( 256129 )  2025/01/27 17:18:11  
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日本の財政は現在非常に危機的な状況にあり、国債残高が1105兆円にも達し、人口減少の影響もあり国力が低下している。

『持続不可能な財政』では、日本の財政状況と再建策が論じられている。

日本の財政は世界最悪であり、しかし利払費が増えず、財政破綻は起きていないが、市場メカニズムが健全に機能すれば国債金利が上がり、財政運営が困難になる可能性がある。

これまで日本は他国のような赤字や債務超過に転落していないが、中央銀行の「事実上の財政ファイナンス」が国の財政を追い込む可能性があることが指摘されている。

(要約)

( 256131 )  2025/01/27 17:18:11  
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photo by getty Images 

 

我が国の財政運営は、このままではこの先、何かのきっかけで、いつ何どき、行き詰まってもおかしくない状態にすでに陥っている。しかも、1105兆円(2024年末の普通国債残高の見込み)という天文学的ともいえる借金の大きさと、歴史上かつて体験したことのない厳しい人口減少がもたらす国力の低下を鑑みれば、ついに「行き詰まった」ときに起こる事態は、我が国自身が第二次世界大戦の敗戦直後に経験した苛烈な国内債務調整に匹敵するものにならざるを得ない。 

 

静かに迫り来る財政危機を乗り切るために、私たちはいま何ができるのか。中央銀行の金融政策と財政政策に精通した日本総合研究所主席研究員の河村小百合氏と前参議院予算員会調査室長の藤井亮二氏が協力して取り組んだ『持続不可能な財政』では、危機的な状況にある日本の財政の現状と再建のための解決策の具体的な選択肢にはどのようなものがあるのかを真っ正面から論じている。 

 

(*本記事は河村小百合+藤井亮二『持続不可能な財政』から抜粋・再編集したものです) 

 

「我が国の財政事情は世界最悪」というのは、多くの方々が、かなり前からご存じだと思います。だというのに、リーマン・ショック(2008年)、東日本大震災(2011年)、コロナ危機(2020~23年)等を受けて大規模な財政出動を何度となく繰り返し、そうした危機時以外にも、「デフレ脱却」「景気が腰折れしては元も子もない」「経済あっての財政」などといった、一見、もっともらしいスローガンのもと、ほぼ一貫して拡張的な財政運営が続けられてきました。我が国の借金である国債残高は増嵩(ぞう すう)の一途をたどっており、財政事情の面では、「世界最悪」の水準を更新しながら、この恥ずべき地位を一貫してキープしてきたのです。 

 

他方、これだけ財政拡張路線を継続しても、これまでのところは「財政破綻に相当するような事態は何も起こっていない」のも事実です。だからこそ、国全体の財政運営に関する感覚がこれほどまでに緩み切ってしまっているのでしょう。 

 

 

「何も起こっていない」。それはなぜなのでしょうか。その理由はひとえに、巨額の借金残高の「維持費」とも言える利払費が増えずに済んできたからなのです。 

 

図表1-1は、我が国の2025年度一般会計当初予算政府案の歳出・歳入の構成をみたものです。歳出・歳入の予算規模が115.5兆円であるにもかかわらず、左側の歳出の円グラフのなかにある利払費はたったの10.5兆円で済んでいます。 

 

これまでの推移をみれば、我が国の借金の残高が「右肩上がり」で増え続けている半面、利払費の方は借金残高に合わせて増えるどころか、1980年代末から90年代にかけては、ほぼ横ばいで推移し、90年代末から2000年代半ばにかけてはなんと減少し、その後は概ね横ばいで推移してきたことがわかります(図表1-2)。これには日銀の金融政策運営が大きく影響しています。 

 

我が国は市場主義経済圏に属しています。何から何まで政府が決めたとおりに経済を運営する社会主義経済圏ではありません。 

 

市場主義経済においては、金利は本来、市場メカニズムで決まります。基本的には経済活動の活発さで決まってくるのです。こうしたメカニズムを利用しながら、中央銀行は、物価が安定するように短期金利をコントロールします。 

 

ただし、金利は、長めの期間の金利になればなるほど中央銀行のコントロールが及びにくくなるため、経済活動の活発さのみで決まるものでもなくなってきます。一国内での取引につけられる金利は、政府が借金をするときにつけられる国債金利を基準に決まります。 

 

通常であれば、市場主義経済における国家というのは、民主主義的な手続きを経たうえで徴税権を行使できる特別な経済主体で、その信用力は、どんな民間企業よりも高いと考えられます。ゆえに、どの国でも普通は、国債金利が最も低くなるのです。民間企業がお金を借りる時の金利は、国債金利にその企業の信用力の度合いを加味する形で、決められていくのです。 

 

もっとも、実際には当該国の政府の財政運営も、国債金利の水準に影響します。「国家の信用力はどんな民間企業よりも高い」のが普通であるとはいえ、なかには国債を乱発しても平気な放漫財政国家もあります。 

 

ただし、市場主義経済圏において市場メカニズムが健全に機能していれば、市場で国債の売買をしている投資家から、放漫財政国家は「借金をまじめに返す気がないのか」と判断され、高い金利をつけなければ国債を買ってもらえなくなるのが普通です。当該国から国債の元本の支払いを踏み倒された場合に備え、万が一そうなっても踏み倒された分をできるだけ埋め合わせられるように、投資家からは高い金利を要求されるようになるのです。実際に起こった事例としては、2022年秋の英国で発生した「トラス・ショック」が典型例です。 

 

英国では2022年9月に就任したトラス首相が、折からのエネルギー価格高騰を受け、財源の裏付けなく補助金を政府が配ったり所得税を減税したりする「成長戦略」を公表するや否や、市場では英国債や通貨英ポンドが売り込まれ、トラス首相はたちまち辞任を余儀なくされました。 

 

ところが、我が国では、英国よりもはるかに財政事情が悪く、「世界最悪」であるにもかかわらず、こうした事態は起きていません。 

 

「財源の裏付けなく赤字国債を乱発して補助金を配ったり所得税を減税する」などということを、これまで繰り返してきた我が国でこれまで金利が上がらなかったのは、市場から「この国はまじめに借金を返す気がある」と判断されてきたからではありません。中央銀行である日銀が黒田東彦前総裁の就任以降、普通の中央銀行では決してやらないようなオペレーションを行って、国債金利を力ずくで抑えつけてきたからなのです。 

 

日銀はすでに、国債の発行残高の約5割を保有している状態(図表1-3)です。これでは、民間投資家が活発に日本国債を売り買いしたくても、手許には日本国債の持ち合わせが十分になく、市場メカニズムは機能しようがなくなってしまっているのです。 

 

 

「でも金利が低ければ低いままでよいではないか」「国の利払費も増えずに済むのだからよいではないか」そう思われるかもしれません。 

 

しかしながら、そうはいかないのが市場主義経済です。 

 

今まで、日銀が金利を上げずに済んだのは、ひとえに物価が上がらなかったからです。そもそも日銀は黒田東彦前総裁のもと、デフレ脱却を目指して、異次元の超金融緩和を実施し続けてきました。他の中央銀行がどこも決してやらないほどの巨額の規模で国債を買い入れ、長期の国債金利までをも低水準に力ずくで押さえつけてきたのは、それでもなかなか我が国の物価が上がらなかったからこそだったのです。 

 

ところが、コロナ危機が峠を越えたあたりから、世界的な物価情勢は一変し、高インフレ局面に突入しました。そこで、他の主要中央銀行はどこも、異例のハイ・ペースでの金融引き締めに転換し、足許では高インフレをようやく抑えられるようになりつつあります。 

 

図表1-4のグラフが示す米英欧の中央銀行の実際の金融政策運営から明らかなように、ひとたび高インフレ局面になってしまえば、中央銀行が短期の政策金利を相当に引き上げ、その状態をしばらくの間、維持しなければ、とても高インフレを止めることはできません。中央銀行がそうやって短期の政策金利を引き上げれば、その影響は当然ながら長期金利にも波及し、各国の利払費は急増しています。しかしながら、各国は文句も泣き言も言わず、必死に利払費を工面して財政運営を回しています。他方、日銀は金融引き締めが後手に回りつつあるのは明らかです(図表1-4)。 

 

最初は「欧米ほどの高インフレにはなっていないから」とたかをくくっていたのでしょうが、2%を大きく上回る状態が2年半も続いているのに、短期の政策金利が、2度の利上げをしたとはいえ、まだまだゼロ%近傍では、インフレを抑えることができなくなりつつあります。 

 

しかも、昨今の我が国の物価上昇には、円安による輸入物価高が大きく寄与しています。これも、日銀のみが金融引き締めへの転換を渋り続け、海外各国との金利差が拡大する一方となったことが大きく作用しています(図表1-5)。国際金融市場でも、お金は基本的に金利の低い国から高い国へと流れてしまうからです。 

 

我が国でも、円安や物価上昇がこのまま続けば、日銀が金利をさらに上げていかなければ、円安もインフレも止められなくなることは自明です。 

 

 

ところが、この先、政策金利の追加利上げを続けていけば、日銀は赤字に転落、場合によってはほどなく債務超過に転落することになります。これは、中央銀行がリーマン・ショック以降、大規模に国債を買い入れるようになる前までは、決してあり得なかった事態です。それが実際にあり得るようになったのです。一国の中央銀行が赤字で債務超過に転落する──それは当該国の信用にとって重大な事態です。一時的で済むならまだしも長期化すれば大変なことになります。 

 

ちなみに、コロナ危機後に高インフレに見舞われた欧米の主要中央銀行は、ハイ・ペースでの利上げを果敢に実施したため、すでにどこも軒並み、赤字、ないし債務超過に転落しています。しかしながら彼らは、利上げと並行して、危機下で買い入れた国債を続々と手放しており、中央銀行自身の資産規模を縮小させることで、近年中に赤字や債務超過を克服する道筋を明確に示して市場の理解を得つつ、金融政策運営を進めているのです。 

 

そして、日銀が利上げを続け、市場経済メカニズムの下、利上げに連動して長期金利の上昇も続けば、国の財政運営上の利払費はさらに膨らむことになります。図表1-6は、財務省が毎年度の予算編成に合わせて公表している利払費の仮定計算の結果を示したものです。 

 

2024年2月に公表された仮定計算では、長期金利が2027年度には2.4%に上昇するとの前提のもと、利払費は同年度には15.4兆円、2033年度には実に24.8兆円に膨張する、との結果が示されています。ここまで膨張することになれば、我が国は財政運営を果たして継続していかれるのか、さすがに怪しくなってきてしまいます。 

 

「利払費が増えて困るなら、低いクーポン(表面金利)のついた国債をたくさん発行して、それをまるごと日銀に買い入れさせておけばよいではないか」と思われるかもしれません。 

 

確かに、我が国では現在、先述のように国債発行残高の約5割を日銀が保有しています(前掲図表1-3)。その国債につけられているクーポン(表面利率)を引き上げずに低利のままで借換債を発行して日銀に保有させ続ければ、国の利払費の増加は抑えられそうです。 

 

もっともこの場合、日銀の財務が同時に悪化することを見落としてはなりません。大規模な国債買い入れを実施した後の局面で中央銀行が利上げをしようとすれば、自らのバランス・シートの負債サイドにある中央銀行当座預金につける利率を上げなければなりません。その利率が、バランス・シートの資産サイドにある、買い入れた国債についた金利を下回ることになれば、中央銀行としてバランス・シートの資産サイド利回りと負債サイドの利回りが逆ざや状態に陥ることになります。 

 

仮に同じ「逆ざやの幅」でも、中央銀行自身が国債を順次、手放して資産規模を縮小させていけば、被る赤字の額は、 

 

「逆ざやの幅」×「当座預金残高」(≒資産規模) 

 

となるため、減らしていくことができます。海外の主要中央銀行は、今まさに、こういうオペレーションを実施して、赤字を克服しようとしています。 

 

ところが、我が国では財政事情が悪くて、利払費の膨張にはとても耐えられないからと、超低金利の国債を日銀に抱えさせたままにしようとすれば、日銀の財務は悪化した状態が延々と続きます。赤字幅や債務超過幅は、さらに拡大することになるかもしれません。こうした財政運営や金融政策運営をなお、継続しようとすれば、国際金融市場における通貨・円の信認が損なわれ、一段と円安が加速することは必至でしょう。 

 

このように考えれば明らかなように、我が国のように、中央銀行による「事実上の財政ファイナンス」が長期にわたって継続されてきた国においては、中央銀行が力ずくで「金利上昇」を抑えることはできても、国際的な資本移動が自由な開放経済体制のもとでは、「自国通貨安」によって、「中央銀行である日銀の財務運営の破綻」経由で、金融政策運営とともに国の財政運営が追い込まれることになるのです。 

 

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河村 小百合、藤井亮二 

 

 

 
 

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