( 259111 ) 2025/02/02 16:56:49 0 00 成田空港(画像:写真AC)
世界の主要空港の中で、成田空港ほど「遠さ」が議論される空港は少ない。ロンドン・ヒースロー、パリ・シャルル・ド・ゴール、北京首都国際空港などは、いずれも都心から30km圏内に位置し、鉄道や道路でのアクセスが確立されている。
それに対して、成田空港は都心から
「60km以上」
離れ、開港から半世紀以上経った現在でも、その「遠さ」を解消するための十分な手立ては取られていない。
では、なぜ成田空港は都心からこれほど離れた場所に建設されたのか。この問いに答えるためには、単なる地理的要因にとどまらず、日本の戦後史や国内政治、国際関係、さらには航空政策の変遷を深く理解する必要がある。
成田闘争。1967年。
1960年代、日本の航空需要は急激に拡大し、当時の東京国際空港(現・羽田空港)は限界を迎えていた。滑走路の延長や施設の拡張が検討されたが、東京湾という地理的制約の中で、羽田の拡張は物理的に不可能だった。
そのため、政府は新たな国際空港の建設を決定し、候補地選びを開始した。初めに千葉県富里や茨城県霞ヶ浦が候補地として挙がったが、軍事利用や地元の反対により実現せず、最終的に千葉県成田市三里塚が選ばれた。
この選定にはいくつかの合理的な理由があった。まず、比較的広大な土地が確保しやすかったこと。当時の三里塚は農地が中心で、都市化が進んでいなかった。次に、地価が低く、大規模な空港建設が可能だったこと。都心近郊では土地の買収費用が高騰する恐れがあり、成田はその点で有利だった。そして、風向きや地形が航空機の運航に適していたため、北風・南風に沿った滑走路設計が可能だった。
しかし、政府が予想していなかった大きな障壁が、空港建設を阻むことになる。成田空港の建設決定が発表されると、地元農民や支援する学生運動家たちによる激しい反対運動が起こった。空港建設用地は強制収用を含む形で取得され、これがさらなる反発を招いた。この反対運動は
「成田闘争」
と呼ばれ、単なる地元住民の反対にとどまらず、日本の政治や社会を揺るがす大規模な衝突へと発展した。
反対派は空港予定地にバリケードを築き、機動隊と激しく衝突した。空港建設に携わる関係者への襲撃事件も発生し、警察官や反対派の死者も出た。1978(昭和53)年5月、ようやく開港には至ったものの、当初の計画通りにはいかなかった。
本来ならば、成田空港と都心を直結する新幹線が開通する予定だったが、成田闘争の影響でこの計画は白紙化された。その代替として京成線とJR線が乗り入れることになったが、都心からの所要時間が長く、国際空港としての利便性には課題を残した。もし成田新幹線が実現していれば、現在の成田空港は「遠い」とはいわれなかったかもしれない。
首都圏の空域(画像:東京都都市整備局)
成田空港の「遠さ」を語る上で、もうひとつ重要な要因がある。それが
「横田空域」
である。東京都福生市にある横田基地を中心とした広大な空域は現在も米軍の管制下にあり、ここに進入するためには米軍の許可が必要で、日本の航空機も自由に航行することができない。
そのため、成田空港を離陸する航空機は、横田空域を避けるために大きく迂回するルートを取らざるを得ない。本来ならば直線的に飛行できるはずの航路が、余分な距離と時間を要することとなる。
また、羽田空港の国際線復活にともない、都心上空を通過する新たな航路が設定されることとなったが、横田空域との調整は難航した。2019年に羽田空港の進入路が見直され、羽田発着便の効率は改善されたものの、成田空港の航路には依然として影響を及ぼしている。
これらを考慮すると、成田空港の「遠さ」は単なる地理的な距離にとどまらず、成田闘争によるアクセス計画の頓挫と米軍の管理下にある空域という二重の制約が重なった
「構造的な遠さ」
であることが理解できる。
成田空港(画像:写真AC)
近年、羽田空港の国際線拡充が進む中、成田空港の役割は変化している。成田はLCC(格安航空会社)の拠点としての色合いが強まり、長距離国際線と低コスト航空のハブとして機能する方向にシフトしている。空港東側を通る圏央道の大栄ジャンクションと松尾横芝インターチェンジ間が2026年度に開通予定であり、アクセスの向上も期待されている。
もし当時、政府が成田闘争を慎重に処理し、住民との合意形成を進めていれば、またもし横田空域の管理権を戦後早期に取り戻していれば、成田空港の立地は今とは異なった可能性がある。しかし、こうした仮定の議論は歴史に「もし」を持ち込むものであり、確証を得ることはできない。
それでも、成田空港の立地が単なる偶然ではなく、日本の戦後史の中で必然的に生まれたものであることは間違いない。そして、その「必然」によってもたらされた遠さの代償は、今なお私たちが払い続けている。
猫柳蓮(フリーライター)
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