( 260719 ) 2025/02/05 16:55:42 1 00 高齢ドライバーが抱えるジレンマについて、日本の地方部に住む高齢者にとって自家用車が必要不可欠な存在であることが述べられる。
「免許を返納したい」と「車を使い続けたい」
というジレンマに直面している。
「車がなくても生活できる環境を整える」
ことが重要であり、公共交通の利用や移動手段の提案が行われている。 |
( 260721 ) 2025/02/05 16:55:42 0 00 地方のイメージ(画像:写真AC)
「運転するのはもう怖い。しかし、車がなければ生活が成り立たない」
この言葉は、多くの高齢ドライバーが抱えるジレンマを反映している。日本の地方部に住む高齢者にとって、自家用車は単なる移動手段以上の存在だ。買い物や病院の通院、友人との交流など、日常生活のあらゆる場面で車が必要とされる地域が多数を占めている。
それにもかかわらず、社会の風潮は高齢ドライバーに対してますます厳しくなっている。高齢者による交通事故が報じられるたびに、「免許の返納を促進すべきだ」という声が強まる。警察庁の統計を見ると、1998年には2596件だった自主返納件数が、2019年には60万件を超えた。しかし、2023年にはその数は約38万件に減少しており、この動きの鈍化は、高齢者自身が
「免許を返納したい」 「生活の維持に必要な手段として車を使い続けたい」
という現実に直面していることを示している。
クロス・マーケティング(東京都新宿区)は、2025年1月に全国18~79歳の男女3,000人を対象に「仕事・人生設計に関する実態・意識調査」を実施した。この調査結果によると、高齢者ドライバー(65歳以上)に対して免許返納の適切な年齢について尋ねたところ、「79歳までに返納した方がよい」と考える人は
「58%」
に達した。一方、実年齢が70代の人々の中ではその割合が41%と最も低く、この年代において免許返納に対する賛同が最も少ないことが分かった。実年齢が低くなるほど、免許返納を早めに行うべきだという意識が高まる傾向が見られ、こうした傾向が顕著に現れた。
高齢ドライバー(画像:写真AC)
都市圏では公共交通が発達しており、免許を返納してもバスや鉄道を利用すれば大きな不便を感じることは少ない。しかし、五大都市圏の中心部を除くと、日本のほとんどの地域は依然として「車社会」が支配的だ。例えば、スーパーや病院が町の中心に集中している場合が多く、自宅から徒歩圏内に商業施設がないことも珍しくない。
農林水産政策研究所の推計によれば、買い物に困難を抱える高齢者は全国で904万人、うち75歳以上の高齢者は566万人に上る。免許を返納すれば、
「食料品すら買えない」
という事態に直面する高齢者が多いという現実がある。特に青森県や秋田県では、75歳以上の約3割が「買い物難民」となっており、この割合は全国でも最も深刻だ。
また、地方ではバスやタクシーの運行本数が限られている。自治体や民間企業が提供する「デマンド交通(予約制乗合タクシー)」も導入されているが、運行地域や時間帯に制約があり、自由な移動が難しい状況が続いている。さらに、タクシー料金も高齢者にとっては大きな経済的負担となる。
地方のイメージ(画像:写真AC)
高齢ドライバーによる交通事故は深刻な社会問題である。認知機能の低下が事故の原因となることもあり、高齢ドライバーの運転リスクは無視できない。
しかし、「免許を返納すれば安全になる」という考えは誤りである。免許返納後に生活が困難となり、外出機会が減少することで、逆に認知症のリスクが高まる可能性が指摘されている。筑波大学の研究チームは、車の運転をやめて自由な移動手段を失った高齢者は、運転を続けた高齢者よりも要介護状態になるリスクが2倍高いという結果を発表している(2019年)。
この研究では、2006(平成18)年から2007年にかけて車を運転していた65歳以上の高齢者2844人を対象に、2010年時点で運転を続けているかどうかを確認した。その結果、「運転を続けた高齢者2704人」と「運転をやめた高齢者140人」を比較したところ、運転をやめた高齢者は運転を続けていた高齢者よりも、要介護状態になるリスクが2.04倍高かったことがわかった。また、
「免許返納 = 公共交通の利用」
という前提が成り立たない地域も多い。地方では、「バスは1日3本」「タクシーの初乗りが700円以上」といったケースもあり、公共交通は高齢者にとって十分な移動手段とはいえない場合が多い。利用者が少ない地域では、運行コストを補填するために初乗り料金が高く設定されていることが多く、公共交通の選択肢は限られている。
このため、免許を返納した高齢者は徒歩での移動を強いられ、その結果、転倒や骨折などの健康リスクを抱えることが懸念されている。
高齢ドライバー(画像:写真AC)
免許返納が進まない最も大きな理由は、返納後の生活を支える仕組みが整っていない点にある。では、どのように解決するべきか。
ひとつめは、「ラストワンマイル」の支援強化である。地方では、バス停や鉄道駅があっても自宅からその場所までの距離が遠いため、公共交通を利用することが難しいケースが多い。高齢者が自宅からスムーズに移動できるよう、無料送迎や乗合タクシーの拡充が重要だ。
次に、「カーシェアリング」の普及が挙げられる。完全に車を手放すのではなく、必要なときだけ車を使える仕組みが重要である。地域住民が共同でカーシェアリングを利用することで、維持費を抑えつつ、必要なときに移動手段を確保することが可能となる。さらに、「運転補助機能付き車両」の導入を進め、事故リスクを抑えつつ安全運転を支援する技術の活用も求められる。
三つめは、「モビリティ付き住宅」の開発である。最近、一部の自治体では「高齢者向けの移動サービス付き住宅」の開発が進んでいる。これは、シニア向けの賃貸住宅や施設に専用の送迎サービスを組み合わせ、住居と移動を一体化する取り組みだ。このような「移動を前提とした住まいづくり」が、今後地方における高齢者の生活を支える重要な鍵となる。
地方のイメージ(画像:写真AC)
現状では、免許返納は「個人の判断」として扱われがちだが、車社会に依存する地方では、それは単なる個人の選択を超えて、社会全体の課題として捉える必要がある。
日本の75歳以上の人口は今後増加し、2025年には2179万人、2055年には2401万人に達すると予測されている。高齢者が安全かつ快適に移動できる社会を実現するためには、単に「車をやめること」を前提にするのではなく、「車がなくても生活できる環境を整えること」が重要だ。
免許返納に関する議論は、「安全か、危険か」という視点だけではなく、「免許返納後にどのように生活していけるか」という視点に変えるべきだ。これが地方の高齢者が抱えるジレンマを解決する一歩となるだろう。
この課題を解決するためには、社会全体で
「優しさ」
を育むことが重要だ。トルコの国立防衛大学の研究チームによる調査では、優しさのレベルが高い人は、うつ症状が少なく、主観的な幸福感が高い傾向があることが明らかになった(Psychological Reports 2024年9月2日付け)。
この結果は、優しさが心理的健康にポジティブな影響を与えることを示している。社会が優しさを重視し、支え合う環境を整えれば、高齢者は安心して生活でき、免許返納後も自立した生活を送ることができるだろう。したがって、目指すべきは優しさに満ちた社会の実現であり、それが高齢者のジレンマを解決するカギとなる。
高齢者に車を手放して公共交通を利用するよう一方的にいうことは、便利な都会に住む人々の視点だけで考えられた意見なのだ。
清原研哉(考察ライター)
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