( 264751 ) 2025/02/13 16:46:00 0 00 (c) Adobe Stock
石破茂首相がトランプ米大統領に“完敗”した。初対面となった2月7日の首脳会談を終えて「相性は合う」と誇示した首相だが、2日後にはトランプ氏が米国に輸入される全ての鉄鋼・アルミニウムに25%の関税を課すと表明。日本製鉄による米鉄鋼大手USスチール買収計画も「誰も過半数の株を持つことはできない」と言及したのだ。また京都大学教授の藤井聡氏はXで対米150兆円については米国に媚びて『保身』を図るための,おぞましき石破の『売国』行為である」「そんな巨額投資は米国じゃなくて日本に行えばデフレ脱却&生産性向上が実現するじゃないか!」と批判した。
そんな中経済アナリストの佐藤健太氏は「日本では訪米成果を評価する声があるが、石破氏は短命政権に終わると『子供扱い』されたように見える。この“代償”は高くつくだろう」と指弾する。佐藤氏が解説するーー。
予想通りとはいえ、あまりに恥ずかしい結果と言えるのではないか。米ワシントンで会談に臨んだ石破首相は何度もトランプ大統領を持ち上げる発言を繰り返し、日本からの対米投資額を1兆ドル(約150兆円)に引き上げると説明。対日貿易赤字の解消に強い決意を示すトランプ氏に最大限の配慮を示し、米国からLNG(液化天然ガス)などの輸入を大幅に拡大していく考えを表明した。
誤解を恐れずに言えば、石破首相の1泊3日の米国出張は貢物を献上する「朝貢」を感じさせる。官僚との勉強会を重ね、対トランプ戦略を練ってきたという首相は米大統領選でトランプ氏が狙撃されたことに触れ、「ひるむことなく立ち上がり、拳を天に突き上げた写真は歴史に残る」と褒めたたえ、「日本は米国に対する投資額が世界一」「いすゞが新たに米国において工場をつくる」などと驚くばかりの“ヨイショ”を繰り返した。
首脳会談後、驚かされたのは首相本人の「自画自賛」と野党の「評価」だ。首相は2月9日のNHK番組で「これから先、かなり落ち着いてじっくり話ができるなという印象を持った。相性は合うと思う」と振り返り、日本テレビ番組では「(トランプ氏には)『NO』と言ってしまうと、全部ぶち壊れる。否定されることが大嫌いだということなので、否定はしない」などと攻略方法をしたり顔で打ち明けてみせた。
菅義偉元首相や麻生太郎元首相らから事前に対トランプ氏攻略の助言を受け、長々と持説を展開して結論までに時間がかかる「石破構文」を封印したのが良かったと言いたかったのだろう。米国の対日貿易赤字解消につながるLNG輸入も「日本の国益にかなう」と自信を見せる。
野党である立憲民主党の野田佳彦代表は「一定の議論ができたのではないか」とし、日本維新の会の前原誠司共同代表は「日米同盟の抑止力・対処力強化を確認したことを歓迎する」、国民民主党の古川元久代表代行も「率直に評価したい」などと評価した。
だが、本当に今回の訪米は「高評価」を得られたものだったのだろうか。同盟関係にある日米両国が外交・安全保障面で共通認識を持つのは当然のことだ。だが、「米国第一主義」を掲げるトランプ氏から石破首相は何を具体的に得られたというのか。はっきり言えば、それは1つもない。政府関係者は「思っていたよりも和やかな雰囲気で、トランプ氏が首相を気遣っていた」と語るのだが、それが“成果”と言われてしまうと日本のトップリーダーとして何のために訪米したのかと思いたくもなる。「やれることは全てやった」と英雄気取りの首相から日本国民は何を得られたというのだろうか。
たしかにトランプ氏は「アイ ラブ ジャパン」と首相を出迎え、「ナイスガイ」「良い答えだ」などと首相を評した。だが、最前線で他国とビジネスをやったことがある人ならばトランプ氏の機嫌がなぜ良かったのかわかるだろう。あらゆる面で「ディール」(取引)を駆使し、相手の譲歩を引き出すトランプ氏が首相に気を遣ったことの意味を首相自身は理解していないように映る。
今回の首脳会談で、日本側は強固な日米同盟、あるいは尖閣諸島に対する日米安全保障条約5条の適用を再確認した。ただ、それは誰が首相や大統領であっても同じことだ。悲しいのは、トヨタ自動車などの工場建設といった米国への貢献に触れつつ、「金の兜」を土産に持参し、代わりにもらったのはトランプ氏の「写真集」。日本製鉄によるUSスチール買収計画については、石破氏が「買収ではなく、投資だ」と説明したという。
日本政府は事前に日鉄側と協議していたといい、林芳正官房長官は2月10日の記者会見で「日鉄は単なる買収ではなく、大胆な投資を行うことで米国や世界が求める優れた製品の生産を行い、日米が『ウィン―ウィン』になれるという、これまでとは全く異なる大胆な提案を検討していると承知している」と述べている。だが、経営権を取得する買収と投資は全く異なる。
トランプ大統領は2月9日、米国が輸入する全ての鉄鋼・アルミニウムに25%の関税を課すと表明した。林官房長官は「今後明らかになる措置の具体的な内容や影響を十分精査した上で適切に対応する」と述べているが、本当に日米間で認識の違いはないのか再確認すべきだろう。トランプ氏は「USスチールを他の国に買わせるつもりはない。投資することは許されている」としており、いまだ日本政府の介入が奏功するかは見通せない。
時に「評論家」と揶揄される石破首相の交渉や人付き合いが下手なことは有名だ。それはレベルの違いはあるにせよ、4度も自民党総裁選で敗れたことが証明している。昨年11月の電話会談は「5分」だけで終わり、昨年末から今年1月にかけては「米国のローガン法の規定で、大統領就任前は外国要人と接触できない」などと会談する機会を逃してきた。それが2月頭に「雰囲気の良い形」(政府関係者)で実現できたのは、トランプ氏と個人的な信頼関係を深めた安倍晋三元首相のおかげだろう。
実際には、石破氏のことを蛇蝎ごとく嫌っていたとされる元首相だが、大統領夫妻の招待で昨年末に訪米した昭恵夫人は緊密な日米関係の重要性をトランプ氏らに説いて回った。それが今回の「雰囲気」の背景にあるのは間違いない。
トランプ氏は首脳会談で「晋三は親しい友人だ。私の親しい友人が尊敬していた石破首相と過ごすことは光栄だ」と元首相について触れている。会談には安倍元首相の通訳を務め、トランプ氏も気に入っているといわれる外務省の高尾直日米地位協定室長が同席し、石破氏は元首相とトランプ氏が強固な日米関係を築いたことに思いを寄せたに違いない。
首脳会談後の共同記者会見で、「もし米国が関税をかけたら、日本は報復するのか」といった質問が飛んだ際、石破首相は「仮定の質問にはお答えをしかねます、というのが日本の定番の国会答弁だ」と語り、トランプ氏からは「わお、素晴らしい答えだ。わかっているじゃないか!」と微笑みを受けた。
対米投資額の拡大に加え、今後は防衛費のさらなる増額要求も突き付けられる可能性は決して小さくない。もちろん、その時の負担は国民全体で負うことになる。首相が持論とする「アジア版NATO」「日米地位協定の見直し」「日朝連絡事務所の開設」はどこに行ったのか。その“代償”は近いうちにわかるだろう。
佐藤健太
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