( 262806 ) 2025/02/09 17:38:11 0 00 和倉温泉駅・富山駅から到着したサンダーバード44号。大阪駅で2012年12月25日撮影(画像:大塚良治)
JR西日本の長谷川一明社長は、2024年12月4日に開催された与党の北陸新幹線敦賀・大阪間整備検討委員会で、大阪と和倉温泉を結ぶ臨時特急列車の運行を検討する考えを示した。
筆者(大塚良治、経営学者)は以前、当媒体に「「乗り換え不便」 北陸新幹線・敦賀延伸 収益確保が生んだ皮肉な帰結、それなら敦賀駅をテーマパーク化してはどうか?」(2024年3月24日配信)と言う記事を書き、ハピラインふくいとIRいしかわ鉄道への在来線特急運行の有償委託による敦賀越え在来線特急の復活を提案した。
また、「まずは、大阪~和倉温泉直通「特急サンダーバード」を復活させてはどうか?【リレー連載】やるぜ、能登復興。(1)」(2024年4月1日配信)でも、和倉温泉直通特急について
「乗り換えなしで大阪まで行ける安心感」
を強調した。本稿では、敦賀以東への定期特急の直通運転を復活させるための課題と視点を提示・提案する。
北陸新幹線と北陸本線特急の乗継駅となった敦賀駅。2024年8月1日(画像:大塚良治)
北陸新幹線が敦賀駅まで開業する前、大阪・名古屋と福井・金沢・和倉温泉・富山などを結ぶ敦賀経由の特急が運行されていた。特に夜行列車では、大阪と新潟、青森、北海道を敦賀経由で結ぶ列車もあった。
2015(平成27)年3月14日に北陸新幹線長野~金沢間が開業し、北陸本線金沢以東の区間は第三セクター並行在来線事業者(以下、並在事業者)へ移管された。その結果、大阪発着の特急「サンダーバード」や名古屋発着の特急「しらさぎ」が富山方面などへの乗り入れを終了した。
2024年3月16日には北陸新幹線金沢~敦賀間が開業し、並行在来線である北陸本線の敦賀~大聖寺間がハピラインふくいに、大聖寺~金沢間がIRいしかわ鉄道にそれぞれ移管された。このため、JR在来線特急の敦賀以東への直通運転は取り止めとなった。
米原駅に停車中のしらさぎ1号富山行き。2009年12月12日撮影(画像:大塚良治)
JR在来線特急の敦賀以東への定期特急直通運転を復活させる上での障害となる要因として、次の3点が挙げられる。
1.北陸新幹線の利用減少の可能性 2.旅客列車の割合増加による並在事業者の線路使用料収入減 3.並在事業者との調整の必要性
「1」については、北陸新幹線が開業し、JRが経営分離を決定した北陸本線の一部区間が並在事業者に移管されたことで、JRと並在事業者は競合関係にある。JRが敦賀以東で並在事業者に特急を直通運転させると、新幹線の利用が減少する可能性がある。
「2」については、国土交通省鉄道局によると、JR貨物から並在事業者に支払われる線路使用料は、貨物列車と旅客列車の走行実績に基づいて決まるため、旅客列車の割合が増えると、並在事業者が受け取る線路使用料収入は減少する。そのため、並在事業者は線路使用料収入の減少を補えるだけの旅客収入が見込めない限り、特急列車を運行・増発するメリットはない。IRいしかわ鉄道は
「当社線を経由する特急は、石川県からの要望で運行を継続している。特急の運行により旅客列車の割合が高まるため、その分JR貨物から受け取る線路使用料収入は減る。運賃と特急料金は入ってくるが、線路使用料の減収分には足りていない」
と現状を説明している。
「3」については、JR西日本が並在事業者に特急運行の協力を求める場合、JR西日本は線路使用料収入減に対する補償やダイヤ編成の調整を行う必要があるかもしれない。JR西日本にとっては、特急の敦賀折り返しを続ける方が、新幹線利用の促進や並在事業者との調整回避の面で有利となる。
修善寺駅に到着した踊り子9号。2025年1月21日撮影(画像:大塚良治)
現状のままでは、特急の直通運転復活は難しいが、新たな視点を提供すれば、不可能ではないと考える。
参考になる事例がある。それは、東京駅と伊豆急下田駅・修善寺駅間で運行されている特急「踊り子」だ。修善寺発着列車の場合、東京駅から熱海駅まで104.6kmの区間はJR東日本東海道本線を走り、熱海駅から三島駅まで16.1kmはJR東海東海道本線を走る。そして、三島駅から修善寺駅まで19.8kmは伊豆箱根鉄道駿豆線を走行する。
修善寺発着の踊り子に関しては、伊豆箱根鉄道が重要な役割を果たしている。同社は行政の会議で、
「踊り子はJRの車両のため車両使用料をJRに支払うことから、踊り子単体としては赤字だが、東京駅や品川駅、横浜駅というターミナル駅に『修善寺行き』という行先が出ることに対する広告料だと思っているので、赤字でも続けていかなければ」と説明し、それを受けて沿線自治体である伊豆市も「東京駅に『修善寺行』はぜひ残したい。ローカル鉄道を使った小さな旅というようなものを地域の中で行っていければと思っている」
と反応している(「令和5年度 第3回伊豆市地域公共交通会議 議事要旨」より)。
これらの発言からわかるのは、伊豆箱根鉄道にとって踊り子は広告手段であり、沿線地域にとっては観光振興の重要な役割を果たす列車だということだ。また、JR東日本にとっては、修善寺発着の踊り子は三島駅や伊豆箱根鉄道駿豆線を利用する需要を取り込むことで、利用者数を増やす効果がある。ただし、熱海駅での伊豆急下田駅発着の編成との解結や連結作業、JR東海とのダイヤ調整の手間が発生する。
一方、JR東海にとっては、東京駅から熱海駅間で並行する東海道新幹線の乗客を減らす可能性があるため、修善寺発着の踊り子は懸念材料だった。かつては、国鉄時代から使われてきた185系の引退時に踊り子が廃止される可能性も取り沙汰されたが、2021年3月13日のダイヤ改正でE257系に置き換えられた後も、踊り子は存続することとなった。
図1「踊り子」修善寺行き存続によるJR東海の減収額(画像:大塚良治)
一見、JR東海が存続に同意しないほうが合理的に思えるが、必ずしもそうとはいえない。
現状を確かめるため、1月下旬に東京駅から踊り子9号修善寺行きに乗車した。終点の修善寺駅では約50人が下車した。そのなかには外国人観光客も多く、踊り子がインバウンド誘致に貢献していることがわかった。
踊り子の定期列車は1日2往復が修善寺駅に乗り入れており、1列車平均50人の乗降があったと仮定すると、年間利用者数は7万3000人となる(臨時列車の乗降客数は除外)。
東京駅~三島駅間でJR東海の大人ひとり当たり減収額は約3551円(東京駅~三島駅間新幹線自由席4070円-熱海駅~三島駅間踊り子収入519円)と推算できるため、年間減収額は約2.6億円となる(発券手数料などは無視。図1参照)。
実際には、途中停車駅での乗降や臨時列車の乗車人員の変動もあり、この通りの金額になるとは限らないが、減収額は小さくないと考えられる。
図2「踊り子」の収入分配の例(画像:大塚良治)
それでもJR東海が存続に同意しているのは、観光地としての中伊豆・西伊豆のPRによって収入が増える効果を期待しているからかもしれない。
仮に修善寺発着の踊り子が廃止されると、乗り換えの手間を避けるため、中伊豆・西伊豆から東伊豆への観光客の移動が起こる可能性がある。
東伊豆エリアを観光地として選ぶ人が増えると、東京駅などから東伊豆エリアへの直通列車を運行するJR東日本は収入を得ることができる一方、JR東海は減収になる可能性がある。
東京駅や品川駅から東伊豆エリアへ向かう場合、東海道新幹線を利用するには熱海駅での乗り換えが必要だ。横浜駅など東海道新幹線が停まらない駅と東伊豆エリアの間の移動では、踊り子の優位性は揺るがない。
JR東海としては、都内と伊豆箱根鉄道駿豆線の間の移動に関して踊り子に客が流れても、熱海駅~三島駅間の運賃と特急料金は同社に配分されるため、一定の収入が得られる(図2参照)。このため、修善寺駅発着の踊り子存続に同意するメリットがあるといえる。
東京駅9番線の踊り子9号修善寺行きの表示。2025年1月21日撮影(画像:大塚良治)
話を北陸本線特急に戻す。JR西日本にとって現在最も重要な課題のひとつは北陸新幹線の利用促進であり、それを阻む懸念がある敦賀以東への定期特急直通復活が、JR西日本の経営判断における選択肢に上がる可能性は、現状では低いといわざるを得ない。
しかし、北陸地方の観光振興や能登半島の復興支援の観点から見ると、敦賀以東への定期特急直通の復活は地域貢献活動として解釈できるだろう。復活に際して並行する事業者への支援を実施すれば、地域鉄道ネットワークの持続可能性が向上する可能性がある。ハピラインふくいおよびIRいしかわ鉄道への在来線特急運行の有償委託も選択肢として考えられる。
また、敦賀駅での乗り換えの不便さが敬遠され、北陸以外の他社エリアの観光地や競合交通機関への客の流出が発生した場合、従来JR西日本が北陸への輸送で得ていた収入は失われることになるだろう。北陸が観光地として選ばれ続けるため、そしてJR西日本の収入を確保するためにも、敦賀以東への定期特急直通復活は有効な施策だと考えられる。
修善寺発着の踊り子は、JR東海、伊豆箱根鉄道、そして沿線地域にとってメリットがあるため実現していると考えられるが、敦賀以東への定期特急直通復活も、顧客、鉄道事業者、地域が同じ方向に進む一致点を見出せれば実現可能だろう。
和倉温泉駅には特急サンダーバードへの感謝を示すポスターが貼られていた。2024年3月31日撮影(画像:大塚良治)
敦賀駅での乗り換えによる「分断」は、関西からの観光客を多く受け入れてきた地域にとって頭の痛い問題となっている。
MRO北陸放送の報道によると、敦賀での乗り換えが原因で、加賀温泉郷へ向かう関西や中京からの観光客が減少しているという(「敦賀乗り換えで関西や中京からの観光客が減少」加賀温泉郷の旅館業者の切実な声 北陸新幹線敦賀以西の整備を考える勉強会」2025年2月5日付け)。鉄道は地域の維持・発展に重要な役割を果たしており、鉄道事業者の都合を優先しすぎると、地域振興に悪影響を与え、結果的に鉄道利用を減らすことにつながりかねない。
JR西日本のパーパスである「私たちの志」は、「人、まち、社会のつながりを進化させ、 心を動かす。未来を動かす。」としている。そのなかには次のように書かれている。
「私たちは、 これからも安全、安心を追求し、高め続けます。 人と人、人とまち、人と社会を、リアルとデジタルの場でつなぎ、 西日本を起点に地域の課題を解決します。 そして、持続可能で活力ある未来を創り、その先の一人ひとりが思い描く暮らしを 様々なパートナーと共に実現していきます」(JR西日本グループ 統合レポート2024)
敦賀駅での乗り換えによる「分断」は、「人と人、人とまち、人と社会を、リアルとデジタルの場でつな」ぐことを志向するJR西日本の理念に反しているといわざるを得ない。
敦賀以東への定期特急の直通運転復活は、北陸の地域振興に貢献し、JR西日本のパーパスである「地域の課題を解決」することにも繋がる。何より、利用者(顧客)には乗り換えなしのシームレスなサービスを提供できるようになる。
また、地域はJR西日本の自助努力を待つのではなく、敦賀以東への定期特急の直通運転復活に要する経費を進んで負担することが、観光客誘致のための前向きな
「投資」
であるという認識を共有するべきだろう。ステークホルダーによる負担の分かち合いが、北陸地方と鉄道網の新たな地平を開くはずだ。
大塚良治(経営学者)
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