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トヨタ自動車の工業学園出身者である田中星次さんについて、彼が専門部で学んだことや陸上部に所属していた経験、そして職場での職場先輩制度についての記事が紹介されています。

田中さんは専門部で電子機器の組み立てを学び、学園で学んだ技術や経験がトヨタの現場で活かされていることを語っています。

また、学園での経験やつながりが今でも役立っており、職場での人間関係や成長を支える重要性が紹介されています。

(要約)

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トヨタ自動車の田中星次さん(2006年トヨタ工業学園専門部卒) - 撮影=プレジデントオンライン編集部 

 

トヨタ自動車には、15歳以上の企業内教育を行う「トヨタ工業学園」がある。3年間の高等部があるほか、専門部では18歳以上の学生がより専門性の高い技能を学ぶ。たった1年の期間だが、トヨタの生産現場でどのように生かされているのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんによる連載「トヨタの人づくり」。第9回は「トヨタの『走る技術者』」――。 

 

■選んだ理由は「陸上部があったから」 

 

 田中星次、1987年生まれ。愛知県の豊橋市出身、豊橋工業高校を卒業して2005年に専門部に進んだ。田中は地元の章南中学では学年で9番だった。それでも普通高校に進まず、豊橋工業高校に進学した。豊橋工業高校では首席で卒業した。ただ、田中のために書いておくけれど、本人が「僕は一番だ」と自慢して言ったわけではない。 

 

 「学園の専門部を選んだ理由はふたつです。ひとつは兄が工業高校に行っていて、そこからトヨタに入ったこと。僕もトヨタに入りたいと思った。もうひとつはトヨタに陸上部があったからです。僕は走ることが好きだったから豊橋工業高校に進んで、そこの陸上部に入りました」 

 

 田中は短距離選手だ。100メートルのタイムを聞いた。彼は即答した。 

 

 「10秒4」 

 

 速いじゃないですかとわたしは言った。 

 

 田中は微笑んだ。 

 

 「自分が社会人になってから一番、よかった記録が10秒4でした。ただ、オリンピックに出るには10秒2は切らないと……」 

 

 トヨタには運動部がある。強化部という一流選手が入る運動部と一般部という社員が入る運動部だ。彼は一般部で主将を務めていたことがある。 

 

■最先端技術の話が聞けるのは学園だけ 

 

 さて、専門部には前述の通り、電子と電気のスペシャリストを養成している。田中は電子機器の組み立てを学んでいた。 

 

 「電子はソフトの開発といったことまで含んでいます。今でしたらスマホアプリ開発もやっているのではないでしょうか。電子科は開発が多く、電気科は現場の保全への配属が多いです。専門部の授業は実戦的でした。自分は電子機械科っていうところでプログラム開発もやりましたし、基盤を作ったり機械加工もしました。 

 

 1年間の授業を終えてから職場に入って思いましたが、基本的なところはだいたいわかりました。一から教えてもらうことがなかったから、専門部は現場で役に立つ教育をしていたと思います。また、指導員の先生方が職場から来られていたので、リアルなことを教わりました。ほんの少し前まで、世の中に出る直前の車を触っていたといった話を聞くとわくわくしました。工業高校の先生からはそういった話を聞くことはできませんから。 

 

 例えば自動車センサーの講座で、『最新のミリ波レーダーの性能はここまでになっている』と教わった。トヨタの現場における最先端技術の話が聞けるのは学園の授業だけです」 

 

 

■先輩後輩がいないからこそ生まれる「絆」 

 

 田中は「学園にはいい思い出はたくさんあります」と笑って言った。 

 

 「僕は専門部の16期なんです。1年の期間だから、先輩も後輩もいません。でも、横のつながりは卒業してからずいぶんたつけれど、今でもあります。寮生活をしたことがなかったから、不安はあったのですが、最後はほんとに仲が良くなりました。 

 

 高校でいうクラスの友達みたいな子と朝から晩まで一緒にいて一緒にご飯も食べて一緒にお風呂も入ってという生活をしたわけです。絆が生まれたというか。今でもそのメンバーとは一緒にお酒を飲みに行ったり、仕事の現場で会えば普通の社員の人とは少し違う関わり方で仕事ができたり。寮で共同生活をしていたというのはいい思い出です。 

 

 確かに直接の先輩、後輩はいないのですが、職場に入って専門部卒ですと言うと、周りにいる専門部卒の人が面倒をみてくれたり、各職場でも学園の飲み会をしようとなったりします。大きなくくりのなかで先輩、後輩のつながりがあります」 

 

 田中の説明を聞いていると、トヨタの生産現場には、めんどう見と職場先輩の制度が確立している。そのせいもあり、出身校や地域別に人が集まり、閥を作ることはまずない。 

 

■後輩には、家族のような接し方をする 

 

 トヨタの取材をしていて感じるけれど、誰もが学閥、地方閥の話はしない。出身や国籍の違いも話題にのぼらない。めんどう見、職場先輩の制度もさることながら、正真正銘のグローバル企業だからだ。 

 

 たとえば、豊田市の本社や周囲にある工場の受付を訪ねると、行列しているのは世界各国から来たビジネスパーソンだ。受付前ではさまざまな言葉が飛び交っていて、国連の総会でも始まるのではないかと思われるほどなのである。 

 

 名鉄豊田市駅周辺のホテルに泊まって、朝食会場に行くと、これまた世界からやってきた人たちが食事をしている。朝食ビュッフェのおかず類は和食、洋食だけではない。必ずエスニックメニューがある。豊田市にいると六本木や大手町よりもグローバルな気配を感じる。 

 

 めんどう見と職場先輩の制度、そしてグローバルな職場環境が学歴と出身の価値を低減させている。 

 

 めんどう見とは田中の理解では「家族のような接し方をすること。愛情をもって人の面倒を見ること」だ。その通りのことを果たして現実の世界でやることができるのか。 

 

 一般の職場で新人や後輩に言葉通り「家族のように愛情を持って接する」ことはほぼあり得ない。 

 

 しかし、だがトヨタでは全員とは言わないけれど言葉通りの意味で「家族のように愛情を持って接する」ことを実現している。それも、日本だけではない。ケンタッキー工場などアメリカの一部の生産現場でも「めんどう見」はちゃんと行われている。 

 

 

■昔、彼女に振られた時も… 

 

 職場先輩の制度も機能している。「チューター」など似たような名称で職場先輩のような制度を採り入れている会社もあるだろう。 

 

 しかし、トヨタは徹底会社だ。職場先輩という名前の人間が指名されるだけではない。職場先輩になったら、家族のように愛情を持って接しなくてはならない、とされる。 

 

 田中は自分が職場先輩を持った時、そして、自身が職場先輩をやった時のことについて、こう話す。 

 

 「新人の時は職場先輩がひとり付きました。その先輩は会社で仕事の相談に乗ってくれました。それだけでなく、その人の自宅に招いてもらったりもしました。そして、プライベートでも、たとえば、彼女に振られたといったことがあれば必ず助けてくれました。助けてくれたといっても、『そうか。じゃあ、俺が紹介しよう』ではありません。『田中、次に行くしかないな』と言われるくらいですけど。それでも折れた心が元に戻りました。 

 

 職場によりますが、基本的には男子には男子、女子には女子の職場先輩が付きます。職場先輩は新人に対してのもので、20代後半の人間がやります。1対1が多いと思います。ひとりでふたりの後輩の面倒を見るのはちょっと大変だと思う。私がやった時は後輩からのノートを見て、返事をして、食事に誘って話をしました」 

 

■6年もの間、3人の先輩が助けてくれた 

 

 職場にもよるが、職場先輩になった人は定期的に面談の機会を持つ。食事に誘ったりもする。折半もあるけれど、先輩が出すことのほうが多い。そして技能系(工場勤務)の場合、職場先輩の期間は2年間だ(事技系、大卒でも制度はある)。技能系の高校卒で入社した新人は入った日からノートのやりとりが始まる。ノートは月報だ。月単位でやりとりがある。先輩は後輩が書いた内容を読んで、コメントを付けて返す。 

 

 「今月は自動運転ソフトについて学び、開発をしました」などと書いてきたら、「では、問題点を見つけてカイゼンしていってください」などと書く。 

 

 そして、ひと月に一回くらい、先輩は後輩を誘って食事をしたり、自宅に招いたりする。田中の場合は入社後、職場先輩が3人いた。ひとり2年間だから、3人で6年間、めんどうを見てもらったことになる。なお、ノートのやりとりは実質は1年半だ。2年目の最後にステップアップ研修が行われるので、その際にはレポートを提出しなければならない。 

 

 そして、トヨタは研修、教育が多い。2年目、5年目、7年目など、期間は違うが、必ず研修とレポート提出がある。学ぶほうも大変だけれど、実は中身を見て、確認して的確なアドバイスを送る研修役、職場先輩の負担も大きいのである。 

 

 

■後輩を誘うのが難しい時代だが… 

 

 人材の採用、教育研修では受ける側よりも実施する側に情熱がなくてはうまくいかない。トヨタの人づくりでは研修役、職場先輩が果たす力が大きい。 

 

 職場先輩がどこまでめんどう見をするかということでは個人差が大きいようだ。プライベートな話は避ける人もいれば、何でも相談に乗る人もいる。食事に誘う人もいれば、お茶だけを飲む程度にとどめる人もいる。個人間の距離を詰めることに対して「ハラスメントだ」と感じる人もいる世の中なので、職場先輩も気を遣うと思われる。 

 

 田中が入社してから長くなり、自分が職場先輩としての立場になった時にやったことはプライベートな相談に乗ることだった。ただし、これは「聞いてあげる」ということにとどめたという。個人の問題に対しては過度に干渉することはできないと感じていたからだった。 

 

 過度な干渉は避けるような時代環境になったこともある。職場先輩の人たち全員、そのことを感じているだろう。 

 

 さて、田中は食事をするとしてもふたりで3000円程度の居酒屋に行った。割り勘でもなく、おごったのでもなく、やや多めに出した。また、引っ越しの際、いらなくなった家電製品は「欲しい」と言ってきた後輩にタダであげた。家電をもらった後輩はそれを次の後輩に譲ったという。職場先輩のめんどう見はこうしたところまで及んでいる。 

 

■相手の「わからない」は教えるほうが悪い 

 

 ただし、「いらない家電は後輩に譲ること」といったことまで会社は規定していない。「食事するとしたら割り勘より多く出す」といったこともむろん明文化されていない。 

 

 個人で判断するのが、職場先輩であり、めんどう見だ。 

 

 職場先輩という制度は故郷を離れてひとりで暮らしている若者のために、先輩が親に代わってめんどうを見たところから始まっている。中学や高校を出たばかりの若者のために始まったもので、先輩が自主的にやわらかい態度で接することから発展し、制度になった。会社が強制できるものではない。自主的に生まれたものが発展した友愛の制度だ。会社が導入するには難しい制度だ。 

 

 田中は学園で教わった「親身に教える」態度が職場先輩になった時に役に立ったと言っている。 

 

 「最初は不思議に感じました。学園では非常に親身になって教えてくれる。一度、僕が『この部分はわからないです』と言ったら、指導員が深刻な顔になって、『そうか。俺の説明が悪かったな。では、どういうところがわからないのか角度を変えて話してみる』と言ってくれました。こういった体験は自分が職場先輩になったときに重要でした。教えたことを相手がわからないというのは、教えているほうが悪い。それがトヨタの考え方なんです。相手に伝わらないのは自分の責任だ、と」 

 

 

 
 

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