( 254344 )  2025/01/24 05:24:06  
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タイでは中国製の安価な電気自動車(EV)が大量に販売され、消費者の不満が出ている。

中国メーカーがタイやインドネシア市場に台頭し、EVの販売が増加している。

インドネシアでも中国のBYDが市場に参入し、売り上げが伸びている。

中国EVの価格競争が今後も続く可能性があり、日本の自動車メーカーはインドネシア市場でシェアを守るために警戒すべきだと指摘されている。

(要約)

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「じゃかるた新聞」より 

 

 ※本稿は、じゃかるた新聞(2025年1月6日)の記事を再編集したものです。 

 

■中国製EVがタイで“大量の安売り” 

 

 「中国製の安価な電気自動車(EV)が流れてくれば、インドネシアの自動車市場に大激変が起きる」――。日系自動車大手メーカーの幹部がこう懸念するのは、東南アジア諸国連合(ASEAN)有数の自動車マーケットのタイでの昨年の動きを見てのことだ。 

 

 中国本土の不況で中国製EVがダンピングとも言える価格でタイ市場で大量に販売。あまりの値下げのペースに現地消費者団体が政府に抗議するに至っている。ロイターが報じた。 

 

 「今回の中国製EVの大幅値下げは先に購入した消費者に極めて不公平だ」――。タイでは現在、消費者団体からこうした抗議の声が上がっている。この「ダンピング」が最も注目を集めたのは24年7月。中国のEV大手BYDがタイの工場開設記念キャンペーンで主力多目的スポーツ車(SUV)「ATTO3」とセダン「SEAL」を大幅に値下げした。 

 

 値下げ幅は、車種によっては34万バーツ(日本円で約160万円)にもおよび、タイの消費者庁に当たる消費者保護委員会が購入者が不利益を被っていないか、調査に乗り出した。問題はなかったと結論づけられたが、「中国と対立してEV振興の流れを止めたくないタイ当局の忖度」(冒頭の幹部)との見方が強く、消費者の不満はくすぶったままだ。 

 

■タイで「中国バッテリーEV」が販売急増 

 

 タイ政府が2030年までに自動車生産の30%をEVとする方針を打ち出し、補助金制度を充実させた結果、23年以降、国内新車販売におけるバッテリーEV(BEV)の割合は急増している。タイ工業連盟(FTI)によると、BEVの割合は22年は1%台だったが、23年は10%付近まで伸びており、24年も10%台前半となる可能性が高いと見られている(JETRO「タイで飛躍的に拡大したBEV市場、中国ブランド同士で競争激化」)。全BEVのうち、中国メーカーは約8割を占めるため、ここ3年での躍進ぶりは目覚ましいものがある。 

 

 中国EVメーカーがタイ市場に大挙して押し寄せたのは中国本土のEV市場が成熟し、競争激化が深刻化しているためだ。中国ではEVの販売台数が2021年に前年の3倍近く伸び、22年には500万台を突破。しかし、23年から伸びが鈍化し、24年もかつてほどの勢いは見られない。 

 

 そのため、各メーカーは海外市場に活路を求めており、陸続きで輸出もしやすいタイは最有力ターゲットとなった。「ダンピングで市場をこじ開けてシェア獲得を図るのが中国式戦略。取扱量が増えると日本車だけ扱っていたディーラーも中国EVの取り扱いを始めるようになり、徐々に切り崩されていく」(タイ駐在経験のある自動車メーカー幹部)。 

 

 

■インドネシアに「中国BYD」が参入 

 

 インドネシアでもBEVは着実に増加している。インドネシア自動車工業会(ガイキンド)によると、2021年のBEVの販売台数はわずか1000台にも満たなかったが、23年の販売台数は約1万7000台へと増加。24年はウーリン、BYD、奇瑞汽車(チェリー)など中国勢だけで約5万台となっており、伸びが著しい。 

 

 24年のBEVの伸びに最も影響を与えたのは、BYDの参入だ。実際にBYDの車を買いに来るインドネシア人の顧客はどのような人たちか。中央ジャカルタの正規ディーラー店を年明け早々に訪れてみた。 

 

 全面ガラス張りで明るい店に入ると早速店員が歩み寄ってきた。この店員によると、「年明けから販売を開始しているが、この店だけで数千台の契約があった」という。実際にその通りかはわからないが、駐車場に来ている客の車が高級車や政府高官のナンバー車が多かったことから見ても、一定の売れ行きが続いていると想定される。店員は「今年はBYD単独で年間3万台の大台に到達する」と強気だ。 

 

 家族4人で店を訪れていた輸入商のハルトノさんは「BEVはジャカルタの主要道路で導入されている渋滞緩和策『ガンジールグナップ(奇数偶数)』の例外のため、都市部の移動がスムーズにできる」と話した。 

 

■中国EVの“安売り攻勢”が起きない保証はない 

 

 一方で、中国BEVの普及の最大のネックは価格だ。正規価格ではBYDのSEALやATTO3といった主力車種は正規価格が約5億ルピア(日本円で約500万円)するため、ジャカルタ特別州の最低賃金が5万円程度であることを考えれば、まだまだインドネシアの中間層にはハードルが高い。 

 

 中国の自動車メーカー「ウーリン」の二人乗り「エアEV」シリーズが1台約2億ルピア(約200万円)と比較的手ごろだが、中古のガソリン車がより安価で買える上に大家族が多いインドネシアの移動をカバーできないことから考えれば、現状では「富裕層のためのセカンドカー」としてのポジションに過ぎないと言える。 

 

 ただ、タイで見られたような中国EVの安売り攻勢が今年に起きないという保証は何もない。インドネシアに長く勤務する日系自動車部品メーカー幹部は「中国EVの価格が2億ルピア(約200万円)を切って販売されるケースがより増えれば、インドネシアも安心とは言えない」と危機感を持つ。 

 

 BYDはインドネシア国内のEV工場の建設に着手しており、来年からの生産開始を目指している。現地生産が始まれば国内販売価格が下がるのは言うまでもないが、この幹部は「昨年からBYDの輸入台数も増えており、今年から値引きキャンペーンが始まる可能性は高い」と予想する。 

 

 

■インドネシア政府は“EV振興”を進めている 

 

 インドネシア政府もEV振興を崩さない公算が大きい。インドネシアではEVバッテリーの材料となるニッケルの世界最大の埋蔵量を誇っており、ジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)前大統領の時代から、EVを国の主要産業に位置付ける方針を強調していた。 

 

 ジョコウィ氏は中国からの投資を呼び込むことを本格化した大統領だが、2022年には米国テキサス州のスペースX本社を訪問した。イーロン・マスク氏と直接面談を行い、テスラのEV組立工場やバッテリー製造拠点の誘致などについて話し合ったとみられる。 

 

 インドネシアでのテスラの製造拠点の新設は報道されては立ち消えになっているが、潜在的にはテスラ側にとってもニッケルの長期安定調達は大きなメリットがある。仮にテスラ側の投資が決まれば数十億ドル規模のプロジェクトに膨れ上がる可能性も指摘されており、インドネシア政府としても誘致は最優先事項となっているとみられる。 

 

 昨年に新たに就任したプラボウォ・スビアント大統領も2045年までの高所得国・先進国入りを目指す「黄金のインドネシア2045」を達成する手前、海外大手EVメーカー誘致路線は踏襲することは間違いない。 

 

■“日本車シェア9割”のインドネシア、油断できない状況に 

 

 今年に入り、中国EVのチェリーがEVの自社工場をインドネシア国内に設立するための調査を始めていると明らかにした。中国EV勢の動きは強まる一方だ。 

 

 現状、日系メーカーはインドネシアの自動車市場の約9割のシェアを占めており、タイと並ぶ東南アジアの超有望市場だ。しかし、昨今の状況を考えれば油断してばかりもいられまい。冒頭の自動車メーカー幹部はこう警鐘を鳴らす。 

 

 「インドネシアは親日国と無邪気に考えている日本人は少なくないが、それは他にライバルがいなかった幸福な時代の話。中国の政府や企業のロビイングが奏功すれば、インドネシア政府はこれまで以上に補助金などの優遇策を一気に推し進めるだろう。テスラの投資話もマスク氏の決断次第なため、EV全体のシェアが一気に増える可能性がある。日本は『古くからの絆』といった甘い幻想は捨てて、インドネシアと向き合う必要がある」。 

 

 今年の自動車市場の動向は今後の日イ関係の大きな試金石となるだろう。 

 

 

 

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赤井 俊文(あかい・としふみ) 

じゃかるた新聞編集長 

業界紙、大手通信社記者を経て独立。フリージャーナリストとしてネットメディア、週刊誌に寄稿実績を詰んだ後、今年1月にインドネシアの邦字紙「じゃかるた新聞」の編集長に就任。インドネシアを起点にASEANのニュースを日本の読者に伝える。 

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じゃかるた新聞編集長 赤井 俊文 

 

 

 
 

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