( 254091 ) 2025/01/23 17:06:36 0 00 労働市場の流動性は向上し、効率の良い企業を増やすこと。これがなければ日本経済の持続的な成長は見通せない(写真はイメージです) Photo:PIXTA
1月も後半になり、人事異動が話題となるシーズンだ。また、新卒学生の就職活動や社会人の転職活動も活発化している。日本の労働市場には問題点が多いが、徐々に変化しつつあるのも事実だ。賃上げをして優秀な人材を確保できなければ、「人手不足倒産」の憂き目に遭うことになる。中小企業には死活問題であり、今年は中小企業で早期退職実施や、M&A(企業の合併・買収)の重要性が高まることも、労働市場に好循環をもたらす一因になるはずだ。(多摩大学特別招聘教授 真壁昭夫)
● 中小企業では「人手不足は死活問題」
わが国の人手不足は深刻さを増している。製造業からサービス飲食・宿泊業まで、ほとんどの業種で人手不足を訴える声が高まっている。人手不足から倒産に追い込まれるケースも目立つ。特に中小企業では「人手不足は死活問題」という指摘を聞くことが多い。
人手を確保するためにも、賃上げの重要性は高まっている。大企業の中には、大卒の初任給を40万円超えの水準まで引き上げるところも出ている。また、役職定年の引き上げなども組み合わせることで人手の確保に奔走している。
ただ、中小企業が大幅な賃上げを毎年実行するハードルは高い。政府の価格転嫁促進策などはそれなりに拡充されているが、賃上げ余地が限られる中小企業にとって人手不足の解決は容易ではない。
一方、人手不足を一つの契機に、わが国の労働市場が徐々に変化しつつあるのも事実だ。これまでの新卒一括採用、終身雇用・年功序列型賃金などの慣行は少しずつ変わりつつある。大企業でも中途採用の割合が増え、労働市場の流動性が高まりつつある。個人にとっても、スキルを高める学び直しの重要性は増している。働く人それぞれの技術や能力が高まれば、企業の実力は高まり生産性の向上も期待できる。
となると政治の役目は、何だろうか。かつて「欧州の病人」と呼ばれたドイツの労働市場改革は参考になるだろう。日本政府も知恵を絞ってほしい。労働市場の流動性は向上し、効率の良い企業を増やすこと。これがなければ日本経済の持続的な成長は見通せない。
● 「人手不足」倒産が深刻化する、もっともな理由
2023年の人口動態統計によると、1人の女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率は1.20で過去最低を更新した。出生数や婚姻数も戦後最少だった。少子化、高齢化、人口減少の顕在化もあり、わが国の人手不足は深刻化している。
日本商工会議所と東京商工会議所が実施した『人手不足の状況および多様な人材の活躍等に関する調査』(24年9月発表)から事態の深刻さは確認できる。全国47都道府県の2392社を対象に実施したアンケート結果によると、「人手は不足している」との回答が63.0%に上った。うち65.5%は、廃業のリスクが高まるなど事業継続に支障が出る恐れがあると回答した。
実際に、廃業するケースも増えている。帝国データバンクの調査によると、24年の人手不足倒産件数は342件だった。同社が調査を開始した13年以降の過去最多を2年連続で更新した。21年は111件、22年は140件、23年は260件の人手不足倒産が発生したという。
業種別では、建設業の人手不足倒産が99件(前年から8件増)で最多。物流業は46件(同7件増)だった。2分野で、全体の42.4%を占める。他の業種では、飲食業(16件)など労働集約的な業種で倒産が増えている。飲食業の倒産増の一因として、インバウンド需要が急増した影響もあるだろう。海外観光客が増加する一方で、人手不足から需要を取り込めず、事業継続に行き詰まった事業者が増えたと想定される。
人手不足への主な対応策として、大手企業を中心に賃上げの重要性が高まっている。賃上げができないと、従業員が転職してしまう傾向が目立っているようだ。例えば小売り大手のイオンは、パートの時給を7%上げる調整に入ったと報じられた。イオンのパート従業員数は約42万人に上り、人件費の増加額は約400億円に達する可能性がある。
こうした賃上げの原資を捻出するため、早期退職を実施する大手企業も増えている。業績は黒字でも、早期退職を実施する企業も多い。積極的な賃上げによってデジタル分野など専門性の高いプロ人材を確保し、1人当たりの付加価値創出額を増やすことが狙いだ。
● 日本の雇用を支える中小企業こそ改革が必要だ
わが国の雇用を支えるのは大多数の中小企業である。しかし、大企業と事業規模の小さい事業者とでは、賃上げなど人手不足への対応に格差が出ている。余裕のある大企業は賃上げを比較的行いやすい一方、中小企業にとって大幅な賃上げは容易ではない。産業ごとに商習慣もあり、価格転嫁も一筋縄にはいかない。日本銀行による最新の『地域経済報告(さくらレポート)』によると、賃上げ分の価格転嫁は依然として難しいとの声が散見された。
そうした中、賃上げ以外の方策で人手不足に対応する事業者が出始めている。物流分野ではドライバー不足に対応するため、異業種を巻き込んだ共同配送が増えている。荷物を載せて運ぶパレットを規格統一する議論も進んだ。こういった取り組みも、中小企業の事業運営の効率性向上につながるだろう。
資本・業務提携やM&A(企業の合併・買収)戦略を重視する中小企業も増えている。事業継承に加えて、人手不足を克服するために他社と事業を統合する、あるいは自社の事業を売却する事業主が増えているのだ。事業統合した企業は、従来よりも少ない人員での業務が可能になるだろう。
この中小企業の事業統合やM&A増加が労働市場に与える影響は、今後ますます注目されるだろう。統合により経営体力が向上することで、中小企業でも人材開発戦略が実行しやすくなる。退職者が出た場合も、既存の人員で事業の効率性を高める余地が拡大するはずだ。
25年は、中小企業も早期退職を募り、人材の新陳代謝の向上を目指すことが増えるかもしれない。中小企業のM&Aの重要性が高まることも、わが国の労働市場の流動性の向上を支える要素になると考えられる。
● 政府は人材のマッチング政策を積極化せよ
人手不足は一見すると逆風であるものの、これを追い風にして労働市場の改革が進む可能性はありそうだ。25年は賃上げも引き続き、焦点となる。
大企業の中には、新卒学生の初任給を大幅に引き上げ、若年層の人員確保を目指すところが増えている。あるいは役職定年後に実力ある人材の雇用を延長する企業も増加傾向だ。
他方、AI(人工知能)などソフトウエア関連に長けた人材を高賃金で採用し、組織改革などを進めようとする企業もある。新卒一括採用、年功序列、終身雇用といったわが国の雇用慣行は崩れ始めている。そうした変化の波に乗って、新卒の段階からITスタートアップや海外企業へ就職したり、起業したりする人も増えている。
より高条件を狙って自己研さんに励む人が増えることは、企業にとっても好ましいことだ。企業側も、従業員に学び直しの機会を提供する意義は高めるべきだろう。双方に良い循環が起きれば、新しい構想を実現し、高付加価値のモノやサービスの創出につながる個人や企業は増えるだろう。
こうした流れこそ、わが国経済にとって必要なことだ。経済成長には、新しい需要の創出が欠かせない。イノベーションとは、これまでにはなかったモノ、生産プロセス、素材、マーケティング手法、組織の改編を目指すことをいう。政策の側面から取り組むべきことも多い。
2000年代のドイツでは、政府が解雇規制を緩和した。それに併せて、当時のシュレーダー政権は、失業者に学び直しと職業紹介の機会を提供した。就職をあっせんされた人には、失業保険の給付を減らすなどして就業意欲を刺激した。労働市場におけるマッチング促進政策こそ、1990年代に「欧州の病人」と呼ばれたドイツ経済の回復に重要だった。
「失われた30年」という言葉で表現されることが多いわが国経済も、令和時代に人手不足倒産に直面し、人材の重要性を改めて見直す段階であることは言うまでもない。たとえ人口が減少しても、働く人のリスキリングや就業意欲向上を刺激することで、高付加価値の商品を生み出せれば経済成長は可能だ。政府が人材のマッチング政策を実行することは、労働市場の改革の促進、わが国経済の回復に重要な役割を果たすはずだ。
真壁昭夫
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