( 264691 ) 2025/02/13 15:35:20 0 00 横浜市の外国人消防団員・中島由美さんと南消防署消防団係の芦葉昇平係長=米倉昭仁撮影
日本に暮らす外国人は約359万人(2024年6月時点)と、この20年間でほぼ倍増した。彼らに、地域における消防・防災のリーダーを担ってもらおうと、「外国人消防団員」の育成に力を入れる自治体が増えている。
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■「消防団に入ってよかった」
神奈川県横浜市は20年、外国人に消防団入団の門戸を開いた。同市の外国人消防団員数は77人(今年1月1日時点)。全国自治体のなかで最多だ。
05年、中国・大連から来日したプラント設計技術者の馮剛(ひょう・ごう)さんは5年前、スーパーの防災備品コーナーで「横浜市消防団員募集」のチラシを見つけた。「外国人も入団できる」と記されていた。「面白そうだから、やってみたら」という妻の勧めもあって、団員になった。
「消防団に入ってとてもよかった。周囲の人を助けられるし、家族も守れる」
と、馮さんは語る。
中国福建省出身の中島由美さんは1999年、「山口百恵の映画などの影響で日本に憧れて」来日した。3年前、横浜市内の職場で消防団員募集の案内があり、手を挙げた。
「日本の社会とつながりたいし、役に立ちたいと思いました。火災の通報や、心肺蘇生法なども学びたかった。班長はやさしい。つらいと思ったことは全くないです」(中島さん)
■日本人団員と同じ訓練
2人が所属する「南消防団」(横浜市南区)には、11人の外国人が在籍している(今年1月末時点)。内訳は中国籍7人、韓国籍、ベトナム籍、ブラジル籍、トルコ籍がそれぞれ1人。
訓練内容は、日本人団員と違いはない。
毎月1回、分団の班(約15人)ごとに定例会があり、定期的に消防訓練を行う。消火栓の開閉や消火ホースの延長など、消火設備の取り扱いを学ぶ。
2人はまだ火災現場に出場した経験はないが、自治会や町会が主催する防災訓練の支援をしたり、夏祭りなどのイベントで火災予防や消防団のPRをしたりする活動に参加している。
班を横断する組織として、南消防団は21年、「外国人防災指導チーム」を発足させた。初期消火の方法や、119番通報の手順を外国人住民に教えるのが目的だ。
南消防署消防団係の芦葉(あしば)昇平係長はこう話す。
「言葉が通じないので、われわれでは教えられないんですよ。外国籍のメンバーから母国語で消火器の使い方を伝えたり、119番通報訓練を行ったりすることに、大きな意義があります」
外国籍の住民は「119」を知らない人が少なくない。知っていても「私はうまく話せないから、かけるのが怖いです」という人が多い。
「実は私もそうだったんです」と、馮さんは笑う。
「でも、大丈夫。119にかけて、日本語がわからなければ、通訳が間に入る。安心して事故や救急のときは119にかけてほしい。そんなことを同胞に教えることも、やりがいの一つです」(馮さん)
■「公権力の行使」のしばり
ただし、実際の活動には「しばり」がある。
消防団員は「非常勤特別職の地方公務員」で、内閣法制局が1953年に示した「公権力の行使に携わる公務員には日本国籍が必要」という見解をもとに、各自治体が外国人消防団員の活動範囲について判断している。
たとえば、消防車の運転は、消防法第26条が定めた「消防車の優先通行権」の行使にあたるため、外国人はできない。消火活動で私有地を強制使用する、立ち入り制限区域を設定することなども公権力の行使にあたるとされている。
そのため、一般の「消防団」とは別に、特定の活動に従事する「外国人機能別消防団」を立ち上げる自治体が増えている。
神奈川県中央の愛川町は昨年7月、「多言語機能別消防団」を発足させた。初代団員は7人。出身はブラジルとフィリピンが各2人、カンボジア(日本国籍)、ベトナム、ペルーが各1人。災害発生時の避難の呼びかけや避難所での通訳・翻訳など、6カ国語による支援が期待されている。今春、大阪府泉佐野市には「国際分団」が誕生する。
■滋賀県草津市の「外国人機能別消防団」が先駆け
先駆けは、15年に滋賀県草津市で発足した「外国人機能別消防団」だ。
「取材や視察が相次ぎました。私自身はそんなにすごいことをした、という意識は全然ないのですけれど」と、外国人機能別消防団のマネジャー役で、草津市国際交流協会の中西まり子副会長は笑う。
市内には立命館大学の留学生を中心に約3500人(昨年12月末時点)の外国人が暮らす。中西さんは留学生を対象に日本語や日本文化を教えてきた。
同市の危機管理課は14年、災害発生時などに日本語に堪能な留学生に外国人住民の支援を担ってもらおうと、中西さんに呼びかけてもらい、消防団の説明会を開いた。翌年、留学生や卒業生を中心に日本初の「外国人だけの機能別消防団」が発足した。
■「言葉の壁」解消以上の役割
消防団は、地震や台風といった大規模発生時に、仮設トイレの設置や段ボールベッドの組み立てなど、避難所運営の支援活動を行う。
避難所では、外国人は生活習慣や信教の違いから、日本人との軋轢が生じることもある。
たとえば、ムスリムは豚肉や、微量のアルコールが含まれるしょうゆなどを食べることができない。炊き出しを口にできず、ゼラチンやラード、ショートニングといった豚由来の成分が入っている可能性のあるパン類も食べられない。これを「わがまま」ととらえられれば、険悪な雰囲気が生まれ、分断が生じかねない。
外国人消防団員の役割として「言葉の壁」の解消が挙げられるが、スマホなどの翻訳機能でかなりのことができるようになった。今、切実に求められているのは、彼らの体験をもとにしたコミュニケーションの円滑化だという。
「自身もさまざまな困りごとに直面してきた外国人消防団員は、日本人、外国人、双方の気持ちを理解できる。だからこそ、誤解や対立を避け、両者をつなぐこともできるはずです」(中西さん)
■根強い外国人団員への反発
消防庁によると、全国の外国人消防団員数は582人(昨年4月1日時点)。20年と比べて約2.2倍になった。外国人機能別消防団の導入について、中西さんはさまざまな自治体から相談を受けてきた。
「『どうしてすんなり外国人の消防団をつくれたんですか』とよく聞かれます」
外国人が消防団員となることへの反発は一部にいまだ根強くあるようだ。
「草津市の場合、反対のパブリックコメントは数件だったと聞いています。でも、他の自治体では『消防団を外国人に乗っ取られる』とか、反対意見も多いそうです」
消防団は地域に根差した組織だ。「伝統を守ろう」という言外の意識と、「多文化共生」がうまくかみ合っていないのではないかと中西さんは推察する。
記者は長年、地域の防災活動に携わり、避難所運営も経験した。さまざまな事情を持つ避難者が続々と訪れるなか、待ったなしの判断が求められた。在留外国人が増えるなか、外国人消防団員の存在は不可欠なものとなっていくのではないだろうか。
(AERA dot.編集部・米倉昭仁)
米倉昭仁
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