( 260756 ) 2025/02/05 17:39:05 0 00 図表1:令和6年産米の集荷業者の集荷・販売状況(出典:農水省「米の基本指針(案)に関する主なデータ等」(令和7年1月))
昨夏の“令和の米騒動”に端を発する米価の高騰が年明け以降も続いてきた。そんなコメのバブルに冷や水を浴びせたのが、江藤 拓農水大臣による備蓄米の放出の示唆だった。備蓄米はこれまで凶作といった条件を満たさないと出せなかったが、より柔軟にすることで、JA全農、JA経済連、全集連といった集荷団体に売り渡すと見られる。この決定にお墨付きを与える会議が1月31日に開かれた。しかしその場で大量のコメが所在不明であることが明らかになり、コメ業界の課題があらわになった──。
「集荷量が直近で21万トンの減となっている」
農水省農産局の武田 裕紀企画課長は農水大臣の諮問機関である「食料・農業・農村政策審議会」の食糧部会で、こう説明した。
農水省が調査している集荷業者の集荷量は、2024年9月末時点で前年比17万トンの減だった(図表1)。それが同年12月末に20.6万トンまで減少幅が広がった。集荷は前年に比べ9%近く落ちたことになる。
1月に開催する予定だった食糧部会は、同月末日というギリギリのタイミングで開かれた。先延ばしされたのは、日程だけではない。その場で農水省が示した今後の見通しも、その場しのぎの帳尻合わせの感が強く、現状を直視することを避けていた。
200人を超えた傍聴者の多くは、同省の見立てに首をかしげたはずだ。すなわち、前年比で集荷量は21万トン減ったけれども、2024年産米の生産量は逆に18万トン増えている──というものである。
生産量の増加分を上回る量を集荷できていないという、つじつまの合わない説明だ。これが正しいとすれば、差し引き39万トン分が所在不明ということになる。このところ、17万トンを茶わんに換算して「消えた『茶わん26億杯』分……」(日経新聞、2025年2月1日)といった報道がされている。これに倣うと39万トン、すなわち茶わん60億杯分が消えたことになる。
農水省がはじき出した2024年産米の生産量は679万トンだから、6%近くがどこかに行ったということだ。そんなことがあり得るのか。
1番素直な見立ては、集荷量だけでなく生産量も減ったということ。部会に出席した卸売業者からは「集荷が苦戦しているだけか。生産量が減っているんじゃないか」との指摘があり、同調する参加者が複数いた。
生産量が増えながらも集荷量が落ちた理由として、農水省が繰り返したのが集荷における競争の過熱だった。
「要するに、生産量が不足しているわけではない。流通に滞りが起きている。そこで備蓄米をある種、貸し出すような形で流通の滞りを解消したい」(武田氏)
農水省は一貫して、卸売業者に高騰の責任を転嫁した。在庫を囲って出さない業者がいるから、備蓄米を放出するのはやむを得ない、政策と見立ては間違っておらず我々は悪くない──との主張だ。
農水省は米価を高く保つため、生産調整、いわゆる減反政策を採っている。その主導のもとでコメの生産を抑制する政策で、2018年に廃止されたという触れ込みながら、実際には連綿と続いてきた。令和の米騒動は、簡単に言うとこの生産調整がうまくいかずに起きた。同省がそろばんをはじき間違えて、増えた需要に供給が追い付かなかったのだ。
そしていま、コメ業界の関係者は2025年の夏も前年のようなコメ不足が起きる可能性が高いと考えている。
コメの在庫の水準は、近年で最も低くなっている(図表2)。
この状況で2024年産の生産量が減っていれば、コメはほぼ確実に不足する。昨夏の米騒動で、2023年産米までの在庫が食いつぶされたからだ。2024年産米は、そもそもコメが大幅に不足した状態から取引を始めている。マイナスからのスタートなのだ。
だから農水省は、2024年産米が不作だと都合が悪い。幸いと言うべきか、同省が8000筆(枚)もの田んぼを調査して出した2024年産の作況指数は「101」。平年を100とするこの指数としては、「平年並み」となる。生産面積に作況指数を掛け合わせた結果、生産量は増えているはずだと同省は主張してきた。
これを素直に受け止める業界関係者は、ほとんどいない。部会に出席した委員からも作況指数が現実と異なるとの苦言が相次いだ。
理由はいくつもあるが、1つに近年広く発生する高温障害が挙げられる。ひどいと10アール当たり収量が何割も下がるうえ、地域や田んぼによって大きな差が出る。作況指数を割り出すための抽出調査では、もはや正確な収穫量を把握できない。だから作況指数は業界関係者から信用されていない。
減反政策は毎年3,500億円を拠出して行われている。机上の計算で供給と需要をつり合わせるという農水省のもくろみはそもそもむちゃであり、近年、離農の加速や高温障害といった不確定要素が拡大して限界を迎えている。米価を上げるには供給量を需要量ギリギリまで抑える必要があるが、農水省の読みが外れる年が続いている。
食糧部会に話を戻すと、2時間で2つの議題を話し合うはずが、第1の議題である備蓄米の放出の是非だけで1時間50分かかった。委員からの意見に対する武田氏の回答は「生産基盤強化、安定供給につなげていきたい」といった当たり障りのないものに終始した。
この部会が「適当」との結論を出した備蓄米の放出は、いくつもの問題を抱えている。
まず、備蓄米を渡す相手として想定している団体に偏りがあることが挙げられる。JAグループのコメの集荷率は、公称54%(2023年産米)なので、ここを中心に供給すればそれなりに不足が解消され得るのは事実だ。とはいえ、ほかの小規模な事業者が不利な競争を強いられる「民業圧迫」となる恐れが否めない。今後値崩れが起きれば、高値が続くと見越して在庫を確保した業者は損をする。
次に、備蓄米を売り渡した分は新米が出てきたら買い戻す、要は返すという前提に無理がありそうだということ。集荷業者に売った分は、政府が1年以内に同等、同量の国産米を買い戻すというのが条件になっている。これは集荷できていないコメがかなりの量眠っているとの「仮説」(農水省)に基づく。
現実はその逆で、2024年産米は農水省の主張とは裏腹に不作だった可能性が高い。そうなると、今夏は再びコメが足りなくなりかねない。1年以内に在庫の余裕が生じなければ、返しようがなくなる。そうなると、なし崩し的に返還しなくてよくなるのだろうか。
備蓄米放出は、農水省がやりたかったわけではなく、米価の高騰に世論の不満が高まることを重く見た官邸主導の動きとされる。その内容や審議の過程が矛盾だらけなのは、当然だ。減反政策というコメ業界の「ラスボス」を放置したままの対症療法は、果たしていつまで有効なのだろうか。農政に一家言あるとされる石破政権のうちに、何らかの改革が進まなければ、次の機会は巡ってこないかもしれない。
執筆:ジャーナリスト 山口 亮子
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