学校だ。予約や手配を調整・サポートする旅行会社がなかなか決まらず、学校現場は困惑している。
「今年度実施した修学旅行では、大手旅行会社3社に見積もりをお願いして2社に断られました。毎年こんな感じです。コロナ禍前から続いています」
と話すのは新潟県の特別支援学校高等部に勤務する40代男性教員だ。
見積もりを依頼したなかで手を挙げたのは1社のみ。ホームページで教育旅行をうたっている大手旅行会社さえ、「そういうのは取り扱っていない」と依頼した電話口で断ってきた。
「上司からは必ず相見積もりを取るように言われるんですが、難しいのが現状です」
■断られることが常態化
男性は県内の複数の特別支援学校も同様の悩みを抱えていると知り、「社会に開かれた学びの体験を特別支援学校の生徒にも提供していただきたい」と朝日新聞に投書した。コロナ禍以降、宿泊費やバス代の高騰でさらに厳しさは増している。男性はこれまで通りの修学旅行が継続できるか不安を感じている。
「修学旅行は子どもたちにとって大切なイベントです。でも人数は少ないですし、どうしても特別な配慮をお願いしなくてはならない。きっとそれもネックになっているのかなあと。旅行会社側にもご事情はあるのだと思います。受けていただけない理由を知りたいです」
こうした問題は各地の特別支援学校で起きている。
静岡県の県立特別支援学校に勤務する50代男性教員も、辞退する旅行会社が増えてきたと感じている。
「10年以上前はまだ受けていただける旅行会社はそれなりにあって、断られることが常態化してはいませんでした。でも今は1社しか返事が来ないことや、断りの返事すら来ないことも多々あります」
宿泊施設の設備や交通機関の条件、食事対応など旅行会社に求めることは多い。それでいて予算には限りがあり、参加人数も少ない。男性教員は辞退する旅行会社にも同情する。
「旅行会社としては予算次第ということでしょうが、保護者の負担を考えると増額は難しい問題です。1泊2日だとだいたい1人4万~5万円台の予算ですが、この額で抑えてほしいとなると旅行会社も苦しいはず」
■見積もりさえ断る事情
特別支援学校を含む公立学校の修学旅行の旅費は、教育委員会から目安や上限が示されるケースもある。そのうえで保護者に経済的負担がかかり過ぎない範囲で、学校が行き先や活動内容、予算などを旅行会社に示して見積もりをとる。
この予算額に「大きな問題がある」と口をそろえるのは大手旅行会社の現場だ。参加生徒数が1桁の場合もある特別支援学校の修学旅行。引き受けたくても難しい状況だという。
大手旅行会社の管理職を務める宮城県の50代男性は、10~15年前から修学旅行の予算が厳しくなってきたと実感する。
「以前と比べてホテル代も交通費も大きく上がっているのに、修学旅行の予算はそれほど変わっていません。少子化の問題と経済動向を見据えた料金設定に改めていただかないと、やれるものもやれないです」
と、もどかしさをにじませる。特別支援学校に限らず、利益が見込めない案件は労力を考えると見積もりすら出せないという。
「1校の見積もりを作るのに、真っ白な状態から作るとしたら1週間ではできません。学校が提示する日程に合わせてホテルや交通機関、食事場所などを探します。そうやって見積もりが出せたとしても、学校側には高くて断られる料金を出すことになる。こちらも赤字で引き受けるわけにはいかないからです。宿や食事会場の仕入れを行うセクションがあるのですが、営業の立場からすると利益の見込みのない案件の見積もりに手間と時間を費やしてもらうわけにはいかないわけです。なので、見積もりからお断りせざるを得ない状況になります」
さらにノウハウの問題もあると打ち明ける。
「特別支援学校の修学旅行は刻み食や車いすへの対応などノウハウがあるかないかで引き受けられる旅行会社は決まってきます。お断りする理由は、予算やノウハウ、参加人数など複合的な要素が絡んでいます」
これまで特別支援学校の修学旅行も請け負ってきた大手旅行会社も、見積もりから辞退せざるを得ない状況にある。特別支援学校に限らず修学旅行は予算がギリギリの場合が多く、この会社で営業職を務める都内の40代男性は、契約後の価格変動で赤字になった案件を何度か見てきた。
「人数が多くても少なくても、1校あたりの手配業務は大して変わりません。300人規模ならお弁当の種類を変えて100円ずつ削るとか、どうにかやりくりしてコストを削ります。ところが特別支援学校のように人数が少なく特別な補助や対応が必要になってくるとなると、果たして予算内でできるだろうかと、厳しい判断になってきます」
■生徒のため自腹で下見
さらに社員の人手不足問題もあると語るのは別の大手旅行会社の40代女性だ。
「旅行代理店は深刻な人手不足です。コロナ禍で働き盛りの30代が減って、20代前半と40代以上しかいない状況です。だから会社も学校を選んでいて、予算が厳しいところや手間のかかる学校はあえてガツガツ営業にいきません」
こうした状況下、学校側も添乗員やバスを利用しないなど、さまざまな工夫を試みている。そのしわ寄せが、教員の負担となって重くのしかかることも。
知的障害のある生徒が通う九州地方の特別支援学校中学部では、昨年度、添乗員なしで修学旅行を実施した。生徒は10人未満。引率の女性教員が添乗員業務もこなした。前任者から引き継いだ時点で添乗員なしでの計画は決まっていた。「やはり予算の関係だと思います。私が旅程管理を全部やることになり、もう本当につらくてしんどくて。いまだに思い出すと胃が痛くなります」と女性は振り返る。
さらに下見も一部は自腹だった。管理職を説得して日帰りの下見は許されたが、1日で2泊3日の行程は回りきれず、夏休みに自費で現地へ足を運んだ。
「教頭ら管理職は『下見はいらんやろ』と冷ややかでした。費用を節約したいからだと思います。『行けなかった部分は夏休みに家族旅行で行きます』と管理職に伝えたら苦笑いでした。でも、生徒たちが当日動揺しないためには写真や動画を使った事前学習は必須です。添乗員不在なうえ、下見なしというわけにはいきません」
この旅行では予算の都合で大型バスの利用も見送った。生徒全員が歩けるので路線バスや電車、新幹線を使うことに。これが思いがけず大好評だった。
「普段、スクールバスやデイサービスの車での移動が中心で公共交通機関をほとんど利用したことのない生徒たちだったので、すごくいい経験になりました。新幹線も初めての生徒ばかりでとても楽しんでくれました。子どもたちの成長や保護者の喜びも大きくて、大変でしたがやり甲斐を感じました」(女性)
■特別な意味を持つ機会
特別支援学校の修学旅行は特別な意味を持つ。障害が重くなるほど旅行の経験は少なくなることが多い。障害の種類や程度にもよるが、高校を卒業すると友人と旅に出る機会に恵まれない人も少なくない。
修学旅行は家族にとっても大切な機会だ。千葉県の50代女性は2年前、特別支援学校高等部に通う娘の2泊3日の修学旅行に合わせて母と旅行した。3日間も娘と離れるのは初めてだった。
「貴重な2泊でしたので、母と2人きりで金沢へ旅行に行きました。こういう機会は最初で最後だと思います」
修学旅行から帰ってきた娘は自信にあふれていてひと回り成長したと感じた。
「家族旅行とは違って、お友だちと過ごす時間は特別だったようです。高等部を卒業してしまうと、なかなか同級生と旅行する機会はありません。特別支援学校の修学旅行は、子どもたちにとっても家族にとっても人生の思い出になります。行事を減らす学校も増えてきていますが、修学旅行だけは絶対になくさないでほしい」と女性は話す。
修学旅行の予算の見直しや助成の検討などが必要な状況だが、特別支援学校の修学旅行について研究する岐阜聖徳学園大学教育学部の松本和久教授は、まずは周囲の理解が必要だと考える。
「『共生社会だ』『障害のある人を受け入れてともに過ごしましょう』と言うだけではなかなか伝わりません。まずは『障害のある子どもたちの修学旅行が困ったことになっているんだ』という特別支援学校の修学旅行ならではの困難さを多くの人に知ってもらい、応援団を増やしたい。どうしたらいいか一緒に考えてもらうのは、それからだと思います。私たちはリーフレットを作成するなどして具体案を示してきました。それらが一助になれば幸いです」
(ライター・大楽眞衣子)
※リーフレット「特別支援学校の修学旅行を計画する際のポイント」は、岐阜聖徳学園大学特別支援教育専修のホームページ内( https://gifushotokusen.com )からダウンロードできる
※AERA 2025年1月20日号
大楽眞衣子
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