( 255649 )  2025/01/26 17:27:09  
00

筆者は、関門海峡に新しい架橋計画「下関北九州道路」について紹介している。

関門海峡は本州と九州を隔てる海峡で、既存の橋やトンネルがあるにもかかわらず、新たな架橋計画が必要とされている。

これは交通インフラの整備や都市圏の形成に関係し、架橋の目的は物流強化だけでなく、新たな経済圏の誕生や国際競争力の向上も期待されている。

これにより、福岡都市圏と下関・北九州都市圏が統合し、日本の成長エンジンとなる可能性があると述べられている。

(要約)

( 255651 )  2025/01/26 17:27:09  
00

「下関北九州道路」構想のイメージ(画像:国土地理院) 

 

 関門海峡には、新しい橋が必要なのだろうか――。 

 

 筆者(碓井益男、地方専門ライター)はこれまで、津軽海峡や豊予海峡、紀淡海峡など、日本列島を繋ぐ大規模な架橋計画について紹介してきたが、現在最も現実味を帯びているのが、関門海峡の新たな架橋計画「下関北九州道路」である。しかし、関門海峡には既に橋もトンネルも存在している。なぜ、新たな架橋が必要なのか。この疑問に答えるために、まずは関門海峡の歴史を振り返ってみよう。 

 

 関門海峡は、本州(山口県下関市)と九州(福岡県北九州市)を隔てる海峡で、最も狭い場所ではわずか500mしかない。この地理的特徴から、明治時代には既に鉄道用のトンネルや橋の構想があった。実現には時間がかかったが、1942(昭和17)年には最初の関門トンネルが開通し、下関と門司が鉄道で結ばれた。その後、1975年には新幹線用の新関門トンネルも完成した。 

 

 一方、道路面でも1958年に関門国道トンネルが開通。その後、危険物を積んだ車両が通行できないトンネルの制約や輸送量の増加を受け、1973年には関門橋が開通した。鉄道・道路の両方が日本の人流・物流において重要な役割を果たしている。特に関門橋は、中国自動車道と九州自動車道を結ぶ物流の大動脈として、年々その重要性が高まっている。1974年に1日9800台だった通行量は、2022年には3万5400台に達した。 

 

 この交通インフラの整備により、下関市と北九州市は県境を越えてひとつの経済圏を形成している。国土交通省の資料によれば、両市を合わせた都市圏人口は約120万人に達し、1日あたり約1万人が海峡を往来している。特に下関市民の北九州市への依存度が高く、下関市の市外通勤者の42.3%が北九州市へ通勤し、買い物客の往来も盛んである。 

 

「下関北九州道路」構想のイメージ(画像:国土地理院) 

 

 関門海峡を通る交通インフラは、日本経済の重要な部分を支え、約120万人の都市圏を形成している。しかし、既存の道路には深刻な問題がある。日常的な渋滞に加え、事故や工事による通行止めも頻繁に発生している。橋とトンネルの二重ルートがあるにもかかわらず、安定した交通の確保には至っていない。 

 

 さらに、新幹線トンネルを除く交通インフラは、海峡最狭部の早鞆ノ瀬戸(はやとものせと)付近に集中している点も問題だ。この場所はかつての国際貿易港である門司港に近いが、現在の北九州市の都市構造には効率が悪い。響灘や小倉の中心市街地から離れており、工業地帯や環境関連産業の集積地からも遠い。 

 

 これが、関門海峡に新たな架橋が計画された背景である。 

 

 このような状況から、下関北九州道路は他の海峡横断プロジェクトとは異なる経緯をたどってきた。1998(平成10)年の第5次全国総合開発計画では、伊勢湾口道路や紀淡連絡道路、豊予海峡道路など、日本各地の海峡を結ぶ大規模な架橋構想が含まれていたが、調査が行われたものの、2008年には財政難を理由に凍結された。しかし、下関北九州道路は例外だった。2016年11月、当時の石井啓一国土交通大臣は国会で 

 

「他の海峡横断プロジェクトとは違いがある」 

 

と明言し、関門海峡を強化することが必然だと認識されるようになった。 

 

 

北九州市(画像:写真AC) 

 

 具体的な計画はどこまで進んでいるのだろうか。 

 

 2024年5月に国土交通省が示した素案によると、下関市彦島と北九州市小倉北区を吊り橋で結ぶ計画が進められている。この橋は、下関側では旧彦島有料道路と、北九州側では都市高速道路の日明出入口付近と接続する予定だ。 

 

 現在、計画は素案段階であり、今後は都市計画決定や事業主体の検討が必要となる。実現には時間がかかるが、これまで紹介してきた他の架橋構想の中では、最も実現に近いものと言えるだろう。 

 

 新規架橋計画の整備効果に対する認識は、時代とともに進化してきた。1997(平成9)年の当初調査では、広域交通軸の強化という国土全体における効果が主な目的だった。しかし、2005年の調査では視点が大きく転換し、 

 

・両市の中心市街地連携 

・周遊型観光ルートの形成 

・海沿いのレジャー軸の育成 

 

など、地域に密着した効果が前面に出てきた。この変化は、下関市と北九州市が経済圏として一体化し、活発な人の往来が実際に行われている現状を反映している。 

 

 さらに最近では、120万人規模の連携中枢都市圏の形成や、災害時のリダンダンシー(代替機能)確保といった広範な効果への期待も高まっている。下関北九州道路の意義は、広域交通網の整備という当初の目的から、地域の具体的なニーズへの対応、そして都市圏全体の発展を支える基盤へと着実に深化している。 

 

 この先には、さらに大きな経済圏の可能性が広がっている。TSMCの熊本進出を契機に、九州全体がアジアと世界を見据えた産業発展を加速させている。1980年代からアジアの玄関口を目指してきた福岡市は、すでにその地位を確立している。下関・北九州都市圏は、この福岡都市圏と一体となることで、さらなる飛躍が期待されている。 

 

彦島の風景(画像:写真AC) 

 

 福岡・北九州・下関の大都市圏には、まだ十分に生かされていない大きな可能性がある。北九州市は、重厚長大産業から水素、環境、デジタル産業への転換を進め、下関市は水産業に加えて自動車関連産業を育てている。福岡市は、商業、サービス、IT産業の集積地として確固たる地位を築いている。この三都市の産業構造は、お互いに補完し合う関係にある。 

 

 また、この地域はアジアへの重要な玄関口としても機能している。関門海峡は、古くから国際貿易の要衝であり、現在でも北九州港は国際物流の拠点として活躍している。この立地条件は、アジアを見据えた国際競争力の高い経済圏を生み出す可能性を秘めている。 

 

 この点が、他の海峡横断プロジェクトとは一線を画す理由だ。架橋の主な目的は物流の動脈強化だが、それ以上に新たな経済圏の誕生が期待されている。福岡都市圏はアジアの玄関口として機能し、関門海峡を挟む下関・北九州都市圏(120万人規模)が融合することで、日本の新たな成長エンジンが生まれようとしている。 

 

 福岡市は市内中心部の大規模再開発で注目される一方、北九州市は2005年以降、人口が100万人を下回り減少が続いている。これまで衰退している印象を持たれがちな北九州市だが、実際には 

 

「世界の環境首都」 

 

を目指し、先進的な施策により世界から注目を集めている。 

 

下関北九州道路(画像:下関市) 

 

 だからこそ、下関北九州道路の意義は特別だ。この道路は、単なる物流インフラの整備にとどまらない。 

 

 環境技術で世界をリードする北九州市、アジアのゲートウェイとして成長を続ける福岡市、そして両市をつなぐ結節点となる下関市。この三都市が織りなす新しい経済圏は、日本の産業構造を変革する可能性を秘めている。 

 

 TSMCの進出を契機に、九州全体で半導体産業の集積が進んでいる今、このタイミングでの架橋整備は極めて重要だ。 

 

 地域振興や交通改善にとどまらず、アジアとの新しい経済関係を築く国家的なプロジェクト。それが、下関北九州道路だ。 

 

碓井益男(地方専門ライター) 

 

 

 
 

IMAGE