( 253604 )  2025/01/22 18:24:36  
00

スーパーなどでの生鮮食品の価格上昇が日常生活に直撃し、「物価高」を感じることが増えています。

政府はデフレから脱却していないとしていますが、これに疑問を持つ声もあります。

政府がデフレ脱却を宣言しない理由やその時期について、専門用語を避けて説明されています。

消費者物価が重要視されており、そのうち「生鮮食品を除いた」指標が注目されています。

さまざまな経済指標を考慮した上で、2026年までデフレ脱却宣言が持ち越される見通しとなっています。

(要約)

( 253606 )  2025/01/22 18:24:36  
00

(写真: sasaki106/PIXTA) 

 

 近所のスーパーへ買い物に出かけると、「値段が上がったなぁ」と感じることが多いのではないでしょうか。スーパーの入り口付近は生鮮食品売り場であることが多く、キャベツやトマトなどの野菜は、数カ月前と比べて数倍の価格になっているものもあります。 

 

 入り口で野菜の値上がりを実感すると、ほかの商品についても値上がりが目につきやすくなります。カレールウもそうした商品の1つで、ここ1、2年で1割か、それ以上は値上がった印象です。 

 

 このように、幅広い食料品の値上げが生活を直撃するため、私たちは「物価高」を身近に感じます。 

 

■なぜ「デフレから脱却していない」のか 

 

 一方で、政府は依然として「わが国はデフレから脱却していない」という認識を変えていません。デフレとは「持続的な物価下落」を意味しますが、多くの国民が物価高に悩まされている状況で「デフレ脱却していない」と言われると、違和感を覚える方も多いでしょう。そこで今回は、なぜ政府がデフレ脱却を宣言しないのか、そしてその宣言がいつごろになるのかについて、なるべく専門用語を使わず、わかりやすく解説します。 

 

 わが国がデフレに陥っていると初めて政府が発表したのは、2001年3月の内閣府による月例経済報告でした。ここで「緩やかなデフレにある」と述べられたのですが、発表時点で日本経済はすでにデフレ下にあったため、デフレの開始時期がいつだったのかが議論の対象にもなりました。 

 

 政府の見方にもブレがあるようですが、最新の年次経済財政報告(2024年度版)によると、「消費者物価(生鮮食品を除く総合)の前年比の下落傾向は1998年夏頃には始まっており、日本経済は1990年代終盤からデフレ状況に陥っていたと言える」と指摘しています。ここから留意すべきなのは、わが国がデフレに陥っても、政府がそれを認めるまで数年のラグがあったことです。 

 

 その理由について「政府の景気判断は遅れがち」だと単に批判すべきことでもないでしょう。政府が「デフレ克服」のための政策の必要性を強く認識するには、デフレの恒常化を確認するまで、ラグはどうしても発生してしまうからです。 

 

■「生鮮食品を除いた」消費者物価に注目する理由 

 

 さて、ここであらためて足元の物価高について考えてみましょう。冒頭で挙げたスーパーの例ですが、野菜に関しては農林水産省が毎月「野菜の生育状況及び価格見通し」をウェブサイトで公表しています。直近(先月25日公表)の情報では、キャベツについて「8月から9月の高温、10月の天候不順の影響…(中略)…12月の低温、干ばつの影響」が挙げられており、目先で価格が下がる見通しは立ちにくい状況です。 

 

 

 一方、カレールウの場合は油脂や小麦などの原材料価格や物流費の上昇が主な値上げ要因で、天候不順による野菜の値上がりとは異なる理由です。天候不順を一時的要因とみなすかどうかについては意見が分かれますが、物価を評価するうえでは、持続的な傾向を捉える必要があります。 

 

 私たちが買うモノやサービスの値段の動きの全体を見るのに消費者物価がよく使われます。特に「生鮮食品を除いた」指数が注目されます。これは、雨量や日照量で収穫が大きく影響される野菜などは値段の変動が大きいことから、生鮮食品を含めて物価の動きを見てしまうと、物価が“持続的”に上昇しているかの判断がわかりにくくなるからです。政府もデフレの判断で最も注目する指標は消費者物価(生鮮食品を除く総合)です。 

 

 その消費者物価(生鮮食品を除く総合)ですが、足元は2022年4月から2024年11月まで32カ月連続で“緩やかな物価上昇”の目処とされる前年比2%を上回ってきました。このような流れもあり政府は直近の年次経済財政報告で「現在、わが国は明らかにデフレの状況にはない」と示しています。 

 

 であれば、なぜ政府はデフレ脱却の宣言をしないのでしょうか。それは政府が定義するデフレ脱却は「デフレでないこと」だけでなく「再びデフレに戻る見込みがないこと」も必要だからです。 

 

 将来、デフレに戻る見込みがないことを確認するには、かなりのハードルがあると見られます。政府はその判断について消費者物価(生鮮食品を除く総合)だけでなく、(1)GDPデフレーター、(2) 単位当たり労働費用と(3) GDPギャップの指標を示したうえで「総合的に考慮し慎重に判断する」としています。デフレ脱却の判断の前提には、これらの3指標も前年比で改善する必要があります。そこで、これらの指標の足元までの傾向を見てみましょう。 

 

■政府が判断に使う指標の中身 

 

 (1)GDPデフレーターは、名目GDPと実質GDPの比率です。四半期サイクルで見た場合のGDP(国内総生産)は、その3カ月間に日本国内で生産された商品やサービスの価格から原材料価格を引いたものです。これが名目GDPとなります。その推移を過去と比較する場合に、過去と同じ量の商品を生産していても、商品価格が上がると、その分、名目GDPも上がってしまいます。こうした価格上昇分を除いたものが実質GDPです。名目GDPと実質GDPの比率を見ることで名目GDPにおける価格上昇分がわかります。 

 

 

 つまりGDPデフレーターは、物価の上昇を表すものなのです。消費者物価(生鮮食品を除く総合)との違いについては、GDPデフレーターは国内で生産されたモノすべてを網羅して平均的な物価の上昇を計算するものです。内閣府のウェブサイトから簡単に取得できますが、下図に示されるように、直近発表となる2024年7〜9月期まで8四半期連続で前年比プラスとなっています。GDPデフレーターからも物価が“持続的”に上昇していることがわかります。 

 

 次に、(2) 単位当たり労働費用は、企業が製品を作るのに必要となる賃金を表します。雇用者報酬を実質GDPで割ることで求められるものです。単位当たり労働費用が上昇すると、製品を作るための賃金が上がるので、“賃金上昇を伴う物価上昇”への圧力が期待できます。足元は前年比ベースでプラス傾向が見られます。 

 

 ここまで説明した指標は、いずれも足元の状況はデフレから脱してきていることを示すものでした。しかし最後のわが国の総需要と供給力との差を捉える(3)GDPギャップはそうではありません。企業などが保有する設備を、労働者が動かすことで製品が作られますが、国内の設備や労働力には限りがあります。 

 

 その限界を超えず巡航速度で生産できる量が国内の供給力です。人々が製品を買いたいという需要が供給力を上回ればGDPギャップはプラスとなります。この場合には物価が上昇する方向に向かうのですが、上図の丸印に示されるようにGDPギャップはマイナス傾向が続いています。 

 

 政府は消費者物価(生鮮食品を除く総合)を含めてこれらの4指標の改善から単純に“デフレ脱却”を判断するわけではないとしています。ただ、少なくともGDPギャップのマイナス状況では“再びデフレに戻る見込みがない”と判断はできずにデフレ脱却宣言は難しいと見られます。 

 

 昨年12月の経済財政諮問会議で、政府は2025年度のGDPギャップは0.4%のプラス転換との試算を示しました。少子高齢化による人手不足などから供給が絞られることが主な理由と説明されています。 

 

 また、昨年7月の政府の「年央試算」では、2025年度の消費者物価が2.2%(前年比)、GDPデフレーターは1.6%(前年比)と公表されています。依然、足元では物価上昇に賃金の伸びが追いつかない状況ですが、2025年の春闘に向けて、労働組合から高い賃上げ要求が相次いで発表されています。 

 

 

 日本労働組合総連合会(連合)は、2025年春闘の賃金要求方針について、全体では「定期昇給分を含め5%以上」とすると公表しました。このような賃金の上昇を伴う緩やかな物価上昇が期待されるなかで、2025年はデフレ脱却宣言に向けた環境は整ってくるでしょう。 

 

■2025年中はデフレ脱却宣言が難しい 

 

 しかし、筆者は2025年中に政府のデフレ脱却宣言は難しく、来年以降になると見ています。わが国がデフレに陥ってから実際に政府がデフレ認識を公表するまで長いラグがあったのと同様にデフレ脱却の宣言にも必要なラグがあると見ているからです。 

 

 これはデフレ脱却宣言が出された後の経済、金融政策の行方を考えると想像できる論点になるでしょう。 

 

 デフレ脱却宣言が出れば、わが国の経済、金融政策は大きな転換を迫られるでしょう。財政規律が議論されるなか、積極的な財政出動も難しくなるかもしれませんし、日銀も利上げがしやすくなる環境になります。デフレ脱却宣言をするには、政府にとって相応の覚悟が必要です。足元ではいまだ回復が遅れているGDPギャップの持続的なプラス傾向がポイントですが、仮に政府が行った試算どおりに2025年度にプラス転換した場合に、デフレ脱却宣言は来年(2026年)以降に持ち越されると見ています。 

 

吉野 貴晶 :ニッセイアセットマネジメント 投資工学開発センター長 

 

 

 
 

IMAGE