( 257176 ) 2025/01/29 17:35:09 0 00 写真=稲垣 純也
キャッシュレス化の負担に悩むのは大手チェーン店も同じだ。1都3県に100店舗以上ある「名代富士そば」で、交通系ICカード、現金に加えて、最初にQRコード対応の券売機が登場したのは22年。しかし、それから2年以上がたった今も、導入済みの店舗は約3割にとどまる。
富士そばを展開するダイタンホールディングス(東京・渋谷)は、傘下に店舗の運営会社が6社あり、メニュー展開や運営方針などは各社に任されている。最初にキャッシュレス化に踏み切ったのは、ダイタンキッチン(東京・渋谷)の店舗だが、そこからなかなか広がっていかない。もう1つの運営会社であるダイタンディッシュ(東京・渋谷)のエリアマネージャー、石田達也氏も「主にコスト負担の大きさが問題になっている」と話す。
同社が展開する11店舗のうち5店舗はキャッシュレスに対応済み。主に駅に近い店舗が対象だ。牛丼やカレーなどの大手チェーンと競合するため、支払い方法の制約をできるだけなくして客離れを防ぐ狙いがある。
しかし、それ以上の展開には、コスト負担が壁になる。現金と交通系ICカードが使える券売機の価格は1台200万~220万円。ここにQRコード決済機能を追加するとさらに60万円がかかる。
キャッシュレス化に対応するには、券売機の入れ替えのほか、モニターの新設なども必要になる。それらのコストを考えると、従来店舗と比べて約2倍の初期投資が必要になるという。
キャッシュレス化で客単価が40~50円上がったり、現金の詰まりによるトラブルが減ったりしてメリットも感じたものの、投資対効果を考え合わせれば、まだ全面展開には踏み切れない。
富士そばの客単価は700円前後で、大手飲食チェーン店の中では比較的低い。ここからキャッシュレス決済の手数料を支払うのは痛手だ。ダイタンディッシュは、今後の新券売機の導入をどうするか検討中だという。
他の運営会社も同様で、「交通系ICカードと現金だけで問題ない」「手数料がもったいない」といった声が上がる。結果として「富士そばチェーン全体の方針も決まっていない」と石田氏は言う。
飲食店以外でも、食品スーパー「ロピア」を展開するOIC(オイシー)グループ(川崎市)やドラッグストアのコスモス薬品など、基本的に現金払いしか受け付けない小売事業者がある。ニッセイ基礎研究所の福本氏は「商品やサービスの差別化が難しく、価格競争に陥りがちな業種や、薄利多売の業種では、現金払い限定にしてコストを引き下げるのは1つの考え方だ」と話す。
キャッシュレス化を進めるか、現金払いを続けるか。両者をてんびんに掛ける小売り・サービス業者の悩みはまだ続きそうだ。小規模事業者の経営に詳しい税理士の金子尚弘氏は「いったん始めてみたものの手数料負担に耐えられず、キャッシュレス決済をやめる店舗も出てくるのではないか」と予想する。
その背景には、キャッシュレス化のメリットが正確性や省力化にとどまっている現状がある。決済情報を購買情報と捉え直せば、その分析によって、購買動向を知るなどのメリットも出てくる。今後、加盟店はこうしたデータによる付加価値で、キャッシュレス化に伴う投資コストを回収するという意識が必要になるだろう。
一蘭、訪日客がキャッシュレス後押し
「訪日客(インバウンド)による後押しがなければここまで早く導入は進まなかった」。豚骨ラーメンチェーンの一蘭(福岡市)広報部の中島菫氏は、こう語る。
同社が券売機のキャッシュレス導入を開始したのは2018年。ラーメンチェーンの中では比較的早かったが、新型コロナウイルス禍の影響などもあって、それ以降の導入ペースは鈍っていた。
再びキャッシュレス化へのアクセルを踏むきっかけとなったのが、現金をあまり持たないインバウンドの増加だった。日本に来たらラーメンを食べたいと考える外国人は多く、人気メニューの1つ。そして、同店の名前もよく知られている。開店前から来店客の行列ができている光景も珍しくない。
コロナ禍以降でも、とりわけ24年に入ってからのキャッシュレス化の進展は速かった。24年11月には、国内にある約80店舗のほぼ全店で、クレジットカードやQRコード決済に対応した券売機の導入を完了した。
一般的にラーメン店は他の飲食店と比較して客単価が安い。そのため、導入コストが大きいキャッシュレス化のハードルは高いと見られている。しかし、一蘭は店内での飲食に加え、店頭での物販や通信販売にも力を入れており、それらを含めれば来店1人当たりの売上高は、競合店よりも高くなっている。つまりキャッシュレス化の原資を確保しやすい業態だったと言える。
導入当初は収益への悪影響も懸念されたが、蓋を開けてみれば、それ以上にインバウンドをはじめとする来店客の利便性向上を確認することができた。その実績に自信を深め、一気に全国の店舗で展開を進めたというわけだ。中島氏は「キャッシュレス化による収益への悪影響は、今後もないと考えている」と語る。
一蘭はキャッシュレス化を弾みに新たなデジタルトランスフォーメーション(DX)も進めている。従来、替え玉などの追加注文は、席に備えてある用紙にペンで記入して店員に渡す方式だったが、24年5月から一部店舗でタッチパネル方式の利用を始めた。ただし、決済機能を盛り込むまでには至っておらず、支払いは現金のみ。キャッシュレス化を進める余地はまだ残っている。
関 ひらら
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