( 256206 ) 2025/01/27 18:36:56 0 00 大学入試シーズンが本格化していますが、文科省の通知が混乱を招く事態もありました(写真:マハロ / PIXTA)
大学入試には、文部科学省(以下、文科省)が定めるルールがある。
このルールは、受験生の利益を損なわないようにするために、公正を旨として、高校と大学が協議してとりまとめられている。少子化の折、高校にとっては「大学合格実績」、大学にとっては「入学者の確保」といった、それぞれの思惑が見え隠れするものでもある。
そのルールの遵守を促す通知を、文科省が昨年末に各大学に出した。大学入試を俯瞰(ふかん)するにはよい材料なので、取り上げたい。
■きっかけは東洋大学の「青田買い」
この通知は「大学入学者選抜実施要項において定める試験期日等の遵守について(依頼)」で、第2回で触れた東洋大学の「青田買い」選抜に対して出されたものだ。
学校推薦型の公募推薦にもかかわらず、早期の実質的な学力試験による選抜に対して、昨秋、東京の私立中高の団体からクレームがついたことへの文科省の対応といえる。
これから大学の入学関連の部署は選抜試験の実施、判定、結果発表だけではなく、3月に始まる次年度の学生募集のための準備など繁忙期に入る。そんな折に、この通知。しかも年末年始の休暇に入る直前だ。
「自分のところは関係がない」と済ませる大学もあるだろうが、選抜試験をよく理解している大学の担当者は、モヤモヤを抱えての年越しとなったのではないだろうか。
なぜならば、この「通知」にはいくつかの疑念を持たざるを得ないところがある。
中途半端な対応の指示や今回の大学入試改革の方向性とは異なることが書かれており、中央教育審議会などの審議もなく変更されているのではないか、今後の大学入試を考えるにあたり大きな影響を与えることになりかねないのではないか、といったことが記載されているからだ。
■「前倒しの学力試験」、関西では以前から
この通知を知った関西の大学関係者から年末に連絡があり、年明け早々、関西に出向いて、意見交換をした。関西では30年以上前から公募制推薦入試として基礎学力テスト(文科省に言わせれば「前倒しの学力試験」か)が実施されてきた。
そのため今回の通知は関西の大学にとっては「理解不能」で、文科省はなにをいまさら言い始めたのかといった感覚である。
東洋大学は「関西もやっているのにどうしてダメなのか」と子どもじみたことを言っているが、東京の中高では「この動きを追随する大学が出てきたら従来の進路指導ができなくなる」との懸念が広がっていた。こうした高校側の懸念を、文科省はこの通知では下記のようにまとめている。
・(期日以前に選抜が行われることにより)生徒の安易な進路選択につながるなど、進路指導という観点を含め、高等学校教育に大きな影響を及ぼす
・一部の大学において実施要項の趣旨を踏まえず、高等学校教育における学びの継続性や教育課程に影響を与えかねない、早期選抜が実施されていることに憂慮し、正常な高等学校における教育と大学における教育の接続が実施されるよう願う
・総合型選抜や学校推薦型選抜では入試方法の多様化、評価尺度の多元化に対する大学の努力の一環であり、選考に当たり丁寧な資料の見取りとそれに係る時間を相応に要することから、一般選抜に比して早期に実施されているものと理解
・現行の実施要項に基づけば、各大学はアドミッション・ポリシーに基づいて大学入学者選抜を実施するものであり、少子化によって減少する学生を他大学に先駆けて確保することが目的ではないはず
ここに書かれていることは、東洋大学を想定すれば、至極まっとうな批判であり正論である。ただ、これは一方当事者の意見、しかも一部の意見に過ぎない。
■文科省通知に困惑する理由
もう一方の当事者である大学の意見はどうなのだろうか。
少子化の波は、大学よりも先に高校にやってくる。今回の東洋大学の「事前実施」は「滑り止めの青田買い」である。受験生心理としては「滑り止め」は早期に安易に確保したい。だから2万人もの受験生を集めることができた。
従来であれば、東洋大学を滑り止めに考えない層、つまり東洋大学よりも難度が高い大学を滑り止めにした層が東洋大学を滑り止めにしてしまうことを高校側は危惧したのだろう。
これにより、高校ではいわゆるMARCHクラスの合格者数が減る可能性があり、「合格実績」の見栄えが悪くなる。だから東京の私立高校は大騒ぎをしているのだと指摘する関西の大学関係者もいる。
こうした関西方面の大学からは前述のように「なにを今さら言うんだ。30年前から定着している入試方式なのに……」という声が聞こえる。
大学側としては、
「履修範囲に影響のない基礎学力試験は、従来も学力考査と見なされず実施可能だった」
「文科省は『学力の三要素』を審査するように指示するが、基礎学力試験をしないでいかに判断するのか」
「英語の民間4技能試験は、期日に関係がない資格試験だが、一般選抜では資格試験の成績を提出することで英語の学力考査を『見なし満点』にするのだから、これも学力考査と見なされるのか
「小論文、口頭試問でも基礎学力試験に相当することを審査できるが、これは大丈夫なのか」
など、さまざまな疑問が生じているだろう。
さらに言えば、基礎学力試験を学力考査と見なされると、実施が遅くなり、合否の判定が遅れて合格発表が一般選抜の実施時期になる。そんなことをしたら受験生は大変である。
「年内入試」の合否がわからないから一般選抜を受けなければならない。特に地方から都市部の大学を目指す受験生には必要のないコスト(時間・費用)を課すことになりかねない。
大学側にとっても、2月1日から3月25日という一般選抜の実施期間はとても狭く、他大学の不合格者を受け入れるためには試験の実施の融通が利かなくなる。結果として受験生には不利益になる。
ならば大学は、実施時期の早い大学入学共通テストを活用すればよいのではないかと考えるかもしれないが、大学入試センターから大学に共通テストの成績が提供されるには時間がかかる。個別試験を2月1日に実施するよりも合格発表は遅くなる可能性があるのだ。
いずれも文科省が整理できていない部分である。文科省の通知が、大学側に実態を無視した「後出しジャンケン」と捉えられても仕方ないものだ。
今回の大学入試改革で文科省が出した大方針は「学力の三要素」をどの選抜方式でも審査することである。今回の通知で焦点となる「学力考査」の位置づけと、この大方針との整合性を問われることになる。特にいわゆる「年内入試」で基礎学力をいかに評価するかといった問題をいかに解決するかである。
そして、入試日程は高校の教育、さらには大学受験を控える高校生にとって大きな影響を与えるものであるがゆえに、大学側、高校側の双方が十分に協議をし、納得のいく結論を出してもらいたい。
■学生募集について各大学に自由度があれば
ただ一方で、こうした大学入試にまつわる「ルール」はもっと大まかなものでよいのではないかという意見があることは付記しておきたい。
学生募集は大学経営の根幹に関わるものである。もっと自由度があれば、受験生により大きな利益をもたらすことができるのではないかといった考えだ。
今回の東洋大学のようなことが起これば、その大学は高校からも受験生からも嫌われる。大学の自浄努力に託して、市場原理に任せるべきだということだ。
ビジネスの世界から見れば、活動を制約するルールは少ない方がよいと考えるだろう。特に少子化で学生募集が厳しくなるのだから自由な発想でイノベーティブな受験システムができあがってもよいのではないかと考えられるからだ。
今回の件について高校側と大学側の協議がなされるだろうが、文科省の調整能力がいかに機能するか。今後の動向に注目したい。
後藤 健夫 :教育ジャーナリスト
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