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台湾の女優バービィー・スーが日本でインフルエンザで亡くなったことで台湾や中国で大きな議論が起こっている。

日本の医療レベルに関しての疑問や批判、台湾や中国の医療システムとの比較などが話題になっている。

(要約)

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台湾の人気女優、徐熙媛(バービィー・スー、大S)さん Photo:AFP/JIJI 

 

 台湾のトップスター、タレントで女優のバービィー・スーさんが日本旅行中に病気で死亡した件は、台湾だけでなく中国でも大きな論議を巻き起こしている。彼女はインフルエンザにかかって肺炎を患い、救急車で病院へ搬送されたにもかかわらず亡くなってしまった。これについて、「日本の医療レベルは高いと思っていたが、違うのではないか」「台湾や中国の病院にかかっていれば、亡くならずに済んだのではないか」という声が上がっているのだ。台湾や中国の人々が「日本の医療システムは遅れている」と批判する理由とは。(日中福祉プランニング代表 王 青) 

 

● 台湾の人気タレントが日本旅行中にインフルエンザで亡くなった 

 

 2月2日、台湾の人気タレント・女優のバービィー・スー(徐熙媛)さんが日本旅行中に48歳の若さでこの世を去った。死因はインフルエンザの合併症とされる。 

 

 この突然の訃報は、台湾だけでなく中国大陸やアジア全域に衝撃を与え、訃報が出た当日は中国の全てのSNSプラットフォームで注目度ランキング首位を記録。台湾のニュース専門チャンネルでは連日、放送時間の大半をこの話題に費やすほどの反響を呼んだ。台中両岸の多くのファンや著名人が彼女への感謝と追悼のメッセージを投稿している。 

 

 バービィー・スーさんは1990年代、妹のディー・スーさんとアイドルデュオ「ASOS」を結成。姉妹はそれぞれ「大S」「小S」の愛称で親しまれた。2001年には台湾版「花より男子」こと「流星花園」で主演を務め、一躍スターに。以降、司会、歌手、タレントとして多方面で活躍してきた。 

 

 私生活では2010年に中国の飲食関連会社オーナーの子息ワン・シャオフェイ(汪小菲)と結婚し2児をもうけるも、その後離婚。2年後には、20年前に交際していた韓国の歌手ク・ジュンヨプと再婚し、大きな話題を呼んだ。女優としての作品数は実はそれほど多くないが、世間の目を気にせず自分の道を突き進む生き方や価値観、ユーモアセンスが彼女の最大の魅力であり、多くの人々に影響を与えた。 

 

 

● 中国メディアが日本のインフルエンザ事情に注目 

 

 訃報を受け、中国のメディアやSNSでは「日本でインフルエンザが大流行」と連日大きく報じられている。SNSでも、「日本でインフルエンザ感染大爆発!950万人もの感染者」「深刻な薬不足」といった話題に、たくさんの人たちが興味を示している。 

 

 これにより、在日中国人には本国の家族や友人から心配の声が殺到。「日本はインフルエンザが大流行しているそうだけど大丈夫?」「感染していない?薬も不足しているんでしょう?」「あんなにひどい状況なのに、日本人はマスクをあまりしていないという報道を見たけど、本当なの?」といった問い合わせが相次いでいる。 

 

 中には、インフルエンザを恐れて日本への旅行計画の見直しを検討する声も上がっているほどだ。実際に日本に住む身としては、報道されているほどの「深刻さ」は感じていないのだが……。 

 

● 日中の医療システムの違い、救急医療体制の課題 

 

 スーさんは家族と共に来日、もともと体調が悪かったが、箱根温泉に滞在中に具合が悪くなり、台湾に戻る直前までの5日間で4回病院に行った。そのうち2回は救急車で搬送された、とガイドは証言している。「それにもかかわらず助からなかったのはなぜだ?」という疑問、「日本の医療に問題はなかったか」「適切な治療が行われたのか」といったことへの疑問の声が相次いだ。 

 

 「日本の病院は、患者の症状が極めて深刻でないと入院させないし、救急病院も少ない。救急車で運ばれてもたらい回されることが多い」 

 

「中国ならまず血液検査と抗生物質の投与、呼吸器ウイルス5種類などの検査を行う。今回はそういった検査が行われていないようだ。台北や上海にいれば、スーさんは助かったはずだ」 

 

 「救急車で搬送されたら、まず病院に留まり、24時間様子を観察するべきではないか?(スーさんは救急車で搬送されたあと、薬をもらっただけでそのままホテルへ帰された)」 

 

 「日本の医療に失望した。日本の医療はすごいという幻想を捨てるべきだ」 

 

 台湾や中国のSNSでは、こうした批判がたくさん投稿されているのだ。 

 

 

● 在日中国人が「日本での病院受診体験」を発信 

 

 こうした声を受けて、一部の在日中国人が「日本での受診体験談」を発信している。 

 

 現在YouTubeの登録者174万人を有する中国人ジャーナリスト王志安氏(参考記事)は、スーさんを追悼する動画で自身の経験を語った。昨年、風邪をこじらせて、入院に至ったのだ。 

 

 「日本は段階的な診療システムがある。まず地域の小規模なクリニックで診察を受けなければならない。そこで治療ができないと判断されれば、医師の紹介状を持って初めて大病院を受診できる」と解説。 

 

 「風邪の初期段階では、受診したクリニックで血液検査や抗生物質投与は一切なく、自己免疫力での回復を待つ方針だった。しかし症状が改善せず悪化したため、やむを得ず順天堂大学付属病院を受診したところ、即座に入院となり抗生物質を処方された。最初から抗生物質をもらっていれば、入院せずに済んだかもしれない。日本の医師は抗生物質使用に対し非常に慎重だと感じた」とも述べていた。 

 

 また、別の中国人ネットユーザーも似たような体験を紹介した。「地域の病院(のレベル)は運次第だ。地域の病院でもらった薬が効かず、最終的に肺の中に水が溜まって心筋炎になり、ICUに2週間も入る羽目になった」 

 

 他にも「日本では患者のカルテが病院にあり、請求しないと手に入れられない。別の病院に行ったときに病状を正確に伝えるのが難しい」といった声も挙がっていた。 

 

● 日中の医療現場の違い 

 

 筆者は、仕事の関係で日本と中国の医療両方に関わることが多い。確かに、医療現場において日本と中国ではいろいろな違いがあることを実感している。 

 

 例えば、王志安氏などが指摘している「日本では抗生物質をあまり使用しない」という点。確かに中国の病院では、高熱が出ると「点滴または抗生物質の投与」という対応をすることが多い。日本の病院では抗生物質をあまり投与しないことについて、医療法人社団悠翔会の佐々木淳理事長は次のように解説する。 

 

 「日本では一般的に、風邪に対しては対症療法のみで経過観察する。抗生物質は病原菌(一般細菌)に対しては効果を発揮するが、ウイルスに対しては無効だ。風邪のウイルスを治癒する唯一の方法は、そのウイルスに対する抗体を自分自身の免疫力で作ること。心臓や肺などに重大な基礎疾患がない限りは、いきなり細菌性肺炎を起こすことは考えにくい。必要のない患者さんにまで抗生物質を投与すると、耐性菌の発生という新たなリスクが生まれる。実際、ここ数十年、人類は耐性菌との戦いを重ねてきている。より強い薬を開発すると、より強い耐性を身に着けた細菌が生まれる。処方せんがなくても抗生物質が購入できる途上国などでは、耐性菌の拡大が深刻な問題になっている。だから、日本を含め多くの先進国では、抗生物質の不適切処方(たとえば風邪に対する抗生物質の処方など)が監視され、制度によっても制限されている」(佐々木氏) 

 

 

 医療記録の管理方法にも、日中で大きな違いがある。中国では、紹介状なしでどの病院でも受診が可能で、都市部のほとんどの病院に救急対応機能が備わっている。最も特徴的なのは、カルテを患者自身が保管する点だ。医療保険証1枚と患者保管のカルテ1冊で、全ての医療機関での受診が可能となっている。 

 

 診察後、医師はカルテに診察内容や処方薬を印刷し、患者に返却する。今では、病院の予約から薬代の支払いはもちろん、レントゲンや検血、CTなどの検査結果確認までスマートフォンで可能になっている。筆者も、以前中国へ旅行したときに体調を崩して病院に行った後、その延長で日本の病院を受診。その時に中国でもらったカルテを見せたところ、医師や看護師がみな驚いており、その表情が印象的だった。 

 

● スーさんが亡くなった悲しみを無駄にしないために 

 

 スーさんの突然の死は、深い悲しみとともに、日中台の医療事情や考え方の違い、そして日本の医療システムが海外からどのように見られているかを浮き彫りにした。 

 

 また、その後の報道の中で、スーさんが来日する前からすでに体調が悪かったこと、箱根の旅館で救急搬送されたときに東京の病院へ移ることを勧められたがそうしなかったこと(台湾に戻ってから入院しようと考えていたと思われる)が明らかになっている。また、病院を受診したときに言葉の問題があって充分なコミュニケーションが取れなかったのではないか、という指摘もある。 

 

 とはいえ、医療機関の利便性や効率性においては、中国と比較すると日本は大きく後れを取っているのは事実だ。病院を受診する側は、海外旅行をするときにはその国の医療システムを調べるなどすべきだろう。そして日本の病院側も、改めて日本の医療システムを見直す契機ではないだろうか。 

 

 この悲しみを無駄にしてはいけないと思う。 

 

王 青 

 

 

 
 

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