( 264734 )  2025/02/13 16:28:11  
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公共交通におけるベビーカー利用にまつわる論争は昔からあり、近年では日本でも様々なトラブルが発生している。

国土交通省は2014年に「公共交通では原則としてベビーカーを折りたたまずに利用できる」と発表し、利用環境は少しずつ改善されてきたが、ベビーカー利用者と他の乗客の間にはまだ溝がある。

議論の中で、周囲の理解を求める声や海外の寛容さを挙げる声があり、これらの意見には一理あるが、本質的な解決策は社会の倫理観の変化を待つのではなく、制度設計と交通インフラの改善を通じて全員が快適に利用できる仕組みを作ることが求められている。

日本の公共交通環境は高密度な都市構造の課題を抱えており、他者の善意に頼る現状から脱却し、制度やインフラの整備に注力することが必要だと提言されている。

(要約)

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バス(画像:写真AC) 

 

 公共交通におけるベビーカー利用を巡る論争は、今に始まったことではない。先日は、SNS上で「ベビーカーを畳まずにバスに乗車したところ、他の乗客から『ベビーカーを畳むことはできないのか』と注意された」という投稿が話題になった。2022年には、元バレーボール選手の大山加奈さんが双子用ベビーカーで都営バスへの乗車を拒否された件が物議を醸した。2014(平成26)年、国土交通省が「公共交通では原則としてベビーカーを折りたたまずに利用できる」と公表して以来、少しずつ利用環境は改善されている。しかし、弁護士ドットコムが2022年に行ったアンケート調査では、ベビーカーを利用する人の約6割が「不快な思いをしたことがある」と答え、「ベビーカー利用者のマナーが悪い」と感じたことがある乗客も一定数いるという結果が出ている。 

 

 この問題に対して、SNSでは 

 

「周囲の理解を求めるべき」 

「海外ではもっと寛容だ」(ネット上で「出羽守」と揶揄される論法) 

 

という意見が見られる。しかし、これらの議論には限界がある。本質的な解決策は、社会の倫理観の変化を待つことや、海外の事例を持ち出して日本を批判することではなく、制度設計と交通インフラの改善を通じて、乗客全員が快適に利用できる仕組みを作ることにある。 

 

海外のバス(画像:写真AC) 

 

「ベビーカーを畳めと言うのは冷たい」 

「利用者が周囲に配慮すべきだ」 

 

といった主張はどちらも一理あり、立場によって“正義”が変わる問題である。アンケート結果では、「ときどき迷惑に感じる」が27.3%、「よくある」が7.2%と、一定数の乗客が不快に思っていることがわかる。一方で、「迷惑をかけまいと、抱っこ紐を利用する」といった回答も見受けられる。 

 

 重要なのは、こうした議論を続けても、乗客の価値観はすぐには変わらず、結果的に似たようなトラブルが繰り返されることだ。社会の倫理観が急に変わることはない以上、「個々人のモラルに頼る」方法では解決には至らない。 

 

 またSNSでは 

 

「欧米ではベビーカー利用者にもっと優しい」 

「日本は遅れている」 

 

といった指摘が見られるが、これらの比較は実情を無視している。 

 

 例えば、欧州の多くの都市では、バスや鉄道の車両設計が日本とは異なる傾向がある。ロンドンのバスでは、車いすやベビーカー用の専用スペースが広く、乗降口がフラットになっていることが一般的だ。一方、日本のバスは比較的小型の車両が多く、都市部の混雑も影響して、スペースに限りがあることがしばしば見受けられる。鉄道についても、欧州ではバリアフリー設計が進んでいる一方で、日本では駅構造が古いため、全面的な改修には時間がかかることがある。 

 

 単純に「海外ではできている」と比較しても、都市設計や交通インフラの違いを無視しているため、問題の本質には迫れない。「海外を見習え」という声があっても、実行可能な解決策を示さない限り、ただの 

 

「感情的な批判」 

 

に過ぎない。 

 

 

ベビーカーマーク(画像:写真AC) 

 

 この問題を根本的に解決するためには、乗客同士のモラルや気遣いに頼るのではなく、ベビーカー利用がスムーズにできるシステムを構築する必要がある。 

 

 まず、ベビーカー専用スペースの拡充が求められる。一部の鉄道会社では「ベビーカー優先スペース」を設けているが、これを全車両に導入し、車いすスペースと併用せずにベビーカー専用の空間を確保することが重要だ。 

 

 また、バスにおいては特にスペースが限られているため、車両設計の見直しが必要である。例えば、ロンドンのように車両中央部を広く取り、ベビーカーや車いすが容易に乗車できるレイアウトにすることで、物理的な衝突を防ぐことができる。 

 

 次に、混雑時のベビーカー利用ガイドラインを明確にすることが求められる。前述のとおり、国土交通省は2014年に「ベビーカーを折りたたまずに利用できる」と発表しているが、実際には混雑時の対応が曖昧で、乗客間のトラブルを引き起こすことがある。このため、混雑状況に応じた「運用基準」を策定することが必要だ。例えば、混雑時にはベビーカー専用スペースの利用を義務化し、スペースがない場合は次の便を待つ選択肢を提供することで、乗客同士のトラブルを減らすことができる。 

 

 さらに、ICT技術を活用した 

 

・混雑予測 

・優先乗車システム 

 

の導入が有効である。都市部では混雑が予測されるため、ベビーカー利用者向けに「混雑予測アプリ」を提供し、比較的空いている時間帯を提示することが有益だ。また、いくつかの国では事前にスマートフォンアプリでベビーカー専用スペースを予約できる仕組みが導入されており、日本でも同様の取り組みが求められる。 

 

電車のベビーカースペース(画像:写真AC) 

 

 日本の公共交通は、高密度な都市構造のなかで多様な乗客を運ぶという課題を抱えている。そのような状況で「みんなが譲り合えば解決する」という考え方は現実的ではない。本来、公共交通は「誰もが快適に利用できるシステム」として設計されるべきであり、 

 

「他者の善意に期待しなければ成り立たない」 

 

という現状こそが問題である。 

 

 解決策は、モラルの押し付けではなく、制度とインフラの整備を進め、自然にトラブルが発生しない環境を作ることだ。 

 

 SNSでの倫理論争や海外比較に時間を費やすよりも、実現可能なシステム改革に注力すべきだろう。 

 

宮川紀章(バスライター) 

 

 

 
 

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