( 251369 )  2025/01/18 15:42:08  
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兵庫県知事選挙で選挙結果がSNSによる「暴走SNS」によって左右された異例の事態が起こった。

SNSの影響力の増大とオールドメディアとの変化、YouTubeなどの新メディアの台頭が注目されており、立花孝志氏のSNS投稿が斎藤知事が再選される結果に影響を与えた。

しかしこの投稿には客観的な根拠のない情報も含まれており、陰謀論的な思考が広がり、真実と虚偽が混在する状況が生じている。

SNSの影響力は民主主義や事実の重要性を問い直す必要があり、健全な政治空間を取り戻すためには、政治的な意識を高めることが求められている。

斎藤知事の今後の動向に注目が集まっているが、SNSの影響が政治に与える影響について深く議論される必要がある。

(要約)

( 251371 )  2025/01/18 15:42:08  
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「味方ゼロ」からの再挑戦だったが…… 

 

【前後編の後編/前編からの続き】 

 

「暴走SNS」によって結果が決まった選挙。昨年11月、斎藤元彦知事(47)が再選された兵庫県知事選挙を一言で評するとそうなる。異例の事態と熱狂の正体は何だったのか。われわれはそれにどう対峙すればいいのか。今年の参院選への影響について、専門家に聞いた。 

 

 *** 

 

 前編【「“推し活”の一員としてエンタメに参加」 兵庫県知事選でなぜ「政治に興味がない人」までが熱狂したのか】では、SNSによって“推し活”と化した選挙のあり方について報じた。 

 

 今回の兵庫県知事選は“オールドメディア”の新聞・テレビvs.“ニューメディア”のSNSという構図で語られることもある。 

 

「兵庫県知事選では“マスコミが真実を隠している”などということが盛んに言われていましたが、その一因は『マスコミの文法』が通じなくなってきていることにあるのではないか、と感じています」 

 

 と、社会学者で日本大学危機管理学部教授の西田亮介氏は言う。 

 

「テレビ・新聞に触れてきた人からすれば、選挙に影響が出ないよう選挙期間中に疑惑追及を休止したり報道そのものを控えたりすることがあるというのは『お約束』でした。それが最近では日常的にテレビ・新聞に触れる人が減ったことで、その『お約束』が通じなくなってきているのです」 

 

 ノンフィクション・ライターの石戸諭氏は、 

 

「マスコミは公平性の観点からいつも通りの無味乾燥な選挙報道をやってしまった。一方、YouTubeでは、斎藤知事は悪くないという趣旨の膨大な情報が与えられるわけです。それはYouTube情報に流されますよね。今回の兵庫県知事選は、YouTubeが新しいマスメディアとしての地位を示した選挙だったと思います」 

 

 今はスマホだけではなくテレビ画面でもYouTubeを見られる。 

 

「そうなるとある意味、YouTubeというテレビ局ができて、そこには自分好みの番組が無数にあるという状態。硬直したオールドメディアに取って代わる新マスメディアとしてYouTubeの選挙への影響はますます増していくと思います」(同) 

 

 

 そのYouTubeを駆使して今回の選挙に大きな影響を与えたのが、政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首である。氏は立候補するも自身の当選を目指さず、斎藤氏を応援。公選法の穴を突いたイレギュラーな出馬だった。 

 

 JX通信社代表取締役の米重克洋氏が言う。 

 

「Googleトレンドなどから立花氏のYouTubeの検索ボリューム(検索された回数)を見てみると、昨年10月24日の立花氏の出馬表明から4日たった28日ごろに大きく伸びていることが分かります。その後30日ごろから斎藤氏の検索ボリュームが徐々に伸び始めます」 

 

 YouTubeの検索ボリュームでは立花氏が斎藤氏を上回っており、立花氏が注目を集めるとそれを追いかけるようにして斎藤氏の検索数も伸びてくる。 

 

「こうした検索ボリュームを見ると立花氏が斎藤氏を引っ張り上げている構図がよく分かります。立花氏の登場をきっかけとして、SNSなどでは斎藤氏を取り上げないマスコミへの不満や不信が盛り上がり、徐々に燃え広がった結果、有権者の斎藤氏への評価がひっくり返ってしまったわけです」(米重氏) 

 

 問題は立花氏のSNSの投稿内容。そこには、「客観的な事実」と証明されていない要素が多々含まれていた。 

 

 例えば、「X」では、 

 

〈自殺した元県民局長のパソコンに、愛人がいた証明がある!〉 

 

〈100条委員会で、自殺した元県民局長のパソコンから、不倫日記が出て来た! 約10年にわたるおっさんの不倫の数々が書かれていた〉 

 

〈兵庫県県議会のヤミを暴露します! (中略)県民に隠している10月25日の百条委員会の、片山副知事の暴露を、必死に止める嘘つき奥谷謙一委員長 証拠の音声〉 

 

〈奥谷謙一委員長が、兵庫県民の敵です! こいつがマスコミに圧力かけて、元県民局長の自殺原因を知事のパワハラにしています! 本当の自殺の原因は自殺者自身の不倫だったのに!〉 

 

 などと、しきりに斎藤知事を告発した元県民局長の「不倫」を取り上げている。 

 

 

 しかしこれを「客観的な事実」と証明するためには、当事者から話を聞く必要がある。しかし元県民局長はすでに亡くなっているし、愛人とされる女性が事実関係を認めたとの情報もない。つまり、単なる怪情報に過ぎないわけだが、立花氏の投稿に動かされる形で斎藤氏支持に回った有権者は多かったのではないか。 

 

「立花氏が、元県民局長が不倫をしていたなどという情報を主張し始めたことで、当初の、斎藤さんの知事としての資質を問う空気感が変わりました。斎藤さんは、利権を守る守旧派上級国民や真実を隠すエリート“マスゴミ”の犠牲者なんだという論調になり、『正義』が斎藤さんに移った」 

 

 と、ITジャーナリストの井上トシユキ氏は語る。 

 

「斎藤さんは口数が少ない人なので、“喋れない理由が何かあるのではないか”と思われていた。そこに立花氏が元県民局長のパソコンの中身とされるものを公開したことで、疑問が解消されていき、元県民局長には悪者というイメージがつき始めました。そして大手メディアは、元県民局長が斎藤さんのせいで亡くなった、とウソをついていたということになりました」(井上氏) 

 

 しかし「斎藤氏は既得権益者の犠牲者」「メディアはウソをついていた」といった言説の真偽は不明だ。つまり陰謀論の類いと言ってよかろう。 

 

「選挙の投票日、斎藤さんの事務所の前にはたくさんの人が集まりましたが、家族連れで来る人が多かったそうです。おそらく家族の中でSNS上の“真実”が共有されたのでしょう。これは陰謀論を信じるQアノンと呼ばれる人々や、地球平面説を唱える人たちと似ています」(同) 

 

 元県民局長は県の公益通報窓口にも内部通報していたが、斎藤氏は公益通報の調査結果を待たずに彼を停職3カ月の懲戒処分とする判断を下した。彼はその2カ月後に自殺した。こうした「揺るがない事実」は、暴走するSNSの中で広がる陰謀論によってかき消されてしまった。代わりに熱狂的空気が覆い、後には斎藤氏の再選という信じ難い結果が残された。 

 

 評論家の宇野常寛氏はこう語る。 

 

「まず『隠されていた真実』という発想が危険です。『隠されていた』=まだ『検証待ち』の情報だということですから。そして、戦略的に陰謀論を流布する情報戦が行われると、長期的にはおそらく左も右も、立場にかかわらず全員が損をすることになります。政策論争や長期的な視点に基づいた選択が有権者にとって難しくなってしまいますから」 

 

 

 京都大学名誉教授の佐伯啓思氏の話。 

 

「欧米や日本のような民主主義社会にとって、『客観的な事実』こそが民主政治の大前提でしたが、SNSはその前提を破壊してしまいました。SNSは、事実か意見か臆測かを問わない、といった特徴を持っており、既成メディアにいわばゲリラ戦を仕掛けました。既成メディアが『偏向』しているにもかかわらず、それを『事実』であるかのように装っていた、その弱点をついたわけです」 

 

 その結果として、 

 

「情報は何でもありになりました。それでは『事実』と『意見(臆測)』、『公的なもの』と『私的なもの』などを区別することで成立していた政治的な公共空間が担保できません。これは民主主義に対しては、かなり破壊的なことでしょう」(同) 

 

 それに対してわれわれが取れる手段はあるのか。 

 

「名案はありませんが、強いて言うと『民主主義や個人の自由を疑え』ということです。そういう政治的な健全さの意識を取り戻す以外にないと思います」(佐伯氏) 

 

 目下、選挙のSNS戦略を請け負ったとされる社長のPR会社に報酬を支払った、として公選法違反の疑いで刑事告発されている斎藤氏。仮に起訴され有罪となり、再び失職して再出馬の資格を失うと「SNSで笑ってSNSに泣く」ことになるが果たして――。 

 

 前編【「“推し活”の一員としてエンタメに参加」 兵庫県知事選でなぜ「政治に興味がない人」までが熱狂したのか】では、SNSによって“推し活”と化した選挙のあり方について報じている。 

 

「週刊新潮」2025年1月16日号 掲載 

 

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