( 259681 ) 2025/02/03 17:21:53 0 00 Photo:Tomohiro Ohsumi/gettyimages
ソフトバンクで孫正義社長の秘書をやっていた時、「孫社長の会議に出席する時は、この言葉だけは絶対発してはいけない」「これを言ってしまうと会議メンバーとして二度と呼ばれなくなるぞ」と話していたことがあります。どんな言葉でしょうか。(トライズ 三木雄信)
● 25歳・第二新卒の秘書に“憐れむ目” 孫正義が「太陽」に例えられるワケ
私は25歳の時、ソフトバンクグループの創業者である孫正義氏(当時は社長)の「かばん持ち」になりました。今でいえば第二新卒で、ベンチャー企業の社長の秘書に転職したわけです。仕事は、孫社長の全てのミーティングの議事録を取り、社内の関係各所にその内容を連絡して、孫社長のスケジュールがうまく回るようにサポートするものでした。
当時の孫社長は40歳。朝は、ホテルで社外の重要人物とモーニングを食べながらのミーティングで始まる日もありました。そして、その後もずっと会議が続きます。ランチも夕食も、基本的にはミーティングをしながら。会食がない日は夜10時まで会議です。つまり、孫社長は1日13時間から14時間もミーティングをしていたのです。
それら全てに、私は出席していました。孫社長と一緒にいた時間は、家族といた時間よりも圧倒的に長かった。この経験を通じて、私は経営者の基盤を作ることができました。
しかし当時、私が「孫社長の秘書です」と自己紹介すると、たいていの人が“憐れむ目”をしながら、「それは大変だね」「焼け死なないように頑張ってね」と声をかけてきました。
入社してから知ったのですが、ソフトバンク社内では孫社長との付き合い方の金言として、次のようなことが言われていました。
「太陽に近過ぎると焼け死ぬ。遠くても寒くて凍え死ぬ。程よい距離を保つことが長生きするコツ」
孫社長のビジネスへの熱意は並々ならぬもので、周囲への要求レベルも高かった。そんな孫社長を太陽に例えて、周りの社員はどのように孫社長と付き合えばいいかを常に考えていたのです。
もう一つ、上司や先輩が、「孫社長の会議に出席する時は、この言葉だけは絶対発してはいけない」「これを言ってしまうと会議メンバーとして二度と呼ばれなくなるぞ」と話していたことがあります。私も、「気を付けろよ」と口酸っぱく言われました。
それは、孫社長の前では決して、「検討中です」と言ってはいけないというものでした。
この話を最初に聞いた時は正直、意味が分かりませんでした。私は新卒でいわゆる丸の内の企業に3年務めていたので、会議で「検討中です」と聞くことは日常茶飯事だったからです。
そんなある日のこと。孫社長の前で、ソフトバンクに転職してきたばかりの社員が「検討中です」と言ってしまいました。すると孫社長は烈火の如く怒り出し、「お前はずっと考え続けているのか?24時間、朝から晩まで検討し続けているのか?寝ている時も検討しているのか?そんなことはないだろう。『検討中』と会議で答えるな!」と言い放ったのでした。
残念ながらその後、その社員を孫社長の会議で見かけることはありませんでした。
実は、孫社長のミーティングは単なる喋り場ではないのです。孫社長にとって会議とは、最速で事業を立ち上げるための意思決定の場所でした。
孫社長は新しい事業を思いつくと、荒唐無稽なアイデアの段階で、私のようなかばん持ちをはじめ周囲の人とディスカッションを始めます。私は大したことは言えなかったのですが、とにかくNGワードだけは意識しながら、できるだけ返答していました。ビジネスパーソンとしては未熟な私でも、「壁打ちの壁」としては役立っていたようです。今でいえば、「人間Chat GPT」だったのかもしれません。
そして実現可能性が少し高まったところで、本社の経営管理部門の幹部や顧問の弁護士、会計士が呼ばれて会議が始まります。そして法務、財務、経理、税務などの側面からも課題を練って、さらに事業としての実現可能性を高めていきます。
次に会議に呼ばれるのが、その事業に関連するであろう事業会社のトップやその部下たちです。この場で、新事業を実行する事業会社が決まります。そして、その事業会社の実際のマーケットの数字などと照らし合わせながら、ビジネスプランに反映していきます。その事業を成功させるコミットメントや関係者たちの目標も定められるのです。
最後に、外部の金融機関や提携先の幹部も会議に呼ばれて話し合います。こうして出来上がったビジネスプランが取締役会に上程され、世の中に発表されるという流れです。
この間、わずか3カ月程度。段階を経る中で、会議の参加者はどんどん増えていきます。最終的には20人ぐらいに膨らむこともありました。
孫社長にとって会議とは全ての情報を共有し、意思決定を連続して行い、ビジネスを作ることそのもの。その場で1人でも「検討中です」などと言うのは、事業全体の遅延をもたらすことになり許されないのです。
「なんて素早いんだ!さすがITベンチャー」などと思った人もいるかもしれません。しかし私は、古くからある製造業でも同じことだと思います。例えば、自動車は約3万個もの部品で構成されていますが、その1つでも欠品すれば完成しません。つまり、孫社長にとって事業の製造現場であるミーティングで「検討中です」と言うのは、工場で「部品の在庫がありません」と言うのと同じなのです。
日本の製造現場は優れていると評価される一方で、ホワイトカラーの生産性は低いと批判されています。その理由は、「検討中です」が蔓延しているからではないでしょうか。
三木雄信
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