( 255699 )  2025/01/26 18:11:09  
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米国ではダイナミックプライシングが定着し、AIを用いて価格を決定する時代が近づいている。

意見は賛否があるが、物価高の中で適正価格を模索する必要がある。

英国ではオアシスの公演でダイナミックプライシングによるチケット価格の急騰が問題視され、日本でも急激な導入が懸念されている。

一部の人が快適なサービスを受ける企業側の利益優先のシステムとして批判されている。

 

 

日本企業ではダイナミックプライシングを活用する取り組みもあり、駐車場予約アプリ「akippa」ではAIを導入する実証実験も行われている。

価格設定の基準やデータの課題があり、AIによる完全自動化への移行が検討されている。

価格は人の感情を揺さぶるため、顧客満足度の観点もAIに取り入れる必要があるとされている。

AIを使いつつも消費者の納得感を得られる価格変動のバランスを重視する姿勢が必要とされている。

(要約)

( 255701 )  2025/01/26 18:11:09  
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大リーグなど米スポーツ界で定着しているダイナミックプライシング。大谷翔平選手が出場した昨年のワールドシリーズでもチケット価格の急騰が話題になった(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ) 

 

 AIを駆使した「ダイナミックプライシング」があらゆる価格を決める時代が近づきつつある。一方で、分刻みで価格が大幅変動するシステムには功罪を指摘する声も。空前の物価高が続く中、「適正価格」の模索が続く。AERA 2025年1月27日号より。 

 

*  *  * 

 

 アエラでダイナミックプライシングに関する意見を募ったところ、賛否は分かれた。 

 

 Jリーグのチケットを購入している大阪府のパート女性(54)は「バックスタンド上層部で7千円の時もあった」と指摘した上で、「試合によって入場者数の差もあるし、仕方ないだろうが、出費は痛い」と吐露。ホテルの予約で使った埼玉県のピアノ教師の女性(57)は「高くすれば、それだけ混雑が緩和されるのでいいのでは」と理解を示す。東京都の会社員男性(40)も「需要が増えれば値段が上がるのは当たり前。供給者は収益を増やせるし、需要者は混雑緩和になるなら良いこと。デメリットは特に思い当たりません」と好意的な受け止めだ。 

 

 一方、プロ野球のチケットを購入している東京都の会社員男性(57)は「導入前と比較して価格は上がったように感じられる」とし、「購入者側がメリットを感じられるのか若干疑問」と嘆く。ホテルや航空機、東京ディズニーランドで使う東京都の会社員男性(35)は「企業の収益は増えるのだろうが、金持ちが貧乏人を排除する合理的な仕組み」と批判。価格が高くても払える一部の人が快適なサービスを受けられる企業側の利益優先のシステムとの認識だ。 

 

■オアシスの公演で苦情殺到、英国当局が調査に乗り出す 

 

 海外では昨年、ダイナミックプライシングによる混乱が相次いで報じられた。世界的人気ロックバンド「オアシス」の再結成ツアーで、英国・アイルランド公演のチケットをダイナミックプライシングで販売したところ、値段が急騰。英BBCなどによると、英国公演で135ポンド(約2万6千円)の券が355ポンド(約7万円)に跳ね上がったり、アイルランド公演でも券によって4倍以上になったりした。このため苦情が相次ぎ、英国当局が調査に乗り出す騒ぎになった。 

 

 

 米国ではファストフードチェーン大手「ウェンディーズ」が、決算説明会で早ければ今年にもダイナミックプライシングを試験的に導入すると発表。この報道直後からSNSで批判的なコメントが相次いだため、その後、「値上げはしない」と発表するなど火消しに追われた。 

 

 ダイナミックプライシングの導入が急速に進む日本も対岸の火事では済まされない。デジタルマーケティングに詳しい東京工科大学の進藤美希教授はこう強調する。 

 

「消費者の納得感を得るのはすごく大事です。マーケティング戦略として客の側から見たブランド価値を精査し、モノやサービスの価値そのものに疑いを持たれないよう、適正価格とは何なのかをいま一度考え直す必要があります」 

 

 一方で、こうも述べた。 

 

「そもそも適正価格とは何なのか。私たちは『常識的な価格設定』という認識自体、捨て去らなければいけない時期にさしかかっているのかもしれません。ダイナミックプライシングがさまざまな分野に広がるのはもう止められません。そう考えれば、いまは固定価格の時代が終わろうとしている過渡期と捉えることもできます」 

 

■価格は人の感情を揺さぶる、顧客満足度の観点もAIに 

 

 日本企業の取り組みの現場を見てみよう。 

 

 駐車場予約アプリを運営する「akippa(アキッパ)」(大阪市)。空きスペースを持つ法人や個人のオーナーと、通勤や買い物、イベント参加のために駐車場を探すドライバーをマッチングする駐車場シェアリングサービスで人気を集めている。全国で常時4万5千件以上の駐車場が予約可能で、利用者は累計430万人を超える。最大30日前から1日単位や15分単位で駐車場を予約できる同社のサービスの根幹を支えるのが、ダイナミックプライシングだ。 

 

 同社は基準価格の「マイナス50~1700%」の幅で価格設定している。「15分30円」で提供することもあれば、花火大会など人気イベントの場合、1日数千円に跳ね上がることも。価格が高すぎると予約が埋まらず「在庫」を抱えることになり、価格が低すぎるとあっという間に予約が埋まり「在庫切れ」の状態になる。プライシング担当の大塔里紗さんはこう明かした。 

 

「ユーザーにもオーナーにも納得してもらえる最適価格を探るのは職人芸みたいなところがあります」 

 

 

 同社は現在、イベントの予約状況や周辺駐車場の価格を加味して値上げ、値下げを提案する自社開発ソフトと、マンパワーを組み合わせた「半自動」の体制で価格を決めている。需給は刻々変化するため、過去データに基づいてソフトが提示する価格をうのみにするわけにはいかず、最終的に担当チームが集まって議論する必要があるからだ。 

 

 価格設定の基準にも課題がある。同社はイベント会場など目的地から同心円状に徒歩5分、10分、15分圏内と区別したエリアごとに価格を設定している。しかしこれだと、踏切や河川といった直線距離では測れない障害物を考慮できない。 

 

「最小15分単位で価格を変えていくのに人力では無理がありますし、一つ一つの点(駐車場)ごとの価格設定を実現しないと適正価格は導き出せません」(大塔さん) 

 

 ソフトの元になるデータ入力も、その「ずれ」を是正する議論も、いずれもマンパワーでは限界というわけだ。このため同社は、2018年にAI導入の実証実験をスタートした。ただ、現時点で実用化には踏み切っていない。理由は「学習データが不完全」との判断からだ。AIの学習データがコロナ禍のイベント自粛期間と重なりイレギュラーなデータを蓄積した可能性があるという。プライシング担当の内藤仁さんは「今後はAIによる完全自動化を目指す」とする一方、こんな姿勢も示す。 

 

「この価格でどれぐらいの顧客満足度を得られたのかということもAIのアルゴリズムに取り入れ、売り上げは下がっても顧客満足度の観点から価格調整していくことも必要だと考えています」 

 

 その理由について内藤さんはこう答えた。 

 

「価格は人の気持ち、感情を揺さぶりますから」 

 

 前出の進藤教授は「AIは万能ではない」と強調する。 

 

「AIを扱う以上、どのような設計に基づき、どのようなデータを与え、どのように成長(学習)させるかは常に検討を重ねる必要があります」 

 

 一方で進藤教授は「AIによる価格変動システムを使わないほうがいいという選択肢はもうない」と言い切る。「AI任せ」になってはいけないが、消費者の納得感が得られる価格変動の幅と頻度を追求していくスタンスはこれからの企業に必須だ。(編集部・渡辺豪) 

 

※AERA 2025年1月27日号より抜粋 

 

渡辺豪 

 

 

 
 

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