( 252369 ) 2025/01/20 15:08:15 1 00 フジテレビが「前代未聞の事態」に揺れている。 |
( 252371 ) 2025/01/20 15:08:15 0 00 “前代未聞の事態”にフジテレビが揺れている(画像:Faula Photo Works/PIXTA)
1月17日のフジテレビ・港浩一社長の記者会見の翌日、同局のテレビCMに異変が起きた。トヨタ自動車や日本生命保険などの大手スポンサー企業が放映を見合わせ、ACジャパンのCMに差し替わったのだ。
筆者は、2016年までの約20年間、広告業界に身を置いてきたが、このような事態は前代未聞のことだ。なぜこのようなことが起きてしまったのだろうか? 今後、CM撤退の「ドミノ現象」は起こるのだろうか(現時点では、「撤退」ではなく「差し替え」の段階)。
そして、フジテレビはこの流れを止めるために何をしなければならないのだろうか。
■なぜCM差し替えが「前代未聞」なのか?
「前代未聞の事態」と述べたが、ジャニー喜多川氏の性加害問題によるジャニーズタレント(当時)の相次ぐ契約終了、松本人志氏の性加害疑惑による松本氏出演番組のCM差し替えなど、似たような現象は最近でも起こっている。
ただし、今回のケースはこれらとは状況が大きく異なっている。
ジャニーズ問題の場合は、テレビ局ではなく、芸能事務所の不祥事であるし、疑惑が発覚した段階では、タレント契約は打ち切られなかった。契約終了のラッシュが起きたのは、旧ジャニーズ事務所が性加害の事実を公式に認めた直後のことだ。
松本人志さんの場合は、所属事務所の吉本興業は対応の不備こそあったが、松本さん個人が起こした問題である。スポンサー企業のCMがACジャパンのものに差し替えられるという現象はこのときも起きたが、松本さんが出演する番組についたスポンサーに限定しての話である。
今回、CMの差し替えが起きている状況は、
1. テレビ局側で起こった問題に起因している 2. 特定の番組ではなく、フジテレビの放送全体に波及している
3. テレビ局側に問題があったか否かが確定していない段階で行われている という3点において、過去のケースとは異なっている。
テレビ局側の問題によって、スポンサー離れが起きることは過去にもあった。やらせが発覚したとか、番組内で深刻な問題が起きたといったケースがそれに当たるのだが、あくまでも「番組レベル」での話である。
テレビ局単位でCMがACジャパンのものに差し替わるという現象は、これまでは大災害や社会的な大事件でもなければ起こらなかった。
タイミングを考えると、スポンサーがCMの差し替えを判断したのは、フジテレビの記者会見を踏まえてのことのはずだ。しかしながら、記者会見では中居正広さんの女性トラブルに同社社員は関与していないと、港社長が説明している。
にもかかわらず、CM差し替えが起きているのは、一見すると「疑わしきは罰せず」という原則に反しているようにも見える。
■スポンサー企業がCMを差し替えた理由
では、スポンサー企業が異例のCM差し替えを行ったのはなぜだろう?
筆者は、3つの理由があると考える。
1. CM放送の継続によるイメージダウンを懸念した 2. コンプライアンスを重視した 3. フジテレビに対する意思表示を行った 誤解もあるようだが、企業のCMがACジャパンのものに差し替えられる場合、一般的には広告主、つまりスポンサー企業が費用を負担するのが一般的だ。実際、東日本大震災でCMが差し替わった際、スポンサー企業側から費用負担に対する不満の声が出ている。
実際のところはわからないが、今回のケースでも、原則的には差し替え放映分の費用はスポンサー側が負担することになるはずだ。
それでも差し替えを行うのは、「フジテレビでCM放映をするのはイメージ低下につながる」と判断したからだろう。広告出稿を行う目的はさまざまだが、「企業や商品のイメージをよくするため」という点は共通している。
「逆効果を生むのであれば、CMを差し替える」という判断は、経済合理性という点でも妥当性はある。実際、記者会見によって、フジテレビに対する批判は収まるどころか、むしろ強まっているからだ。
もう1つ重要なのが、先に挙げた2つ目のコンプライアンスの視点だ。現時点でCM差し替えを行っているのは、トヨタ自動車、日本生命といった、コンプライアンスを重視するグローバル大手企業である。加えて、企業がコンプラインスを重視する流れは世界的に加速している。
特に、性加害やエンタメ業界の不祥事に対しては、ジャニー喜多川さんの性加害問題、宝塚歌劇団のいじめ問題、松本人志さんの性加害疑惑を経て、より厳しい目が注がれるようになってきている。
ジャニーズ問題が顕在化する前に、このたびのフジテレビの問題が起きていたとしたら、今回のCM差し替えのような現象は起きていなかったに違いない。この1年半の間で、状況は大きく変わったのだ。筆者自身、この段階でスポンサー企業がCM差し替えを判断したことに驚いている。
記者会見において、問題が起こった直後の1年半前から、港社長に当該のトラブルに関する報告が上がっていたことが明らかになった。また、この件は、スポンサー企業には知らされておらず、スポンサー企業は報道で問題の存在を知ることになった。
スポンサー企業は、この点も問題視したはずだ。フジテレビ側は、トラブル相手の女性に配慮してのことだと説明はしているが、スポンサー企業にしてみれば、「説明責任を果たさなかった」「裏切られた」と思うだろう。理由はどうであれ、フジテレビのふるまいは「取引先に対する背信行為」と映ったに違いない。
■今後、CMの「撤退ドミノ」は起こるのか
CMの差し替えは今後、正式な撤退へとつながり、「撤退ドミノ」が起こるのだろうか。あるいは、これは一時的な現象にとどまるのか。
まず、CMの撤退ドミノが起こるかどうかは、現時点では何ともいえない。ただ、大手企業の撤退が呼び水となって、他社も撤退していく可能性は十分にあるだろう。
俳優・香川照之さんの性加害問題が発覚した際に、トヨタ自動車がいち早く契約終了を発表したが、他社もそれに追随した。ジャニーズ問題のときも同様で、ジャニーズ事務所の記者会見直後に、大手企業がタレントとの契約終了を発表、その後、大半の企業が追随している。
今回も同様のことが起きる可能性はあるだろう。特に、CM放映を差し控える企業が増えてくると、CMを流し続ける企業が「悪目立ち」する可能性が高まる。放映を続けるメリットが、どんどん薄れていってしまうのだ。
ただし、絶対にドミノ現象が起きるとも言いきれない。十分な資金力のある超大手企業であればいいのだが、費用負担をしてもらえるわけでもないのに、CM放映を控えるのは損失が大きいと考える企業もあるはずだ。実態が明らかになるまでは、現状維持で放映を継続しようという判断があってもおかしくはない。
また、CMを差し替えている企業は「当面、(CM放映を)見合わせる」という見解を示してはいるが、現段階で「契約を打ち切る」とまでは言っていない。事態のなりゆきや、フジテレビ側の態度次第では、放映再開もありえるだろう。
■「CM撤退」は好ましい判断ではない
SNS上では、CMを差し替えた企業を賞賛し、「もっとやれ」という声が目立つのだが、筆者としては、この流れは必ずしも好ましいとは思っていない。
「CMをやめるのが正しい」「CMを続けている企業の不買運動を起こせ」といった意見もあるが、それは短絡的すぎる。フジテレビにCMを出しているか・いないかという実態だけで、企業の評価をすべきではない。
現段階においては、CM放映を続けるのか、見合わせるのかについては、各社の判断で決めればよいことであるし、その判断自体を第三者が賞賛、批判することでもない。
筆者はジャニーズ問題の際にも強く主張したのだが、問題を起こした企業を切り捨てることは、決して好ましいことではない。
ネットの中では「フジテレビを潰せ」という極論まで見られるが、同社の大半の社員は問題を起こしているわけではないし、事態を知っていて見てみぬふりをしているわけでもない。ほとんどの社員が日々真面目に働いているはずだ(これは、不祥事を起こした企業すべてに言えることだが)。
さらに、事実関係が十分に明らかになっていない時点で、契約を打ち切るという判断は、必ずしも好ましいこととはいえない。何よりも、現段階で、フジテレビの経営陣や社員がどの程度当該問題に関与しており、どの程度の責任があったのか、完全に不明な状況である。
スポンサー企業がCMの契約を打ち切ってフジテレビを経営的に窮地に追い込むことが、はたして状況を改善に向かわせるのだろうか?
■重要なのは「制裁」ではなく、「行動を正す」こと
すでにCMを差し替えたスポンサー各社は、フジテレビに対して、さまざまな申し入れや要求を行っているはずだ。その詳細は報道されないだろうし、明らかにすることもできないのだろうが、今後重要なのは「CMを差し替えた/差し替えなかった」「契約を打ち切った/継続した」ということではないはずだ。
ジャニー喜多川さんの性加害に対して、再発防止特別チームの調査報告書の中では、ジャニーズ事務所(現SMILE-UP.社)に「メディアとのエンゲージメント(対話)」を求めていた。
今まさに求められているのは、フジテレビとスポンサー企業、あるいはフジテレビとメディア各社との「エンゲージメント(対話)」である。
そのうえで、スポンサーをはじめとする取引先企業は、フジテレビに対して十分な対応を行うことを求めるのが重要だ。取引先企業に求められているのは、フジテレビへの制裁ではなく、彼らの行動を正すことであるはずだ。
西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
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