( 264281 ) 2025/02/12 17:18:50 0 00 軽自動車(画像:写真AC)
総務省が2025年2月7日に発表した2024年の家計調査によると、ふたり以上の世帯の消費支出は、1世帯あたり月間平均30万243円となり、物価変動を除いた実質支出は前年同期比で1.1%減少した。この結果、消費支出は2年連続で前年を下回ることとなった。個人消費には回復の兆しが見られるものの、可処分所得の伸び悩みが影響し、依然としてコロナ禍前の水準には届いていない。
一方、国税庁の「令和5年分 民間給与実態統計調査」によれば、給与所得者の平均年収は約460万円となっている。
こうした経済状況のなか、庶民が手に入れやすい価格帯の車は軽自動車に限られ、その選択肢が狭まっているとの声が増えている。例えば、最近発売された車種の価格は以下の通りだ(価格.com参照)。
・フレアワゴン タフスタイル(マツダ、2024年10月発売):215~236万円 ・シフォン トライ(スバル、2024年10月発売):183~195万円 ・N-BOX JOY(ホンダ、2024年9月発売):184~226万円 ・スペーシア ギア(スズキ、2024年9月発売):195~215万円 ・クリッパー リオ(日産、2024年3月発売):195~218万円
また、1500ccクラスの魅力的な車種があれば購入したいという意見も多く、かつては2000ccクラスの車でも、無理をすれば手に入れられる選択肢が豊富にあった。
しかし、今や「選択肢の喪失」に対する不満が高まり、かつては努力すれば手に入れることができた車種が、現在では庶民にとって手が届かないものとなっている。では、自動車メーカーはなぜ手頃な価格帯の車種を増やさないのか。
今後、どのようにして庶民の声に応えていくつもりなのか。これらの問いを深掘りすることにより、自動車市場の構造変化やメーカーの経営戦略、そして消費者が直面している現実についての理解を一層深めることが求められている。
自動車価格の上昇にはいくつかの要因がある。
まず、安全基準や環境規制の強化が挙げられる。近年、世界的に安全性能や環境規制が厳格化しており、特に衝突安全性能の向上や電動化の推進、排ガス規制の強化が影響を与えている。例えば、日本では衝突被害軽減ブレーキ(AEB)の標準装備義務化や排ガス規制の強化が進行中であり、これらの規制に対応するための開発コストや製造コストが車両価格の上昇を招いている。
次に、半導体不足や原材料の価格高騰がある。半導体の供給は以前のようなピークを過ぎたものの、依然として自動車向け部品の供給は不安定だ。また、電動化の進展にともない、リチウムやニッケルといった希少金属の需要が急増している。この原材料の価格上昇も、車両価格を押し上げる要因となっている。
さらに、開発費の増大と高付加価値化が影響している。自動車メーカーは、電動化や自動運転、コネクテッド技術などの新技術の開発に巨額の投資を行っており、これがコストを押し上げている。
特に、電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)は、内燃機関車に比べてバッテリーや電子制御システムのコストが高いため、その価格にも反映されやすい。また、メーカーは利益率の向上を目指して、より高価格帯のSUVやプレミアムモデルへの注力を強化しており、これも価格上昇の一因となっている。
軽自動車(画像:写真AC)
価格の上昇が避けられない状況においても、かつてのような手頃な1500ccクラスの「庶民のクルマ」を作ることができるのか。この問題のカギを握るのは、自動車メーカーの戦略の変化である。
まず、メーカーは利益率の向上を優先するようになった。かつては、大衆車を大量に販売することで利益を確保していた。しかし、少子高齢化にともなう市場規模の縮小により、単価を上げなければ利益を確保できない状況が生まれた。その結果、メーカーは「薄利多売」から「高付加価値化」へと舵を切り、1台あたりの利益率を重視する方向に転換した。
次に、かつて存在した「大衆車」と呼ばれる中間層向けの車種が消えつつある。軽自動車と高級車の間にあったこの層は、現在では軽自動車とプレミアムモデルに二極化している。この傾向は、日本市場だけでなく、欧州や北米でも見られる。
最後に、日本では軽自動車に対する税制優遇が強く、中間層の消費者は普通車ではなく軽自動車を選ばざるを得ない状況にある。これにより、メーカーは軽自動車のラインナップを充実させることとなり、「事実上の選択肢固定化」が進んでいる。
このままでは、「軽自動車しか選択肢がない」という庶民の嘆きがさらに強まることになる。しかし、メーカー側にもさまざまな事情がある以上、単純に「安いクルマを作れ」と求めるだけでは解決しない。では、どのような方向性が考えられるだろうか。
まず、車両価格の上昇を避けられないのであれば、購入者の負担を軽減する方法を模索する必要がある。例えば、残価設定ローンやサブスクリプション型サービス、リースプランの多様化などが考えられる。これにより、消費者が価格面での負担を軽減できると同時に、販売側も安定した収益を確保することが可能になる。
次に、軽自動車とプレミアムモデルの間に新たな価格帯の車種を再設計することが求められる。例えば、装備や機能を抑えた「シンプルモデル」を設定し、最低限の価格で提供するという戦略も一つの解決策だ。このようなアプローチにより、中間層向けの車種の消失を防ぐことができるかもしれない。
最後に、日本の自動車市場は税制に大きな影響を受けているため、税制の見直しや中間層向け車種への支援策が必要だ。メーカーは単に車を作るだけでなく、政策提言にも積極的に関与するべきだろう。
軽自動車(画像:写真AC)
「今や買える価格帯は軽自動車しかなく、選択肢がない」という声は、消費者の単なる不満にとどまらず、現在の自動車市場の構造的変化を反映している。
自動車メーカーは利益確保のために高価格帯へとシフトしているが、同時に庶民の選択肢が狭まる現状についてどのように考えるべきかが問われている。
手頃な価格帯の車種を増やすことは難しいかもしれないが、購入負担の軽減策や新たな市場カテゴリーの創出、さらには政策提言を含む多角的な対応が必要となるだろう。
今後の市場動向を踏まえ、メーカーはどのような選択をするのか。その選択によって、「庶民が手に入れることができるクルマ」の未来が決まる。
鶴見則行(自動車ライター)
|
![]() |